◇スーサイド闇鬼凶行Ⅲ
ミラリア達の窮地を救ってくれたのは、スーサイドで誰よりも魔法に精通したコルタ学長。
「コルタ学長! 無事だったですの! よかったですの!」
「私達、もう何が何だか分からなくて……!」
「怖くてどうしようもなくなってます!」
「助けがほしいです!」
「かわいそうに……さぞ困惑したことじゃろう。儂も事態の究明に動いてる段階じゃが、一人でも多くの学生を助け出さねばのう。ここならしばらくは安心じゃ」
暗い水道の中でランプを持って姿を現したコルタ学長。その姿を見て、ミラリア教団のみんなは泣きながらすがりついていく。コルタ学長も優しく頭を撫でて応えてる。
きっと、スーサイドの学生にとってのコルタ学長って、私にとってのスペリアス様みたいなものなんだ。正直、見てて羨ましい。
私も思わず飛びつきたくなるけどグッと我慢。シャニロッテさん達の邪魔はしたくない。
「コルタ学長、ご無事で何よりです。しかしそのご様子だと、コルタ学長も事態の全容は見えていないようで?」
【スーサイドの学生や教員がゾンビになる騒動……俺も見て見ぬフリはできません。魔剣なんていう特殊な存在ですが、どうにか力になれませんか?】
「ホホホ。詳細を聞き及んではいなかったが、なんとも頼もしい味方が揃ったものじゃ。今は儂も余計な言及は控えよう。……何よりやるべきは、スーサイドに起こったこのゾンビ騒動の究明じゃな」
シード卿やツギル兄ちゃんが進言すると、コルタ学長も落ち着きながら対応してくれる。特に魔剣のツギル兄ちゃんについてはまだ説明してなかったのに、調子を合わせるところは的確さが際立つ。
今何よりも優先すべきはスーサイドに起こった異常事態の解明。そして解決。それを何よりも優先してくれてるのが、言葉や態度の節々から伝わってくる。
「ねえねえ、コルタ学長。アーシさんを始めとしたさっきの人達って、本当にゾンビってバケモノになっちゃったの? ……生ける屍になっちゃったの? もう……死んでるの?」
「いや、儂も一応はゾンビと定義はしておるが、厳密には少々異なる。あの者達は本当に息絶えて生ける屍となったのではないようじゃ」
「ふえ? そ、そうなの? だ、だったら、助け出すこともできるの?」
コルタ学長の方は少し考察が進んでるらしく、ゾンビになった人達の詳細も見えてるらしい。流石は魔法学都スーサイドの学長。
こういう奇怪な現象において、今一番頼れるのはコルタ学長だ。かつてのスアリさんのように頼れる大人がいれば、解決の糸口も見えてくる。
「ゾンビとなった者達は現在、その魂と魔力を『仮死状態にされている』とでも言えばいいかのう。別の魔力が外側から入り込むことで、本来の魔力や意識さえも押し込められておるようじゃ。儂の所感ではあるがのう」
「つ、つまり……まだ生きてはいるってことだよね? 助けられるんだよね?」
「左様じゃ。阻害となる別の魔力の根源さえ判明すれば、それを絶つことで正気に戻すことも可能……というのが、儂の見解じゃ」
すでにある程度の目星はつけてるらしく、コルタ学長の話から希望も見えてくる。『生ける屍』なんて聞いた時はびっくりしたけど、ゾンビとなった人達は本当に死んだわけじゃない。
まだ生きてはいて、ただ利用されてるだけ。魔力で意識ごと阻害されてるってことは、誰か黒幕がいるんだと思う。
「おそらく、阻害している魔力の正体は『闇そのもの』とも言えるものじゃ。その魔力が体内へ流れ込むことで、ゾンビとなって普通の人間を襲っておる。襲われて噛みつかれた人間にも原因となる魔力が注がれ、同じくゾンビとなってしまうのじゃろう。じゃから、絶対に嚙まれたりしてはいかん。噛まれることで体内へ魔力が流れ込むからのう」
「闇そのものとも言える魔力……まさか、女神エステナやコルタ学長が話していた内容とも関係が?」
「シード卿も同じ見解のようじゃな。……儂も恐れていた事態が、最悪の形で実現してしまったと言えよう」
「む、むう? 二人して、何の話をしてるの?」
さらなる考察を進める中で、コルタ学長とシード卿は同じ考えへと至ったみたい。でも、私にはチンプンカンプン。
そういえば、この二人は昨日に何か話してたんだっけ? それとも関係することなのかな?
「昨日、俺もコルタ学長から聞かされたことがあってな。『エステナ教団がスーサイドへ内通者を介して何か企んでる』……てな」
「ッ……!? な、なら、この騒動の元凶は……エステナ教団!?」
不思議そうに眺める私に応えるように、シード卿は事情を掻い摘んで説明してくれた。その話を聞き、私の中でも少しずつ落ち着いて事態を把握し直すことができる。
今回の騒動はエステナ教団がスーサイドへ訪れた直後に起こった出来事。ならば、黒幕として一番怪しいのはエステナ教団以外にありえない。
「ゾンビとなった者達についても今でこそ大多数が巻き込まれておるが、発端となったのはカーダイス君とアンシー君のサークルメンバーだったようじゃ。……もっと深く言えば『女神エステナの治療を受けた学生』にまで絞れるのう」
「そ、それだと、女神エステナが犯人ってことになりませんの!? 魔法で怪我を治したのだって、本当はゾンビを生み出すためにやったと……!?」
「信じられん話じゃが、そう考えずにはいられない要因が揃っておる。……儂も警戒が甘かったと認めざるをえん。どうにかエステナ教団の接触を拒めれば良かったのじゃが、相手が世界規模の組織とあっては難しかったのじゃ。今になっては遅すぎた話じゃがのう」
そしてさらに突き止められる元凶こそ、私達が偽物と疑ってた女神エステナの存在。見た目もやることも神々しくはあったけど、こうなってしまうと疑いの余地しかない。
これまでエステナ教団がしてきたことや、私が抱いている不信感とも繋がってくる。
「『女神エステナが世界を滅ぼす』という、アキント卿からも聞いた予言。俺やミラリアが女神エステナに感じた影の怪物の気配……。繋がりも見えてくるが、形としてはマジで最悪か……」
【レパス王子やリースト司祭もバックに控えてるし、まさに『最悪の狂演』とでも言いたくなるな……】
「……でも、やるべきことは見えてきた。コルタ学長、どうすればこの事態を治められるかも分かる?」
やっぱり、エステナ教団のやることには裏があった。これまで私からエスカぺ村やフューティ姉ちゃんを奪ってきた人達なんて、最初から信じることはできなかった。
『先入観に囚われてはダメ』ってスペリアス様から教わったけど、ここまで来ると疑う方が難しい。何より、スーサイドをこのままになんてできない。
――ここはスペリアス様にとって思い出の地で、シャニロッテさんといった未来への指標もある。そのためにできることがあるならば、最大限尽力する。
「今の儂に考えられる方法は一つだけじゃ。ゾンビを生み出した元凶と思わしき存在――エステナ教団が連れてきた女神エステナを倒すことしかあるまい」
すなわち、今回最大の敵は女神エステナ。




