その少女、理解に努める
ワガママは言っても、素直になりたい少女ミラリア。
「外の世界はエスカぺ村みたいに小さくないど。どんな困難があるかも分からない。スペリアス様だって、意地悪でミラリアちゃんを村に閉じ込めてるわけではないど。まずはその気持ちを……意味を理解する必要があるど」
「それが……『大人になる』ってこと?」
鍛冶屋さんの語り口はやっぱり私の味方ではないけど、なんだか深みがある……ような気がする。
確かにスペリアス様はいつか私を外の世界に旅立たせてくれると話している。ただ、その準備が面倒だ。
嫌なことは嫌だけど、そこには『私を未熟なままにしたくない』って意味がある。それを心から受け入れる必要がある。
――鍛冶屋さんが語る『大人になる』というのは、そういうことだろうか?
「……ちょっと難しい。それに、私は一人で外の世界を歩みたい。でも、言いたいことは分かる気がする」
「『分かる気がする』なら十分だど。人間の15歳なんて、まだまだ子供だど。子供の内は子供のままでいいけど、大人になる準備期間でもあるど。段階を踏んで成長するのが大事だど」
「むぅ、子供扱いはやっぱり嫌。……だけど、ちょっと考える」
喧嘩から家を飛び出て時間が経ったのもあるのか、私も気持ちが落ち着いてきた。完全な納得とはいかないけど、もう少し頑張ってみてもいいかもしれない。
これまでだってスペリアス様のもと、剣の修行に耐え抜いてきた。それをもう少し続けて、嫌になったらまた考えよう。
スペリアス様も『人生は思い通りにいかないから人生』って言ってたし、これもまた大人の階段なのだろう。
――私だって、喧嘩でモヤモヤしてばっかりは嫌。
「そういえば、鍛冶屋さんっていくつなの?」
「ぬ? オデか? ……まあ、結構な年配だど」
「50歳ぐらい? 長耳オッパイ巫女さんもそうだけど、鍛冶屋さんも長耳のせいか年齢が分かりづらい。でも、私が多分最年少なのは分かる」
「まあ、そのせいでスペリアス様を含むみんなも心配性になってるんだど。可愛い子は大事にしたいもんだど。……それが家族なら尚更だど」
「家族? ……あっ」
少し他愛ない話も交えていると、鍛冶屋さんが顔を他所に向けて何かを訴えてくる。
私も顔を向けてみれば、そこにいたのはツギル兄ちゃん。まだ怒った雰囲気は残しつつも、どこか心配そうに私の元へ駆けつけてくる。
「ここにいたのか……。なあ、一緒にスペリアス様の元へ帰らないか? その……やっぱり辛いなら俺が一緒にいてやるから」
「……私、今もまだ少し怒ってる。もう少しだけ待ってほしい」
「……そうか。『もう少し』か。だったら、俺と少し村の中を散歩するか。その方が気も紛れるだろ」
さっきは喧嘩して家を飛び出したのに、ツギル兄ちゃんの方は私を見ると怒りを引っ込め、安心したように声をかけてくれる。
正直、私もスペリアス様とはきちんと話をした方がいいとは思う。でも、素直になれないのも正直な気持ち。
そんな私の気持ちについても、ツギル兄ちゃんは語らずとも察してくれてる気がする。今日は追いかけっこで散々な目に遭わされたのに、よくここまで優しくできるものだ。
「ツギル兄ちゃん、昼間はごめんなさい。私もムキになってた」
「200回目の脱出作戦のことか。もう別に気にしてないさ。こっちだって200回もやれば慣れた」
「長耳オッパイ巫女さんにも踏んでもらえたし、悪いことばっかりでもなかったよね」
「お前は余計な一言が多いんだよ……!」
気がつけば村にも夕陽が差し込んできている。なんだかんだで時間も経ってしまった。
まだスペリアス様の顔を見る勇気は出ない。もうちょっとこうしていたい。ツギル兄ちゃんとふざけた会話を交えるのも悪くない。
「まったく。さっきまでしょげてたくせに、もういつもの調子に戻ってやがる」
「戻ってない。どうせなら、ツギル兄ちゃんが明るくなることして」
「その無茶ぶりがいつもの調子だってんだよ。でもまあ、ちょっとぐらいならやってやるか。……ほらよ」
こういう時、ツギル兄ちゃんは私に優しくしてくれる。少し甘えて要望を出せば、右手を天にかざして応えてくれる。
やることは魔術師のツギル兄ちゃんお得意の魔法。それを使ったほんのお遊び。
夕焼けに染まる空に魔力を放ち、そのまま破裂。綺麗な花火となって、私達の頭上を華やかにしてくれる。
これってかなり高等な技術らしい。スペリアス様も褒めてた。
いつものことなんだけど、ツギル兄ちゃんって魔法の腕前は本物なんだよね。私はからっきしだ。
一応は私も最初は魔法の修行もしたけど、すぐに『適正なし』って判断されちゃった。だからスペリアス様は私に剣技を教え、ツギル兄ちゃんには魔法を鍛えさせた。
確かに私達兄妹が揃えば剣と魔法で最強だ。外の世界にどんな危険があろうとも、私とツギル兄ちゃんなら乗り越えられる。
――そう考えると、やっぱり私一人じゃない方がいいのかな?
「中々に綺麗だった。ありがとう、ツギル兄ちゃん」
「お前、お礼ぐらいは素直に言えよ……。まあ、そっちの方がお前らしいか。どうだ? 気は済んだか?」
「むぅ……まだちょっとふんぎりつかない」
「今日は嫌に頑固だな。それでも少しずつで構わないさ」
それにしても、ツギル兄ちゃんはお節介焼きだ。スペリアス様から私のことなんて『放っておけ』と言われてたのに、よくここまで気に掛けるものだと感心する。
血は繋がってないけど、やっぱり私が妹だからなのかな? 喧嘩もするけど、お兄ちゃんの宿命なのかな?
――それは分かんないけど、ツギル兄ちゃんのことは嫌いじゃない。
「まだ何かしてほしいことはあるか? 俺にできることなら内容次第でやってやるよ」
「可能ならば、魔力が尽きるまで花火打ち上げを希望する」
「内容次第だって言っただろ? お前が意気地になるのを止めてくれれば俺も楽だ」
「それは……まだ厳しい。でも、ここからは少し私だけで考えてみる。ツギル兄ちゃん、ちょっと転移魔法で送ってほしいところがある」
「送ってほしいところ? ……ああ、あそこか。あそこならお前ひとりでも大丈夫だな。それぐらいなら構わないさ」
こうも優しくされると、私も早く胸のムカムカモヤモヤを収めないといけない気がしてくる。
こういう時、私にとって一番落ち着ける場所に行くのが一番。ツギル兄ちゃんも了承してくれたし、少しだけ立ち寄ってこよう。
私の要望を聞くとツギル兄ちゃんも右手の指先で魔法陣を描き、転移魔法を発動させてくれる。あの場所は村の敷地内だけど、こうやってツギル兄ちゃんがいないと私では辿り着けない。
「頃合いを見て迎えに行ってやる。お前にとってはある意味故郷だ。そこで気持ちを整理してこい」
「うん、ありがとう。ちょっとだけ行ってくる。……私が拾われたあの場所に」
ツギル兄ちゃん、頑張ってお兄ちゃんをする。