その楽園、望みを叶える
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この話をもってして――
「ス、スペリアス様……? ど、どうしたの? ここを出ずにずっといるってのは……?」
「言葉通りの意味じゃ。この楽園にいる限り、外へ出る意味などありはせぬ。ずっとここにいれば、未来永劫幸せに生きられるのじゃからな」
楽園のご飯や家族との再会に涙を流して喜んでたけど、スペリアス様の唐突な言葉で我に返る。言ってることは分からなくないものの、どこか奇妙に引っかかる。
確かに私はスペリアス様に会うため、頑張って旅してこの楽園までやって来た。建物もご飯もキラキラしてるし、素晴らしい場所ということは確かだろう。
でも『ずっとここにいればいい』なんてのは、私の知るスペリアス様の吐くようなセリフじゃない。優しくも厳しく接してこそのスペリアス様だ。
「そ、そんなのは……ダメだと思う。スペリアス様だって、ディストールの時『これがお前の望むものなのか?』って私に言った。今回もあの時と同じで、怠惰なのはいけない……と思う」
「あの時はあの時じゃ。おぬしだって苦労の果てにこうして楽園へ辿り着いたのじゃから、もう厳しいことも苦しいこともなしでよかろう」
「む、むう……そう言われても、かえって素直に頷けない……。だ、第一、私は楽園のことを旅で出会ったみんなにも伝えたい! ここに来るまで大変だったけど、旅の中でいろんな人達とも出会えて――」
「もう外の世界のことは考えずともよかろう? この楽園にいれば、ミラリアが悩み苦しむことも傷つくこともないのじゃ。これまでのことなど忘れ、楽園での未来だけ考えておれば良いのじゃ」
「え……? スペリアス……様? ほ、本当に……何を言って……?」
確かに今のスペリアス様は優しい。だけど、物凄く言葉の節々で引っかかりを感じる。
厳しさがなさすぎる。優しさを受け入れられない。私の知るスペリアス様とは違う。
旅での思い出を語ろうとしても、楽園のことで上書きしようとしてくる。これまでの出会いについては私も語りたかったのに、まるで聞く耳を持ってくれない。
――何かがおかしい。さっきまでの嬉しさも吹き飛ぶほどの違和感だ。
「ツ……ツギル兄ちゃんも何とか言って! 確かに楽園はいいところ! でも、ずっとはいたくない!」
「そうは言うがな、ミラリア。俺だってもう旅を終えて、楽園に定住するべきだと思うぞ?」
「それは違う! 私、外の世界にもう一度行きたい! みんなに会いたい!」
一緒に旅を続けたツギル兄ちゃんなら、私の気持ちも理解してくれる思って言葉を求める。なのに、返ってくるのは私の意志の否定。
言ってることは理解できなくもない。ツギル兄ちゃんだって、ようやく魔剣から人間の姿へ戻ることができた。これ以上、余計なことでまたその身を危険に晒したくはないのだろう。
だけど、私はみんなに会いたい。この気持ちだけは本当に正直なもの。
ポートファイブのランさんにペイパー警部。
カムアーチのシード卿にアキント卿。
タタラエッジのホービントさん。
パサラダのノムーラさん。
イルフの里の長老様にトトネちゃんにカミヤスさん。
スーサイドのコルタ学長にシャニロッテさんにミラリア教団のみんな。
楽園へ導いてくれたスアリさん。
少し思い出しただけでも、もう一度会いたい人なんてたくさんいる。もう楽園から出られないなんて嫌。
これじゃ、ディストールの時と同じになる。だから今度こそ、心からの本心に従って言葉を紡ぎたい。
「スペリアス様! 勝手にエスカぺ村を抜け出したことはごめんなさい! でも、私はずっと楽園にいるために旅したんじゃない! お願い! もう一度外の世界へ行かせて!」
「そうワガママを言うでない。ワシもこれ以上、ミラリアを危険に晒したくないのじゃ」
「その気持ちは嬉しい! でも、今私はワガママを言ってる! こういう時、スペリアス様なら叱ってくれるよね!? ねえ!?」
「いや、叱りはせぬよ。そもそも楽園にいれば『怒り』といった不安定な感情を抱くこともなくなる。ミラリアとて、無闇に苦しくなるのは嫌じゃろう?」
ずっと言いたかった『ごめんなさい』の言葉も添えたんだけど、全然しっくりと来ない。こんな投げやりみたいな反応は求めてなかった。
『楽園の外へ出たい』とさらなるワガママを口にしても、スペリアス様の反応はどこか淡々。エスカぺ村の時とあまりに違うし、気持ちが薄っぺらい。
――だから、思うわずこう考えちゃう。
「あ、あなた……本当に……スペリアス様なの……!?」
「何を言っておるのじゃ? ワシこそおぬしの母に決まっておろう?」
率直な気持ちを言葉にしても、スペリアス様は怒ることなく返事するだけ。もう再会の喜びなんて色褪せ、どこか血が凍るような感覚さえ走る。
アホ毛の感覚もさっきからおかしい。キンキン警鐘を鳴らすようにピリピリしてる。
「……そ、そもそも、さっきから気になってることもある! どうしてここにはスペリアス様とツギル兄ちゃんしかいないの!? 楽園に他の人はいないの!? イルフ人とかは!?」
「ああ、成程。ミラリアは『俺達家族だけ』という状況が寂しいのか。それならスペリアス様、ミラリアのためにもどうか人をお願いします」
「そういうことじゃな。ワシに任せておくがよい」
ワガママでも何でもいい。気になったことを口走らずにはいられない。
楽園にはたくさんの建物だってあるのに、さっきから人の気配がしないのもおかしい。そう思って問い詰めれば、何かあるようにスペリアス様が動きを見せる。
大きくて四角い建物を見てるけど、中に誰かいるってこと? その誰かを呼んでるの?
「さあ、皆の者よ。ビルから出てくるのじゃ。ここまで辿り着いたミラリアを出迎えてやろうぞ」
「おお! 本当にミラリアが楽園に辿り着いたどか! オデも待ってたど!」
「ここまでよく頑張ったわね! なんだか懐かしいわ!」
「え……? う、嘘……? そんな……?」
何やら『ビル』と呼ばれる建物の中から、数名が姿を見せてくる。まだハッキリとは見えないけど、先頭にいる二人の姿には見覚えがある。
いや、見覚えがあるなんてレベルじゃない。この二人のことは、旅の中でもスペリアス様同様にその背中を追っていた。
――何より、二人がいなければ私はここへ辿り着く以前の話だった。
「エスカぺ村の鍛冶屋さんに……巫女さん……?」
「オデ達だけじゃないど!」
「エスカぺ村のみんなだっているわよ!」
――『少女は魔剣と共に楽園を目指す』の物語を、本当の意味で開始します。




