◆狂王子レパスⅡ
レパスが用意した奥の手を前に、ミラリアとツギルも苦戦を強いられる。
「ダ、ダメ! 他の魔法も試してるけど、やっぱり効かない!」
【斬撃どころか、魔法を受けても再生するのか!? ミラリアと魔剣の力をもってしても太刀打ちできないぞ!?】
その後もデプトロイドと交戦を続けるも、こちらの攻撃はまるで通用しない。震斬による斬撃どころか、雷や炎を纏った斬撃も含めてだ。
当たったところが即座に再生し、私に対して拳を振り下ろしたり踏みつけたりしてくる。
人の血肉と魔力が融合した肉体だからなのか、
「ンガァァ……!」
カッッ!
「あれって、エスカぺ村を焼き払った炎!?」
【くそっ!? 逃げ道も塞いでくるか!?】
単純な殴る蹴るだけでなく、口から吐き出されるのは忌々しい炎。線のように伸びて扉を焼き尽くし、私達の退路を遮断してくる。
エスカぺ村が滅ぼされた光景も脳裏に浮かび、炎の熱さより血の気が引いて寒くなってしまう。
「逃がすんじゃないぞ、デプトロイド! この城ごと燃やしても構わない! ミラリアを焼き殺せ! 今ここで始末しなければ、エデン文明を他に広げられる恐れがあるからなぁ! フハハハ!」
「ンガアァァ……!」
おまけにレパス王子は床に突き刺した剣を握りながらデプトロイドを操作し、その強烈な炎をこちらにも向け始める。
あの線のように伸びる炎でエスカぺ村のみんなは殺された。このままでは、私も同じように焼き殺されてしまう。
私は死にたくない。生きたい。どれだけワガママでも、ここから逃げ延びたい。
――みんなが繋いでくれた命を、ここで散らせたくない。
「くうぅ!? お城の中でも関係なく、どんどん炎が広がっていく!?」
【このままじゃ追い詰められるばかりか……!? 一応、打開策自体は俺にもあるんだが……!?】
「そ、そうなの!? だったら教えて! 今はここから抜け出すのが優先!」
まさにエスカぺ村と同じ状況になりつつある玉座の間。まずはデプトロイドをどうにかしないことには逃げることも叶わない。
そんな時にツギル兄ちゃんが語ってくれるのは、この状況を乗り越える作戦。この際なんでもいい。
生き延びるためなら藁だって掴む。こんな土壇場になって、私の生存本能が全力で背中を押してくる。
【あの血肉で作られたデプトロイドとか言うのにしたって、操ってるのはレパス王子だ。床に突き刺した剣を握って魔力を送り、魔法陣を使うことで遠隔操作してる。……だから、あっちをどうにかすればデプトロイドも止まる】
「つ、つまり、どうすればいいの?」
【……あいつの腕を斬れ。剣が握れなきゃ、遠隔操作用の魔法陣も維持できない】
「え……? レ、レパス王子の腕を……?」
ちょっと渋りながらツギル兄ちゃんが語る方法は、確かにこの状況を打破できる。デプトロイドを操るレパス王子さえ止めれば、もう襲われる心配もない。
ただ、そのためにはレパス王子の腕を斬り落とすしかない。それを聞かされて、思わず尻込みしてしまう。
だって私、今まで本当に人体を切断したことなんてないんだよ? 魔物を相手にするのは村にいた時からあったけど、本当に人を斬ったことなんて一度もない。
そんなこと、怖くてできなかった。スペリアス様だって、流石にそこまでのことは実戦として教えてはいない。
魔物と違って、自分と同じ人間を斬るのは怖い。本能的にブレーキがかかってしまう。
「……でも、やるしかない。何より、今のレパス王子は『私の知る人間』じゃない……!」
【心に決めて魔剣を――俺を振るえ。今のミラリアならば、信じた道を選ぶことができる。怖気づくな。世界には時として、残酷にならないといけない時だってある……!】
それでも心に決め、腰を落として大勝負に出るしかない。レパス王子はもう『人間』ではない『バケモノ』。心が魔物に巣食われた怪物だ。
本当に私は世界のことを何も知らなかった。外の世界には本当に恐ろしいものが広がってる。
楽園といった希望だけじゃない。使い方次第で毒になるエデン文明みたいなものもある。
この世界は私が思ってるより複雑で、簡単な綺麗事だけでは乗り越えられない。
――それを理解し乗り越えることもまた、大人になるということ。この世界で生き抜く手段だと心で理解できる。
「ハァァア!」
「まだ向かってくるか!? デプトロイド! さっさと始末しろぉお!」
迷いも恐れも後悔も、今だけは全部断ち切る。心に思うものはあっても、それを理由に足を止めてはいられない。
人は怖がるから立ち止まることもあれば、怖いから前へ進むこともある。そんなことがこれまでの出来事を通して理解できる。
――だから、今私がやることは迷って立ち止まることじゃない。
ズッパァァアンッッ!!
「なっ!? デプトロイドの体を完全に真っ二つに!? だが、再生は可能だ!」
まず放ったのは、縮地で間合いを一気に詰めながらの震斬による居合一閃。これまでの遠当てと違い、直接刀身で斬りつける。
衝撃魔法の刃だけでなく、縮地による速度、刀身による直接攻撃。それらが合わさり、威力は今までのものとは段違いだ。
おかげでデプトロイドの体を横一線に斬り裂き、向こう側にいるレパス王子の姿もハッキリ見える。
まだ再生できるらしいけど、そんなことはもう関係ない。斬り開かれたデプトロイドの隙間へ体を潜り込ませ、その先のレパス王子へと飛び掛かる。
「くっ!? 狙いは僕か!? デプトロイドの操縦で手が空いてないと思ったか!? 一時的に剣を構えるぐらい――」
「ハァアッ!」
向こうも床から剣を抜いて守りに入ろうとするけど、そんなのはもう遅い。私はすでにレパス王子の懐に潜り込んでる。
体を屈めながらクルリと旋回。納刀した魔剣を走らせる準備はとっくにできてる。
無心一閃。余計なことを考えず、私は魔剣を抜いて――
ズパァァンッ!
――レパス王子の両手首を斬り落とした。
それは未来を掴むための一閃。




