その学生達、派閥で争う
ミラリア、アンシーの名前はゴッチャになって覚えられない模様。
「むう? えーっと……『妾』って言ってる方がカーダイスさんで……『アーシ』って言ってる方がアーシさんで……?」
「……お名前と一人称が完全にゴッチャになってますの。どうにも、これは治りそうにありませんの」
シャニロッテさんにアーシさんの名前を間違えてると指摘されるも、イマイチよく分かんない。発音が違ってるのかな?
まあ、通じてるみたいだし良しとしよう。それより気になるのは本題だ。
食事場所を争ってたのは、アーシさんとカーダイスさん。話してるのは二人なんだけど、それぞれの背後に男子学生や女子学生がたくさん集まってる。
離れた私達から見れば、二つの勢力が面と向かって争ってるみたい。そういえば、シャニロッテさんも何か言ってたっけ。
「アンシー先輩とカーダイス先輩の二大派閥同士の衝突ですの。スーサイドでは見慣れた光景とはいえ、今回はミラリア様もいるというのに罰当たりですの……」
「あの人達は別に私を神様だと思ってない。それが普通」
【同じ学生服を着てるから、大多数には『シャニロッテちゃんのサークルに所属する女子学生』としか思われてないだろうさ】
そうだった。あの二人、サークル同士で喧嘩してるんだった。
止めに入った方がいいかもだけど、あんまりそういう空気でもない。タタラエッジと魔王軍の争いと違い、今回は口論による喧嘩だし。
話し合いで解決できるなら、私が無闇に割って入る意味もない。スーサイドでは日常的な光景らしいし、二人のサークル以外の学生達もどこか慣れたように食事を続けてる。
『郷に入りては郷に従え』とも教わった。ここは私もみんなと同じく食事に集中しよう。カルパーチョをもっと味わいたい。
「本当、頭にくる女狐だしー! 午後のダンジョン実習で痛い目見せてやるしー!」
「おやおや。なんと野蛮な野狸なことか。ダンジョン実習は学生同士が争う場ではないでしょう?」
「いい気になってるのも今の内だけだしー! アーシの方が優秀だってことを、結果で示してやるしー!」
「ホホホ。そちらこそ、ダンジョンの暗がりにはお気を付けを」
「ご、ご飯に集中できない……!」
【お、落ち着け、ミラリア。ここで動いたら、お前もレオパル達の二の舞だぞ?】
とはいえ、喧騒の声というものは勝手に耳へ入ってくる。人間の耳は自分の意志で開閉できるように作られてない。
特に喧騒というのは他の声より際立つもの。おかげで意識もご飯から逸れちゃう。
ついついイライラしちゃって椅子に立てかけてた魔剣を手に取り、唾口を軽くキンキンさせる。本当に抜刀はしないけど、どうしても気が立っちゃう。
「あのお二人、今日は一段と気が立ってるのね……」
「サークルメンバーまで従えてるし、実習での競い合いまで考えてます……」
「ミラリア様だっているのに、ちょっとは控えてほしいです……」
「むう……。私もみんながご飯に集中できないのは嫌……」
アーシさんとカーダイスさんにしても、今日の口喧嘩は普段より激しいみたい。
ミラリア教団のみんなどころか、周囲にいる無関係な学生もついつい意識がそっちへ行きつつある。
「ちょっと! さっきのカーダイスさんの言葉、いくらなんでも危ないでしょ!? アンシーさんに謝りなさいよ!」
「そっちこそ、僕達が食事をしてた横に割って入って来たんじゃないか!? まず頭を下げるべきはそっちだろう!?」
それぞれのサークルメンバーの間でも口論に発展し始め、険悪なムードがこっちまで漂ってくる。
関係ない私達からすればいい迷惑で、足早にご飯を止めて立ち去る人達までチラホラ。これは私もちょっと腹が立つ。
――この食堂はみんなで楽しくご飯するための場所。その空気を乱すのは許せない。
「みんな、ここで少し待ってて。私、少し意見してくる」
「ミ、ミラリア様!? 危ないですの!?」
「心配しないで。あっ、ツギル兄ちゃんはここでみんなとお留守番」
【……成程。あくまで『喧嘩しに行く』じゃないってわけか。だったら俺もここでおとなしく待っておく。あんまり過熱しすぎずに帰ってこいよ】
私としても至福のご飯タイムを邪魔されたわけだ。これ以上は見過ごせない。
とはいえ、いきなり斬り込んで黙らせるなんて真似はしない。そういう場面でないことぐらいは分かる。
ツギル兄ちゃんもおとなしくお留守番してくれるし、私一人で席を立ち上がって争いの場へ足を進める。
「ねえねえ、あなた達。ここはみんながご飯を楽しむ食堂。みんなに迷惑。何より、お互いに言いたいことは落ち着いて話し合うべき」
「な、なんだこのアホ毛の女子学生は!?」
「見たことはないが、下級生だろうな……。いずれにせよ、上級生の場にしゃしゃり出てくるんじゃない」
「おとなしく離れて――って、あ、あれ?」
「こ、この子、随分と身軽ね? つ、捕まえられないわよ?」
双方のサークルメンバーは見た感じほとんど年上。上級生と呼ばれる人達だろう。
私のことを拒んでくるけど、お構いなく中央へ足を進める。用があるのは周囲の取り巻きといった人達じゃない。
この喧騒の元となってる二人に話を通すため、人ごみをスイスイと抜けていく。これぐらいの動きなら、縮地の要領で問題なくできる。
「あー? あんた確か、シャニロッテちゃんのところのアホ毛だったしー? スーサイドの部外者らしいし、何を勝手に割って入ってるしー?」
「確かに私はあなた達の争いの部外者。だけど、言いたいことがあるからそれだけ言いに来た」
「おやおや? 関係ないのにわざわざ妾達の場に近づくとは、見た目に似合わず随分と肝の座ったお嬢さんですのね? 少しぐらいなら、妾も聞く耳を持ちましょう。アンシーさんのように野蛮に追い払いはしませんよ」
「あー!? 本当に感じの悪い女だしー!?」
どうにか中央にいるアーシさんとカーダイスさんのもとへやって来た私。二人もこちらへ気付いて顔を向けてくれたし、ここは率直に言いたいことを述べよう。
部外者なのに口を挟む無礼は承知の上。私の言葉で大きく事態が変わる保証もない。
――でも、私を含める無関係なみんなの気持ちを伝えたい。
「あなた達が言い争うことで、みんなの楽しいご飯が台無しになってる。もしも自分が同じことをやられたら嫌じゃないの? サークルっていう集団のトップに立ってるなら、他の人を思いやることだって大事じゃないの?」
戦うだけでない成長もまた、旅の中で紡いだ経験。




