楽園にににに留まれれれれれれ
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彼女が欲するものは確かに用意した。
会いたかった人々も、美味しいご飯も用意した。
なのに、何故受け入れてもらえない? 彼女の何がそうさせる?
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「ミラリア。戻ってくるんだど」
「楽園から出ていったって、いいことは何もないわよ?」
「私達と一緒に、美味しいご飯に囲まれながら暮らしましょう?」
どこへ逃げればいいのかなんて分からない。ただ、これ以上この場に留まることが恐ろしくて仕方ない。
後方でみんなが声をかけるのにもお構いなし。むしろ、淡々とした声がより恐怖を煽ってくる。
ドワルフさんもエフェイルさんもフューティ姉ちゃんも、スペリアス様にツギル兄ちゃんも同じ。みんながみんな、私の知るみんなじゃない。
こんなの、楽園という快楽に逃げてるだけ。苦しくても学べる道を放棄してるだけ。
これまで教わったことの完全否定。直感的にそう思わずにはいられない。
――こんな場所、私にとっては楽園でも何でもない。
「ううぅ……えっぐ……! だ、誰か! 助けて! 私をここから出してぇぇえ!!」
美味しいご飯もいらない。ただ優しいだけのみんなもいらない。
私が欲しいのは、スペリアス様達と先へ進む未来。楽園に留まり、悦に浸るだけの日常なんて必要ない。
ビルに囲まれた楽園の街並みを抜け、泣きながらも必死に逃げ道を探す。ここから逃げられるならどこでもいい。
――こんなおかしな楽園、早く抜け出したい。こういう時、いつもの魔剣なツギル兄ちゃんがいてくれれば。
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対象、楽園同期――逃亡――
エス――エラー発生――
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【――リア! おい! ミラリア! しっかりしろ!?】
「ハァ、ハァ! ……え? こ、この声って……ツギル兄ちゃん……?」
そうやってひたすら必死に走ってると、耳に入ってくるのはツギル兄ちゃんの声。息を切らして必死になりすぎてたけど、その声で我に返る。
気が付いて周囲を見渡せば、さっきまであった楽園のビルという建物は見当たらない。最初の洞窟と同じような光景が広がってる。
楽園でのみんなも見当たらないし、何が起こったのかてんで理解できない。私、いつの間にか楽園から出ちゃったの?
【いったい何があったんだ!? エレベーターで倒れたと思ったら、いきなりフラフラ歩いて俺の声にも反応しないし! と、とにかく、無事なの――わわっ!?】
「ツギル兄ちゃん! ツギル兄ちゃんだよね!? よ、よかった……!」
ただ分かることが一つ。腰に携えた魔剣から、再びツギル兄ちゃんの声がしてくれる。
さっきまでの人間の姿じゃないけど、声の掛け方からして間違いなくツギル兄ちゃん。アホ毛の感度も最高潮となり、疑う余地などどこにもない。
思わず魔剣に抱き着いて喜びを噛みしめずにはいられない。だって、あんなツギル兄ちゃんは嫌だったもん。
――魔剣の姿でも、この声こそ本物のツギル兄ちゃんだ。
【きゅ、急に甘えてくるなよ。成長したかと思ったが、ミラリアはまだまだ幼い面もあるってことか?】
「うん、私はまだ幼い。ツギル兄ちゃんがいないとダメ」
【そこまで頼られるのは兄貴冥利に尽きるが、まだ楽園にも辿り着けてないんだ。あと少しなんだし、本腰を入れて――】
「ううん、楽園には辿り着いた。でも、あそこは楽園なんかじゃない。楽しいだけで、いい場所とは言えない。私、早く帰りたい」
【え? きゅ、急にどうしたんだ? お前、夢でも見てたのか?】
どこかトゲトゲした部分があってこそのツギル兄ちゃん。さっきまでの異常なまでに幸せな場所よりも落ち着ける。
それにしても、ツギル兄ちゃんは私が見てた光景が見えてなかったってこと? もしかして、本当に夢を見てただけってこと?
「むう……不思議な体験。ツギル兄ちゃんはやっぱり魔剣のままだし、スペリアス様もいないし……?」
【夢の中でだろ?】
「夢にしてはハッキリしてた。美味しいご飯の味もした。全部が全部、幸せを体現したような光景だった。……だけど、とても恐ろしい」
【幸せなのが……恐ろしい? どうにも、ただの夢と切り捨てるのも難しいのか……?】
今こうしてツギル兄ちゃんと話しを交えて振り返れば、楽園と思わしき光景もただの夢だったのかもしれない。でも、夢にしては生々しかった。
ただ一つ言えるのは、あの光景は私にとって純粋に恐ろしかったってこと。斬り抜いて見てみれば、どれもが私にとって都合のいい出来事ばかりではあった。
私のワガママで巻き込んでしまったエスカぺ村のみんなが生き返ってくれた。
フューティ姉ちゃんも偽物の女神エステナなんかじゃなく、昔の姿を見せてくれた。
ずっとごめんなさいと言いたかったスペリアス様は、ただただ優しく労わってくれた。
ツギル兄ちゃんだって魔剣じゃなくて、人間の姿を見せてくれた。
用意してくれたご飯はどれも美味しかった。
――その『あまりに都合のいい世界』が怖い。失ったものが戻ってきてくれたのに、都合が良すぎて受け入れられない。
「……ともかく、一度この場から離れる。楽園については、もっと調べてから乗り込みたい」
【せっかくここまで来たのにか? スペリアス様にだって会いたいだろうに……?】
「ツギル兄ちゃんには悪いことをしてると思う。だけど、今は素直に楽園を目指せる心持じゃない。……またワガママ言ってごめんなさい」
【……いや、いいさ。お前がそう決めたのなら、少し考える時間も必要だろう。生憎、俺には楽園も何も見えてなかったからな。ミラリアの判断に頼るしかない】
私だって、本当は早くスペリアス様に会いたい。会ってキチンとごめんなさいしたい。
でも、それは『私にとって都合のいい甘々なスペリアス様』じゃない。まだまだ何がどうなってるのか分からないけど、今は考える時間が欲しい。
ツギル兄ちゃんも私の意志を汲み取ってくれるけど、これは『都合のいいワガママを許してくれる』ってより『私の意志を尊重してくれる』って感じ。堕落とは違って中身が見て取れる。
この夢とも何とも分からない楽園の正体を掴まないことには、私もツギル兄ちゃんもどうなるか分からないし――
#楽園――のゲンソウ――切り、自我の――を確認。この自我――わけにはいか――吸収し、解析を――#
「……ふえ? だ、誰? 誰か喋ってるの?」
――と、その場にとどまって考え込んでると、洞窟の奥から誰かが囁くような声が聞こえてきた。
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ああ、そうか。これが『自我』か。
ワタシが欲したのはこの感情か。彼女が乗り越え藻掻いて辿り着いた領域か。
ああ、欲しい。これほどまでに人間の感情を欲したのは初めてだ。
それに、彼女を楽園へ招き入れて理解した。彼女の存在もまた――
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