◆偽神フェイク・エステナⅡ
これまでに教えられた力を今こそ見せる時。
「女神エステナの力に触れて、まだ向かってくる気概があるというのかい? それは勇気ではなく、無謀というものだよ? いくらか知恵は身に着けても、所詮は馬鹿な小娘に過ぎないということか。理そのものと言える神を覆せるはずがないだろう? ハハハ」
「…………」
後方で見物しながら乾いた笑いで余裕を見せるレパス王子。その前方で黙って静かに立ち尽くす女神エステナ。
確かにこれまで戦ってきた相手とは次元が異なる。ルーンスクリプトによる遠方から槍を召喚する魔法しか見てないけど、ゼロラージャさんより手強い可能性だってある。
レパス王子も言う通り、女神エステナが使う力は神という理そのもの。距離も向きも自由自在に歪めてくる。
――でも、私には一つだけ対抗できる手段がある。教わったことを信じて一意専心に魔剣を振るうのみ。
タンッ!
「本当に馬鹿正直に突っ込むことしか知らないみたいだね。……女神エステナ、迎え撃て」
「……ᛏᛖᚾᛁᚾᛟᛃᚨᚱᛁ」
意を決して、再度縮地による突進。今度もさっきと同じく、一直線で女神エステナを目指す。
あえて角度を変えたりの小細工はしない。したところで、向きさえも操ってくる女神エステナには効果が薄い。向こうも予想通り、ルーンスクリプトを唱えてくる。
今頭の中に思い浮かべるは一つのみ。これまで『斬ったことがない』ものであっても『斬れる』と信じることが何より大事。
――あの言葉の通りなら、理刀流は理さえも超えられる。
ブゥウ――ズパンッッ!!
「ッ!? ば、馬鹿な!? 魔法陣を……斬っただと!? あ、ありえない!?」
かつてスアリさんが言ってた『私に斬れないものなどない』という言葉。イルフ人の長老様が言ってた『理刀流は理さえも壊す』という言葉。
それらを信じて魔剣を抜刀。眼前に出現した魔法陣そのものを切断し、槍が飛んでくるのを食い止める。
アテハルコンといった物を斬るのと同じ感覚で、概念を呼び起こす魔法陣までをも斬ることができた。信じて振るったとはいえ、こんなことまでできるとは驚愕。
その光景はこれまで余裕だったレパス王子をも戸惑わせる。
――スペリアス様の教えてくれた理刀流には、まだまだ秘密が眠ってたようだ。
【ほ、本当に魔法陣を――魔法という概念そのものを斬るとはな……! これは魔法を弾いて防御するのとは訳が違うぞ……!?】
「多分、ツギル兄ちゃんの存在も大きい。理刀流に魔剣が合わさったから、これまで斬れないものも斬れるようになった。……でも、そういった考察は後で!」
ツギル兄ちゃんも納刀されながら困惑するけど、今は対抗手段があることさえ分かればいい。いくら強大な魔法であっても、発生源である魔法陣さえ潰せば意味がない。
魔法陣を無力化できるなら怖気づく必要はない。後は女神エステナとの距離を縮めればいい。
「……ᛒᛖᚲᚢᛏᛟᚱᚢᚺᚨᚾᛏᛖᚾ」
「そのルーンスクリプトは……さっきの反転させるやつ! もう覚えた! 何度も食らわない!」
意味は理解できずとも、ルーンスクリプトの発音で何をしてくるかは理解できる。女神エステナの掲げた右手から、薄っすらと別の魔法陣が映され始める。
最初は戸惑ったけど、これも魔法の範疇を出ない。どれだけ未知で強大でも、発動まで至らなければ問題ない。
キンッ――ズパンッッ!!
【よし! 反転する魔法陣も斬れたぞ! 今だぁぁあ!!】
「ハァァアア!!」
女神エステナを守る最後の魔法も斬り砕き、道は一直線で繋がった。チャンスなんてそうそうない。相手は曲がりなりにも神様だ。
電光朝露。一瞬の隙すら逃しはしない。
ズバァアンッ!!
「き、斬れた! 届いた!」
「…………」
懐まで潜り込み、踏み抜きながらの居合一閃。女神エステナを背後に回しつつ、納刀して残心を取る。
手応えは確かにあった。相変わらず黙ったままの女神エステナだけど、こちらへ反撃する気配もない。
ゆっくりと振り返り、その姿を確認するだけの余裕だってある。
「……今の一閃は決まった。でも、まだ終わりではないみたい。……そもそもその人、血が流れてない」
【レオパルやトラキロみたいなサイボーグ……とは違うな。強度自体は二人ほどではなかった。斬った感覚はあるのに血も流さないのは、やっぱり神故なのか……?】
ただ、向こうはまるで平然としてる。斬られたというのにゆっくりとこちらへ振り向き、何事もなかったかのように仮面越しに見つめてくる。
胸の辺りを加減なく斬ったのは確かで、しっかりとローブ越しに傷も刻まれてる。だけど、どういうわけか血は流れ落ちてない。
こういう姿にしたって異質。神様だからかもしれないけど、少なくとも『人間ではない何か』に対する恐怖心は拭えない。
――それこそ、デプトロイドやレパス王子といった『血の通わない存在』にしか見えない。
「……今のは僕も驚かされたよ。刃を女神エステナへ届かせたことは見事言えよう。……だが、所詮は『そこまで』だ。倒すことまでは叶わない。おい、エステナ」
「……ᛁᛃᚨᛋᛁᚹᛟ」
レパス王子の方も気持ちを立て直し、離れた位置から女神エステナへ声をかけて行動を促してくる。その言葉に応えてルーンスクリプトが唱えられれば、女神エステナの傷もたちまち塞がっていく。
スーサイドの学生にも使ってた回復魔法は、対象が自身であっても適用可能ということか。予想できたとはいえ、厄介なことに変わりない。
ただ斬ってもまともにダメージが入らない。傷ついてもまるで埃でも払うかのように淡々と元通り。
この人、痛みとかも感じてないのかな? 神様だからって、少しぐらいは痛がってもいいんじゃないかな? 偽物にしても。
――もっとも、血が通ってるどころか自我があるのかも怪しい。やってることは完全にレパス王子の操り人形だ。
「……さて、ミラリア。君の剣技は大したものだ。僕もそこだけは評価したい。エステナに傷をつけるなんて、流石に予想外だったからね」
「褒めてるつもりかもだけど、全然嬉しくない。それにまだ戦いは終わってない。ゾンビになったみんなを元に戻してくれるなら、私もここで刃を治める」
「そんなことを言えた立場かい? 何より、エステナの力はまだ全てを見せていない。……いい機会だ。君の剣技の鋭さを、我が身を持って知るといいさ」
軽く哀れみも覚えるけど、女神エステナを倒さないと騒動は収められない。ゾンビは今でもエレベーター方面で押し寄せ、シード卿達が足止めに徹してくれてる。
あまり時間もかけたくない。レパス王子の指示を聞いた女神エステナも、何やら新しい力を見せてくるみたい。
回復魔法を使った右手をしならせ、そのままこっちへ払うような動きだけど――
グオォォオン!
「ッ!? こ、この黒いのって……まさか!?」
【あ、闇瘴だ! 女神エステナが闇瘴を使ってきただと!?】
闇瘴については、かつて魔王ゼロラージャも少し語った通り。




