その王子、心なき怪物にて
最悪の事態はまだ続く。
レパス王子は右手に剣を握り、残った兵隊で私を包囲しながら近寄って来る。その剣から滴るは、斬り殺された鍛冶屋さんと巫女さんの血。
ただエスカぺ村が目障りというだけで、どうしてここまで酷いことができるの? 私にはこの人が人間に見えない。
――魔物なんかよりよっぽどバケモノだ。
「ス、スペリアス様は……? スペリアス様は無事なの……?」
「あの魔女は大したものだ。こちらの戦力をほぼ全て動員してもやっとと言ったところか。だが、倒れるのは時間の問題だろう。僕としては、君の存在の方が目障りだ」
「そ、そんな……そんな……」
私を逃がしてくれたスペリアス様も、このままだと鍛冶屋さんや巫女さんと同じように殺されてしまう。全部私が招いた結果だ。
私が外の世界に飛び出て、ワガママ言って帰らなかったせいだ。スペリアス様とツギル兄ちゃんが迎えに来てくれた時、素直に帰っていればこんなことにならなかった。
――後悔、絶望、憤怒、懺悔、恐怖。いろんな気持ちが一気に押しかかって来る。立ち向かおうとする気力すら湧かない。
「さあ、終わりだ。僕の剣により、そこに倒れるイルフ人と同じようにくたばるがいい」
レパス王子が語る言葉の意味も理解できなければ、刃から逃れようという考えにすら至らない。
私が馬鹿で愚かだから、こんな酷い光景が広がってるんだ。ならば、もうここで全部終わりにしたい。
――抵抗することもできない私に対し、レパス王子は剣の切っ先を突き付けてくる。
グサァァアッ!!
「なっ!? まだ残っていたのか!?」
「ガフッ……! あ、あんたがミラリアをそそのかした張本人か? 人様の妹のことを、随分と利用してくれたもんだ……!」
突かれた剣は残酷な音を響かせ、確かに何かを貫いた。だけど、それは私の体じゃない。
寸前のところで割り込んできた人影。その肉体がレパス王子の剣を止めた。
――私ではなく、ツギル兄ちゃんが刺し貫かれてしまった。
「ツ、ツギル兄ちゃん……? ツギル兄ちゃぁぁん!?」
「ゲホッ……! さ、流石にこの体もここまでか……!?」
剣はツギル兄ちゃんの背中まで切っ先が見え、完全に体を刺し貫いている。私は助かったけど、それとは比にならないぐらいの絶望が脳裏に焼き付いてくる。
スペリアス様達だけでなく、ツギル兄ちゃんまでもが私のせいで命を落としそうになっている。
「だが、ただで終わりはしないさ……! フンヌゥ!」
バキィインッ!
「こいつ!? 刺し貫かれた状態で僕の剣を!? よ、よくもぉぉおお!!」
ツギル兄ちゃんはもう完全に虫の息だ。なのにレパス王子を止めようと、振波を自らに突き刺さった剣へと放つ。
それにより、剣は根元から折れた。激昂したレパス王子はツギル兄ちゃんを突き飛ばし、体に剣が突き刺さったまま横たわる。
私も無我夢中で駆け寄るしかない。両手両膝を地面について、必死に呼びかけ続ける。
「ツギル兄ちゃん! お願い、しっかりして! 死なないで!」
「ミ、ミラリア……俺はここまでだ……。ど、どうか……お前だけでも……」
「嫌……嫌! そんなの嫌! ごめんなさい! 全部全部謝るから……私を一人にしないでぇぇえ!!」
「そ、そう言ってくれるのは、兄貴冥利に尽きるな……。だが、この体はもうもたない……。こ、こうなったら……一か八かになるが……!」
どれだけ私が呼びかけても、ツギル兄ちゃんは苦しそうな声を漏らすだけ。起き上がることもせず、こちらに手を伸ばしながら必死に訴えかけてくる。
私だけが生き残るなんて嫌。私だけ助かっても意味がない。
私の目的はエスカぺ村に帰ること。そのエスカぺ村どころか、みんなさえも失ったら意味なんてない。
そんな絶望に打ちひしがれる私とは別に、ツギル兄ちゃんは御神刀に力なく触れて何かを呟き始める。
「ᚹᚨᚷᚨᛏᚨᛗᚨᛋᛁᛁᚹᛟ ᛗᚨᚲᛖᚾᛏᛟᛋᛁᛏᛖᛃᚨᛞᛟᛋᚨᚾ」
キィィイン ――ドサッ
「ツ……ツギル兄ちゃん……? ねえ、起きてよ? ツギル兄ちゃん?」
ツギル兄ちゃんが最後に呟いたのは、何かの呪文と思わしき言葉。その言葉を最後に、ツギル兄ちゃんは地面に突っ伏して動かなくなってしまう。
ねえ、いつもみたいに声をかけてよ? 私のことを叱ってよ? 馬鹿みたいに話をしようよ?
――そんな願望も虚しく、ツギル兄ちゃんが反応することはない。
「うぅ……うあぁぁああん! スペリアス様ぁぁあ! ツギル兄ちゃぁぁあん! みんなぁぁあ! う、うあぁぁああん!」
「チィ。剣を折られては興ざめだ。まあ、もうミラリアに抵抗する力は残っていないか」
「レパス王子。こちらの方でも掃討が終わりました。デプトロイドはほとんど犠牲になりましたが……」
「あの魔女、よくもそこまでやってくれたものだ。あのデプトロイドは侵攻を本格的にする時にも使おうと思っていたのだがな。……仕方ない。こちらの被害も大きい。ミラリアを連れて、城へと戻るぞ。始末するのはその後だ。公の場において処刑してくれよう」
せっかくみんなが助けてくれたのに、私には逃げ出すことさえできない。もう自分の全てが嫌になる。
どうせだったら、私もここでエスカぺ村のみんなと一緒に死なせてほしかった。でも、それさえも許されない。私に選択権はない。
――兵隊に拘束され、燃え盛る故郷から連れ出されてしまう。
あの日の追放が招いたのは、愛しき故郷の消失という絶望。




