その学長、かつての学友を語る
楽園ではなく、スペリアスと強い接点を持つかつての同級生、コルタ学長。
「……ならば、先に儂から質問させてはくれんかのう。ミラリア君は本当に彼女の――スペリアスの娘なのかい?」
「うん、娘。正確には養子。血縁はないけど、本当のお母さんだと思ってる」
「そうじゃったか。昨日は儂も取り乱したし、話が聞けなくてすまんかったのう。彼女とは学生時代に色々あったものじゃから……」
私がスペリアス様のことを尋ねても、コルタ学長が昨日のように狼狽えることはない。私とスペリアス様の関係を確認するけど、特に持病でどうこうということもない。
むしろ、その表情はとても穏やか。昔を懐かしんでるように見える。
「学生の頃、スペリアスはどこからともなくスーサイドへやって来た。出身も年齢も不明で、どこか年寄り染みた口調だった印象が強くてな。喋り方については、今の儂に近かったかのう」
「なら、私が知ってるスペリアス様と同じ。エスカぺ村でも凄くババ臭い喋り方だった。でも、そんな昔からババ臭かったんだ」
「ホホホ。随分とお母さんに遠慮がないのう。まあ、家族だからこそといったところか。……それにしても、ミラリア君の話を聞くに彼女の姿は『あの時と同じ』ということじゃな。やはり、スペリアスは何か特別な力を持っておったか」
「不老の術……だったっけ? だからスペリアス様って、見た目的には老いてなかったのかな? 中身は老いてたけど」
「おとぎ話の魔法でしかなかったが、彼女は会得していたということか」
ミラリア教団による朝練のことも忘れ、コルタ学長と一緒に隅の方でお喋りタイム。学生だった頃のスペリアス様のことを、少しずつでも聞くことができる。
それにしても、スペリアス様って見た目は今と変わらなかったのか。確かに銅像にしても、私が知ってるスペリアス様と同じ姿だった。
エスカぺ村でも一番の魔法の使い手だったことが理由なのかな? 普段は何気なく見てるけど、思い返せば魔法って不思議。
その魔法にしたってルーンスクリプトやゲンソウといった楽園の文化と関わってるし、イルフ人だって元々はご先祖様が楽園で奴隷にされてたって話だ。
女神エステナにしたってそう。エステナ教団に祀り上げられ、この世界の神様みたいになってる。
――この世界そのものが、楽園という伝説と繋がってるのを感じる。
「スペリアスはスーサイドに入学した当時から、教員をも上回る魔術師であった。数々の功績も残してくれて、儂もそれらを後の世代に伝えようと思い、参考文献とした教材や彼女の銅像を作った。出生も何も分からぬのがもったいない話じゃよ」
「一応、私達家族はエスカぺ村で一緒に過ごしてた。でも娘の私でさえ、スペリアス様について知らないことは多い。だからこそ、コルタ学長から少しでも話を聞きたい。そのために、私はスーサイドへやって来た」
「シード卿からも聞いたんじゃが、君はスペリアスを探して旅をしておるそうじゃな。……もしかすると、その旅自体が彼女の目的なのかもしれんぞ」
「むう? どういうこと?」
「彼女は優秀な魔術師であると同時に、変わった目線を持つ哲学者でもあってのう。スーサイドでの日々でも、一つ一つの行動に意味を追及しておった」
少し話をするだけでも、スペリアス様の不思議さが際立ってくる。これまではずっと『私とツギル兄ちゃんのお母さん』って認識でしかなく、人物像についても『エスカぺ村内で凄い』ってぐらいの認識でしかなかった。
でも、外の世界を知った今はまた違って見えてくる。私自身は外の世界ではまだまだ未熟だったけど、スペリアス様は外の世界でも凄い人だった。
しかもその凄さは時間を超え、コルタ学長みたいな偉い人が認めるほどだ。
「代表的なものじゃと『人は何故苦しむのか?』『何故食べないと生きられないのか?』『生きていく中で進化とは何か?』『そもそも生命とは何なのか?』といったものがあるのう」
「むう……簡単そうに見えて、なんだか難しそうな話」
「ホホホ、儂もそう思うわい。……ただ、スペリアスはそんな当たり前に見えることにも疑問を呈し、そこに眠る意味を求めずにはいられない性分じゃった。そんな思慮深い彼女だからこそ、娘の君に『旅をさせること自体』に意味を持たせた……と、儂は考えてしまう」
そんな偉い人が語るのもあるし、実際に私もスペリアス様の手紙で楽園を目指す旅に出た身だ。哲学の意味は理解できずとも、何かしらの理由が眠っているのは感じ取れる。
スペリアス様がどうして姿を消したままなのかについても、本当に『私に旅をさせることが目的』だったとも考えられる。
それらの意味は今の私には断言できない。だけど、こうして旅を続ける中で私は新鮮なことを多く経験することができた。
――楽しいことも辛いことも経験した上での成長。ここについては私自身も納得できるし、誇ることもできる。理由の一つとしてはありうる。
「……きっと、コルタ学長の話は当たらずとも遠からず。私の知ってるスペリアス様のイメージとも重なる。優しさと厳しさをかね揃えた人だったし、意味のないことはしない。今はただ信じて、楽園を目指す旅を続けたい」
「ホホホ、本当に殊勝な娘さんじゃわい。スペリアスにこのような娘がいたなどと、感慨深いものがあるのう」
「そういえば、もう一つ気になってたことがある。聞いてもいい?」
「ああ、構わんぞい。この際じゃから、何でも聞いてみるがよいぞ」
こうやって何気なくお話をする中で、私とコルタ学長がそれぞれ知るスペリアス様の人物像にも重なりが見えてきた。これ自体は実に面白い見解と言えよう。
でも、見解が深まるほど私には不思議なことはある。見た目年齢と中身のババ臭さもだけど、それ以上に気になることだ。
「コルタ学長って、スペリアス様のことに詳しすぎない? ただの学生同士だったの? もっと別の何かとかない?」
「ほ、ほへっ!? わ、儂とスペリアスの関係についてかのう!?」
ミラリア、成長してちょっと鋭くなる。




