その海賊、何しに来たの?
ロードレオ海賊団伝家の宝刀! 逃げる!
「来て早々に帰るんだ……」
「やかましいわ! やっぱスーサイドは都合が悪い! トラキロ! さっさと来た道戻んで!」
「もう本当に何しに来たのかも分かんねェなァ……」
予想通り、レオパルさんが選んだのは撤退。ロードレオお得意の『逃げるが勝ち』戦法だ。
結局のところ、姿だけ見せて何もしてない。コルタ学長にビビってしまい、来て早々の撤退という情けない結末。
――途中から完全に逃げ腰だったし、こうなって当然か。
「ほな、さいならや! また次の機会に別の場所で襲撃して、そん時こそミラリアちゃんを手に――」
「いやいや、そうは行かんじゃろう? かつての教え子が不貞を働いてるのならば、儂も見逃すわけにはいくまい。……ほれ」
ただ、コルタ学長は簡単に逃がしてはくれない。指先で軽く魔法を唱えると、再び水道へ逃げようとするレオパルさんの足元へ魔法陣を設置。
こんな瞬間的に軽く魔法を扱えるなんて、やっぱり魔法学都スーサイドの学長なだけはある。ただのヨボヨボおじいちゃんではないらしい。
そして、唱えられた魔法なんだけど――
「あっ!? ヤ、ヤバい!? このネバネバ魔法陣、ヤバい!? ウチも苦手なやつや!? ト、トト、トラキロ! ちょっと掴まらせて――あぎぃ!?」
「ちょォ!? レオパル船長ォ!? そんなネバネバ状態でオレに掴まったら、こっちまで――あげェ!?」
ツルリィィインッ!!
――どうやら、トラップタイプの魔法だったみたい。魔法陣からネバネバしたスライムみたいなものが湧き出て、レオパルさんの足元から自由を奪う。
どうにか逃れようとするレオパルさんだけど、動けば動くほどスライムが絡まっていく。挙句、掴まろうとしたトラキロさんまで巻き込んでしまい、二人揃ってスッテンコロリン。
一度転んでしまった以上、二人はまともにスライムから抜け出せない。これにて、逃げることさえできずに終了。
――結果だけだと、ただ捕まりに来ただけにしか見えない。
「くそォ……! こんなことなら、無理矢理にでも船長を止めるべきだったかァ……!? オレ、巻き込まれただけじゃねェかァ……!?」
「うっさいぞ、トラキロ! この状況、どないかせい! ウチの装備は全部ネバネバで役に立たん!」
「オレの装備だって使えねェよォ! 偉そうに人を頼んじゃねェ!」
「『偉そうに』ってなんや!? 実際に偉いんやぞ!? ウチはロードレオ海賊団の船長やぞ!?」
「どれだけ一つの組織で偉かろうと、広い世間で見れば危険な集団でしかなかろう。……シード卿よ。すまぬが儂と共に来てくれ。この者達を檻に捕らえる手続きもしたいし、しっかりとした場で話もしたい」
「わ、分かりました……」
スライムに絡まりながらコロコロしつつ、グチグチとお互いに言い合うレオパルさんとトラキロさん。そんなことは関係なしに、コルタ学長はシード卿と一緒に動き始める。
もうこの二人が逃げ出すことは無理だろう。さっきから物理的にも会話的にも滑ってる。逃げる道も手段も何もない。
「……私達もここ、出よっか」
「……そうですわね。下手に留まると、わたくし達までネバネバの餌食ですの」
【……賛成だ。これからのことは倉庫を出てから考えるか】
「あっ!? ま、待ってくれや! ウチを置いてかんといてくれぇぇえ!! せめてウチだけでもぉぉおお!!」
「馬鹿言うなァ! テメェが一番大問題なんだろうがァァア!!」
後のことはコルタ学長達がどうにかするだろうし、これ以上ここにいる意味はない。
スペリアス様の銅像の前にこんな二人を置いとくのは嫌だけど、近づくこともできない。
滑りながら喧嘩する二人をそのままに、私達も倉庫の外へと向かう。
――スペリアス様。銅像だけど、どうかこの二人を見張っててください。
■
「教員の方々が倉庫へ駆け込んでますの。マジックアイテムも持ってますし、コルタ学長の指示だと思いますの」
「まさか、倉庫の下からロードレオ海賊団が現れるなんて……」
「ミラリア様を狙っていただなんて、ロードレオ海賊団は不届き者です!」
「そんなロードレオ海賊団に勝ったことがあるなんて、ますます尊敬です!」
倉庫を後にすると、入れ替わるように教員さん達が入っていく。レオパルさんとトラキロさんについては、この後牢屋へ入れられるらしい。
とりあえず、しばらくは安心できそう。またどこかで抜け出しそうだけど。
対して、こちらはシャニロッテさん率いるミラリア教団のお出迎え。慣れてきたけど、やっぱりウンショされるのは苦手。
――そもそも、今回は何もしてないし。
「……戦ってもないに疲れた。不思議」
【ロードレオの連中を相手してると、それだけで疲れるからな。スーサイドに来てから慌ただしかったし、ミラリアにも休息が必要か】
「休息……となると――」
精神的に疲れるのって、肉体的に疲れるよりしんどい。ローファーという靴も履きなれてないし、ちょっとキツい。
ツギル兄ちゃんの言う通り、ここは休息が必要。スペリアス様の件や楽園の手掛かりは重要だけど、今慌てたって仕方ない。話を聞けそうなコルタ学長も不在だ。
そうなってくると、まずやるべきは――
クキュルルル~
「ッ!? ミラリア様のお腹のお虫様が鳴きましたの!」
「これが噂に聞く『神のご飯タイム』を告げる音……!」
「シャニロッテさん! 食券の準備はできてます!」
「道案内! 問題ないです!」
――やっぱりご飯。ご飯しか勝たない。丁度お腹の虫も鳴ったし、ご飯時と言えよう。
ただ、ミラリア教団の面々は私のお腹の虫を聞くや否や、てんやわんやの大騒ぎ。色々指差し確認しながらポージングしてる。
――そういうのはやめてほしい。私は今、かつてないほどお腹の虫の音で恥ずかしくなった。
「シャニロッテさん。普通の案内でいいから、スーサイドでご飯が食べれる場所へ案内してほしい。普通でいいから」
「二度も『普通』と念押ししますの!? で、でもまあ、ミラリア様がそうおっしゃるのなら、わたくしも普通にやりますの。スーサイドには食堂がありまして、そこで様々なご飯が食べれますの。もちろん、スーサイドならではの一品もありますの」
「スーサイドの様々なご飯……興味ある。早速行こう。みんなでご飯にしよう」
この絶妙な羞恥心だって、ご飯を食べれば解消されるはず。何より、みんなで食べるご飯はそれだけで楽しみ。
旅先では一人で食べることがほとんどだったし、シャニロッテさん達大勢と一緒に食べるのなんて久しぶり。
スーサイドの名物も味わえるのなら願ったり叶ったり。早速案内してもらって――
「な、なんと!? またしてもミラリア様と一緒にご飯が食べれますの!?」
「ミラリア様が誘ってくださるなんて、何たる光栄……!」
「我々はご飯タイムの横で護衛するつもりだったのに……!」
「一緒にご飯なんて……感激です!」
「……だから、そういうのをやめてほしい」
【……人気者だな。ミラリア】
ロードレオもあっさり退場したし、安心のご飯タイムへ。




