その魔女、歴史に名を刻む
ミラリアの母にして旅の終着点にして、スーサイドで語り継がれる大魔女スペリアス。
「その教科書に……スペリアス様の知識が……!?」
「スーサイドで魔法を学ぶ中で、彼女の存在は外せません。これもまた良い機会なので、おさらいの意味でも振り返ってみましょうか」
スペリアス様はここスーサイドにおいて、銅像が作られるほどの人物。エスカぺ村より前のことだろうから、娘の私にだって知らない一面はある。
だからこそ、スーサイドでは当たり前なスペリアス様のことだって、私には学ぶ価値がある。ずっと長い旅を続けて、ようやく手繰り寄せた糸なんだ。
――スペリアス様に会うためにも、この話はしっかり耳にしておきたい。
「大魔女スペリアスはかつて、ここスーサイドに所属する学生の一人でした。どこからともなくやって来て今の皆さんと同じように授業を受けていましたが、彼女の知見は当時のスーサイドの枠にさえ収まらないほどでした。むしろ授業を通して、当時の教員も多くを学んだぐらいです」
「それってつまり……スペリアス様がスーサイドの発展に貢献したってこと?」
「その通りです。ルーンスクリプトと呼ばれる原初言語もまた、彼女の発見があってこそと言われています」
授業の内容は魔法の歴史から一転、大魔女と呼ばれたスペリアス様の歴史へ。私の知らないスペリアス様のことを、言葉の節々から聞き取れる。
エスカぺ村にいた時から他の人とは一線を画すほど偉大だったけど、まさかこんな遠く離れた地でまで足跡を残してたなんて。最早『凄い』以外の言葉が見つからない。
今のスーサイドの歴史を作ったのは、かつて学生だったスペリアス様に他ならない。
「大魔女スペリアスはルーンスクリプトどころか、人知を超えた技も習得していました。魔法だけでなく、剣術といった武芸に至るまで。それどころか、かつて楽園に存在したといわれる原住民族と同じく不老の技まで会得していたとか。ですが、ここについては現在の彼女を知らないので、推測の域を出ませんね」
「不老の……技」
一部の内容については、娘の私にも覚えがある。私の知るスペリアス様は中身こそかなりババ臭かったけど、見た目に関してはかなり若かった。
外の世界の人々と比べてもかなりの美人だし、こうして振り返ると本当におとぎ話みたいな存在。イルフ人との関連性もまた見えてくる。
そんな人がずっと身近にいたお母さんだったなんて、不思議で何とも言えない話だ。
「先生。『不老の技』というのは、スーサイドには伝わってませんの?」
「残念ながら、彼女の残した知識にはありませんね。私も手元にある教材の限りでは、これ以上のことは知りえません。……ただ、今でも彼女のことで誰よりも詳しい人物ならいらっしゃります」
「その人は誰ですの? わたくし、気になりますの」
隣でシャニロッテさんが質問もしてくれるけど、なんだか私の代弁をしてくれてるみたい。現役の学生な分、私よりもこういう場には慣れている。
私では上手く聞けないことも、シャニロッテさんならズンズン尋ねられる。気持ちを汲んでくれてるみたいだし、話の内容も気になる。
――私の知らないスペリアス様について、もっと詳しい人なら尚更だ。誰のことだろう?
「現在スーサイドの学長を務めるコルタ学長です。あの方は学生時代、大魔女スペリアスと同級生だったそうです。現在の教材を作ることができたのも、そういった親交があったからでしょう」
「ふえ!? コルタ学長……スペリアス様と一緒にいたってこと!?」
アホ毛で耳をピクピクさせて待ちわびていたら、先生の口から出てきたのは意外な事実。
コルタ学長って今はヨボヨボだけど、スペリアス様と同級生だったんだ。でも、今までの話が本当なら十分あり得る。
スペリアス様は若作り――もとい『不老の技』でその見た目を維持してる。実際はかなり高齢なはずだし、コルタ学長の同級生でもおかしくない。
教科書を作るための知識を当時のスペリアス様から教わってたのなら納得。話の筋は通ってくる。
――こうなってくると、さらなる詳細のためにもやっぱりコルタ学長に話を聞くのが一番か。
■
「ミラリア様、授業で話を聞いてみていかがでしたの?」
「参考になった。ここから先の話はコルタ学長に聞く必要がある」
先生との授業もひとまず終了。シャニロッテさん達と一緒になりながら廊下を歩き、振り返りの意味でも言葉を交える。
エスカぺ村から始まり、エデン文明にルーンスクリプトにイルフ人といった様々な事象が絡まり合ってるけど、最終的にやるべきことは変わらない。
楽園を目指すこと――スペリアス様に会うことこそ、私の旅の終着点。そのために今必要なのは、コルタ学長のお話だ。
スペリアス様と同級生だったというならば、かなり実のある話が聞ける予感しかない。当時のスペリアス様だけでなく、楽園についても何か知っている可能性も高い。
――振り返れば長い旅路だったけど、着実に終着点へ近づいてるのは感じる。
【とはいえスペリアス様の話を持ち出した時、またさっきみたいにコルタ学長が心臓の持病で苦しまないか心配だな……】
「むう……私もそこは危惧してる。流石に命に係わる無茶なお願いはできない。ただ、このまま引き下がることもできない」
「でしたら、ミラリア様とツギルさんもしばらくはスーサイドに滞在すべきですの! わたくし達、ミラリア教団が丁重にお出迎えしますの!」
「……ありがたいけど、それって学生として大丈夫なの? なんとなくだけど、あんまり大丈夫な気がしない」
「大丈夫ですの! 先生だって、ミラリア様のことは『女学生の一人』程度の認識ですの!」
「……入るのは厳格だったのに、中は意外といい加減。何とも言えない」
ただ、焦ってはいけない要因だってある。お腰に着けたツギル兄ちゃんやシャニロッテさんとも話を進めるけど、コルタ学長へ無理強いはできない。
これでまたコルタ学長が苦しんだら大変だ。スペリアス様の話題になると、どういうわけかあの人は言葉に困ってたのを覚えてる。問題児だったレオパルさんのことは嬉々として語ってたのに。
――学生だった当時に何かあったのかな? スペリアス様と喧嘩してたとか?
「……ん? ああ、ミラリアか。ついでに魔剣の兄貴や学生お嬢さん達ね」
「あっ、シード卿。お疲れ様。……でも、何してるの?」
【ミラリア以外は『ついで』扱いかよ……。相変わらずどこかいけ好かん貴族様だ。……ただ、本当に何してるんだ?】
悩みながらもみんなでトコトコしてると、廊下の先に姿が見えたのはシード卿。コルタ学長とのお話も終わったみたい。
ということは今ならコルタ学長に会えるかもだけど、それ以上に気になることがある。眼前でシード卿がやってることについてだ。
剣を抜き取り、その切っ先を前方へ向けている。そこにあるのは廊下には似つかわしくない強固な牢屋。
見た感じ、急ごしらえで作ったみたい。でも、強度自体は確かなもの。かつて私がペイパー警部にハメられた罠の強化版みたいだ。
これだけのものを用意しないといけない都合があったと考えられるけど――
「出せぇぇええ! ウチをこっから出せぇぇええ! ウチは無実やぁぁあ! まだ何もやっとらへんわぁぁああ!!」
「……『まだ』ってことは『いずれ』やるつもりだったってことでしょうがァ」
――中に入ってる二人を見て納得。叫ぶレオパルさんと呆れるトラキロさんが中に収監されていた。
こいつら、まだまだいます。




