◆偽神フェイク・エステナⅥ
一度は死んだ人間に記憶は残っているのか?
「フュ、フューティ姉ちゃん……? もしかして、私のことが分かるの……?」
「あ……あぁ……ミラリ……ア……あぁ……」
レパス王子の命令でこちらへ顔を向けた女神エステナから聞こえるのは、私の名前を呼ぶような声。どこか苦しみながら、攻撃の手も止めてくる。
髪色や触角の有無といった違いはあるけど、顔自体は紛れもなくフューティ姉ちゃんそのもの。そんな姿で苦しまれたら、声をかけずにはいられない。
「フューティ姉ちゃん! 私のこと、分かる!? ミラリア! あなたに良くしてもらって、ここまで旅を進められた! お願い……思い出して!」
【俺だっています! 兄で魔剣のツギルです! どうか、もう一度……!】
「ば、馬鹿な!? いくら素体になったとはいえ、彼女は一度死んでるんだ! 記憶など残ってるはずがない!」
私とツギル兄ちゃんは必至に呼びかけ、レパス王子は一人で絶句。反応はそれぞれだけど、言えることはただ一つ。
一度は死んだフューティ姉ちゃんにはまだ生前の記憶が残っている。本当にかすかでも、期待せずにはいられない。
――あの日失った時間が戻ってくるのなら、これ以上に嬉しい話はない。
「ミラ……リア……? ツギ……ル……?」
「そう! フューティ姉ちゃん、思い出せるよね!? 私、あなたが殺された時はショックで――」
「そこまでにしていただきましょうか。どうにも、女神エステナはまだ不完全なようですね。このようなエラーが起こるとは、私の見識も甘かったということでしょうか?」
【お、お前は……!? エステナ教団が揃ってお出ましか……!】
頭を押さえて何か思い出そうとするフューティ姉ちゃんの体を掴み、必死にその名前を呼びかける。もう戦ってる場合なんかじゃない。
だけど、それを遮るように新たな声が一つ。この広場で戦っていたみんなではなく、複数の人間を引き連れて姿を見せてきた。
「リースト司祭……! その口ぶりだと、あなたがフューティ姉ちゃんをこんな風にした元凶ってこと……!?」
「確かに私はフューティ様を女神エステナの依り代とする手助けはしました。ですが、全てはレパス王子の意思決定があってのこと。私にとやかく言うのは筋違いではありませんか?」
「ふざけないで! フューティ姉ちゃんを殺しただけで飽き足らず……! 返して! フューティ姉ちゃんを返してぇぇええ!!」
「そう吠えないでください。ゾンビの動きも止まってしまいましたし、少し話といたしましょう」
他のエステナ教団と共に姿を見せたリースト司祭だけど、その態度は相変わらず癪に障る。こんな状況でもヘラヘラ張り付いた笑顔を崩さず、私の叫びさえも適当にあしらってくる。
それでも目を向けた方角には、動きを止めたゾンビのみんなも見える。多分、操作してるフューティ姉ちゃんが混乱状態になったからだ。
ただ、それに対するリースト司祭の対応もまた腹が立つ。苦しむフューティ姉ちゃんのことを『エラー』などと吐き捨て、自らの話したいことだけ優先してくる。
「そう睨まないでください。我々はただ、女神エステナと共にスーサイドから引き上げようとしているだけです。このようなエラーが起こった以上、計画の続行は厳しいものがありまして」
「……エラーだか何だか知らねえが、ここまでスーサイドを乱しておいてサイナラか? 随分と身勝手が過ぎねえか?」
「そうは言いますが、あなた方にとっても都合のいい話でしょう? これ以上の交戦を続けずに済みますし、お互いに利のある話かと」
どれだけ私が叫ぼうが睨もうが、リースト司祭の上辺だけな態度は変わらない。シード卿も同じように苦言を呈しても、軽くいなして言いたいことだけ述べてくる。
確かに今の状況において、優先すべきはゾンビ騒動を治めること。根源である女神エステナさえいなくなれば、ゾンビだって収まる。
――でも、それで全部良しとは思えない。
「ふざけないで! フューティ姉ちゃんを返してからにして! 元に戻してぇぇえ!!」
「あなたはそれしか言えないのですか? そもそも彼女自身すでに死んでいて、今はもう女神エステナでしかないのです。死人に語る口などありません」
女神エステナの正体がフューティ姉ちゃんだと分かった今、戦いが終わって万事解決とはできない。一度死んでるとか、そんなことはどうでもいい。
かすかに私やツギル兄ちゃんの名前を呼んでくれた。かすかでも記憶がまだ残ってくれている。なのに、エステナ教団の好きになんかさせたくない。
「レパス王子もどうかこの場はご理解を。……後のことは協力者にでも任せましょう」
「……フン。仕方あるまい。まあ、最初の実験としては上々だろう。僕もこの場は退いてやる」
「だから、待って! フューティ姉ちゃんを連れて行かないでぇぇえ!!」
でも、そんな願いはただただ虚しい。リースト司祭はレパス王子とフューティ姉ちゃんへ声をかけて集め、魔法陣を展開させる。
この術式は転移魔法のもの。エステナ教団も含め、本当にここから完全に立ち去るつもりだ。スーサイド全体は転移魔法対策の結界で覆ってるのに、エステナ教団だけは例外的に使えるみたい。
どうにか嘆願の叫びをあげ、手を伸ばしてその姿を掴もうとせずにはいられない。だけど、とても届きはしない。
ヒュンッ
「そ、そんな……フューティ姉ちゃん……」
虚しくも転移魔法が発動し、エステナ教団と共にフューティ姉ちゃんの姿さえ消えてしまった。
エスターシャから何があったのか? もう本当に過去の記憶は戻らないのか? そんなことはどうでもいい。
私はただ、もう一度フューティ姉ちゃんと一緒にいたかった。エステナ教団の魔の手から救い出したかった。
――失った時間は戻らなくても、その存在をもう一度手に取って抱きしめたかった。
「……ミラリア。俺は詳しい事情までは知らねえから、何を言えばいいのかも分からねえ。ただ、今はこれで騒動が収まったと安心するしかねえのも事実だ。非情な言い方になっちまうがよ……」
「……大丈夫。そこは理解してる。シード卿もありがとう。あなた達が加勢してくれなかったら、ここまで辿り着くこともできなかった。……えっぐ」
シード卿もレパス王子の脅迫から逃れ、安堵と苦悶の入り混じった表情で語りかけてくれる。
正直、後悔しか募らない。後を追えるなら、今すぐにでも追いつきたい。こんな結末はエスカぺ村とは違う意味で心苦しい。
でも、シード卿の言いたいことも分からなくはない。
みんなをゾンビにして操っていた女神エステナがいなくなったのだから、スーサイドだって元に戻る。
ゾンビ化の魔力の供給も途絶えたし、それはそれで良しとするしかない。もう無理矢理でも納得させるしかない。
でも、いつの日かフューティ姉ちゃんのことも助け出したい。
『生ける屍』でも何でもいいし、せめてエステナ教団から解放して自由に――
「こ、これはどういうことですの!? さっきの人達がいなくなったのに!?」
「ウガァァアア!!」
「まだゾンビが動いておるのか!? いや……これは暴走してるじゃと!?」
――などと気持ちを整理してたら、眼前に映るのは予想外の光景。
指揮する人を失ったゾンビ達が、なおもこちらへ迫って来ていた。
まだだ。まだ終わらんよ。




