{邪悪なる意志のその頃}
三人称幕間、その2。
ロードレオ海賊団さえも甘く見える、あまりに強欲で独善的な計画。
◇ ◇ ◇
「……リースト司祭。準備は整ったのかい?」
「ええ、レパス王子。不備はございませんよ」
イルフの里での騒動、ロードレオ海戦。それらとはまた異なる場所で、とある計画は着実に進行していた。
ミラリアにとってはエスカぺ村や聖女フューティの件で宿敵と言えるレパス王子にリースト司祭。エステナ教団の中枢を担う二人は、とある地下施設で話を進める。
「世間ではあの憎きミラリアがもてはやされてるなんてニュースもあるが、この計画が上手くいけばもう関係ない。ミラリアだろうが魔王だろうが、僕達に逆らえる者はいなくなる」
「Sランクパーティーに依頼していた精霊の入手は失敗したようですが、あんなものは保険でしかありません。一番必要な材料は整っております。……そして、すでにこの『偽りの肉体』にも」
レパス王子とリースト司祭が眺めるのは、緑色の液体で満たされた大きなガラスの筒。その中にこそ、これまで裏で進めてきた計画の全てが眠っている。
そこにいるのは、まるで眠るように水中を漂うかつての聖女――フューティ。死してなおその屍を掘り起こされた彼女に、安寧な眠りさえ許されない。
「セアレド・エゴ……だったか? 君がカムアーチで捕らえた怪物に、まさかそんな秘密があったとはな」
「私も知る限りの全てをレパス王子へ託しましょう。あなたの体をさらに改良したように、フューティ様の死体も利用します」
「自分達が聖女と崇めた相手さえ、いまや君にとってはただの道具か。……そこまでして、痛い目を見せられるのが嫌かい?」
「ええ、嫌ですとも。苦痛など避けて当然なのが人間の道理でしょう?」
「……フッ、違いないな」
レパス王子は腰の剣をギラつかせ、リースト司祭を脅してでもことを進めさせる。リースト司祭もその脅しに簡単に屈し、ただ淡々と言われた通りの計画を進める。
苦しい道でも乗り越えることを選んだミラリアと対極に位置する二人は、ここに悪魔のような思想を実現させようとしていた。
「ただ問題なのは、彼女を起動させるための魔力です。継続的に摂取させないと、元が死体だけにすぐ停止してしまいます」
「それについては僕の方で手を打っておいた。スーサイドに裏で協力してくれる人間も見つけたからね。『老いることのない命』を条件に出せば、すんなり従ってくれたよ。あそこならば、エステナ教団として大々的に披露する機会にもなる。スーサイドの学生は魔力も豊富だし、うってつけだろう?」
「ほうほう、それは流石でございますな。試運転にもなりますし、私も彼女を動かせるように準備いたしましょう」
「ああ、頼むよ。……こいつさえいれば、僕が世界を手中に収めることも可能だ。下手に楽園を求める必要性もなくなる」
レパス王子の目的は、相も変わらず世界を手中に収めること。リースト司祭やエステナ教団にしても、そのための駒程度の認識でしかない。
必要な『器』も中に入れる『力』も手に入った今、もう遮ることなどできない。忌まわしくもその第一歩となる場所は、ミラリアも目指す魔法学都スーサイド。
泥沼のように深く粘つく因縁は、再び双方を引き合わせようとしていた。
そしてもう一つ、緑色の液体に浸された彼女の時間も再び動き出す。
ただし、それはかつての『聖女フューティ』ではなく、全く異なる『別の存在』としてだ。
「さあ……僕の力となってもらおうか。ただの伝承ではなく、実際に世界へ降臨してもらうよ。……女神エステナ」
◇ ◇ ◇
これにて、この章はおしまいです。
次話から新章、魔法学都スーサイド編です。




