そのサークル、朝練へ向かう
スーサイド編、二日目。
「むう……昨日ははしゃぎすぎたかも」
「わたくしもついつい夢中になってしまいましたの。ミラリア様と再会できたことで、テンションが上がりすぎてしまいましたの」
先生に怒られてそのまま就寝。もはやスーサイドの学生へ完全に溶け込む形で、二日目の朝を迎えた。
学生服に着替え直して廊下を歩くけど、昨晩の枕投げハッスルのせいか少しネムネム。アホ毛の艶もイマイチ。
せっかく心地よく休める機会だったのに、友達がいっぱいいる楽しさにかまけてしまったか。ツギル兄ちゃんもスペリアス様もいないからって、羽目を外しすぎるのはよろしくない。
ここは学習。同じ失敗は二度も繰り返さないのがミラリアクオリティだ。
「ところで、朝からどこへ行くの? 朝ご飯も食べて、また昨日みたいに授業?」
「授業まではまだ少し時間がありますの。なので、今からミラリア教団日課の朝練へ向かいますの?」
「朝練? 鍛錬することは大事だけど、何をするの?」
「まあ、ちょっとした魔法の練習ですの。以前にツギルさんから教わった教訓をもとに、ミラリア教団内でアレンジを加えたものをお見せしますの」
そして現在、私はシャニロッテさん達ミラリア教団と一緒になって廊下をトコトコ。ツギル兄ちゃんとも合流したいけど、何かやるみたいで気になる。
私も友達との時間を大切にしたいし、ツギル兄ちゃんにはもう少しだけ待ってもらおう。たまには別々で行動してみたい。
「では皆様、この場所でいつも通り始めますの! 各自、杖を用意するですの!」
「準備!」
「万端!」
「です!」
廊下を歩き終え、やって来たのは空も見える広い場所。なんだか、ベランダがすごく大きくなったバージョンにも見える。
スーサイドって本当に縦に広い。魔法について深く研究されてるのと同時に、建物の造形も他の街とは一線を画す。シード卿がわざわざカムアーチから視察に来るのもこれが理由か。
肝心なミラリア教団については、何やら魔術師用の杖をそれぞれ手に取って準備を始めてる。力強く天へと掲げてるし、朝練に使うことは分かる。
――でも、その後の行動が理解できない。
「まずはわたくしと――」
「私が行きます!」
「では、構えて~……!」
「構えて~……!」
何やらシャニロッテさんとミラリア教団の一人が向かい合い、お互い杖を振りかぶって構えている。魔術師の杖って、あんな感じで使うものだったっけ?
私も魔法は不得手だから何とも言えないけど、こんな鍛錬はツギル兄ちゃんもやってるところを見たことがない。
少し離れて不思議そうに見てたんだけど――
「発射!」
「こっちも発射!」
ブゥンッ! バシュゥゥンッ!
――何やら、お互いに杖を振るって簡単な魔法弾を発射。真ん中の辺りで相殺するように二つの魔法弾がぶつかり合う。
これって、何をしてるんだろう? さっきから私には何をしてるのかさえ理解できない。
「むむっ!? わたくしの方が少し早かったみたいですの!」
「威力はこっちが大きすぎました!」
「ならばそこを調整し、もう一発行きますの!」
「お願いします!」
そんな私のことなど露知らず、シャニロッテさん達による謎の鍛錬は続けられる。
ミラリア教団内で色々と話をしながら、同じようにまた魔法弾のぶつけ合い。一緒に来たのはいいけれど、朝練に集中してるのか置いてけぼり状態。
ちょっと寂しい。でも、それだけ集中してるってこと。邪魔はしたくない。
「……にしても、あの鍛錬にどういう意味があるんだろ?」
「あの鍛錬方法についてじゃが、儂がシャニロッテ君に提案したものじゃ。彼女から『魔法の精度を磨きたい』と相談されたのでのう」
「ふえ? コルタ学長? ……あっ、おはようございます」
「ああ、おはよう。ミラリア君」
広場の隅でチョコンと立って朝練風景を眺めてると、ゆっくり横へとやって来たのはコルタ学長。昨日の持病による影響もレオパルさんへ見せたお説教な態度もなく、優しく緩やかに声をかけてくれる。
私が朝練を不思議そうに見てたのも理解したのか、尋ねずとも説明を加えてくれる。
「あの鍛錬方法は『杖を全力で振るう力加減』『その中で魔法を調整して放つ力加減』『二人の息を合わせる力加減』といった、魔法の加減に重点を置いた方法じゃ。シャニロッテ君の要望に応え、儂が教えたものじゃよ」
「それをミラリア教団のみんなでやってるのか。確かにシャニロッテさんは魔法の加減が苦手だったし、みんなでできるなら丁度いい」
「ホホホ、そうじゃな。……そして、シャニロッテ君にこういった傾向が見られたのには、ミラリア君の存在が大きいみたいじゃのう」
私には一見すると不思議だったけど、鍛錬方法にもコルタ学長なりの意味があることは理解した。私は魔法が下手くそだから理解できないけど、シャニロッテさんが魔法の加減を磨く意味は理解できる。
タタラエッジで魔王軍と戦った時から、そこがシャニロッテさんの弱点であることはツギル兄ちゃんも指摘してた。
「タタラエッジへはシャニロッテ君もいつの間にか勝手に赴いており、魔王軍のことは儂も耳にしておった。不安に思いながらも帰りを待っておったら、彼女はなんと『魔法の威力加減を鍛えたい』と自ら申し出てきたのじゃ。あれには儂も驚いたのう」
「その辺りの話は私も詳しい。でも、驚くほどのことなの?」
「ああ、驚くことじゃな。かつてのシャニロッテ君はプライドが高く、自らの弱点を認めようとはしない子じゃった。……それが数日タタラエッジへ赴いただけで、随分成長したものじゃよ」
そこの経緯については私の方が詳しいだろうけど、コルタ学長にとっては意外だったみたい。当時のことを感慨深く語ってくれる。
確かに最初に会った時のシャニロッテさんって、今よりずっとツンツンしてた。ミラリア教団なんて作ってるのが逆に不思議なぐらい。
そんな背景を知ってるからこそ、タタラエッジから帰ってきたシャニロッテさんの変化はコルタ学長にとって不思議だった。流石は魔法学都スーサイドで一番偉い人なだけはあり、学生への目線がスペリアス様に近いものを感じる。
――いや、実際に近くてもおかしくない事情が一つある。
「ねえねえ、コルタ学長。今は心臓の持病は大丈夫? 倒れない?」
「ああ、大丈夫じゃ。久々に問題児を叱ったりもしたからか、調子の方も優れておるぞ」
「なら、一つ尋ねたいことがある。可能な範囲で語ってほしい」
昨日はコルタ学長が倒れそうになったりロードレオ海賊団が乱入したりで、しっかりお話する機会が取れなかった。
でも、銅像の件や参加させてもらった授業で聞いた内容から、どうしても尋ねたいことがある。
――それこそ、私の旅で一番重要なこと。そのためにはるばる遠方のスーサイドまでやって来たんだ。
「コルタ学長って、スペリアス様の同級生だったんだよね? なら、知る限りのことを教えてほしい。スペリアス様が――私のお母さんがどういう人だったのかを」
コルタ学長にはまだまだ尋ねるべき事象が多い。




