その魔女、母として
故郷の村が焼かれる中、娘を救うは育ての母である魔女スペリアス。
「あ、あの! ス、スペリアス様――」
「ミラリア! ここの相手はワシが受け持つ! おぬしは早く逃げよ! グズグズするでない!」
デプトロイド軍団を破壊しながら私の眼前へ降り立ったのは、私の育ての親にして師匠であるスペリアス様だった。
腰には私と修行していた時の刀を携え、レパス王子を先頭としたディストールの一団と向かい合っている。
背中しか見えにけど、顔はきっとかなり怒ってる。そんなのは声色だけで判断できる。
「で、でも、スペリアス様! 私、ずっと言いたかったことが――」
「ええい! この期に及んでワガママを言うでない! おぬしだけでも逃げ延びれば本望じゃ! 早う行かぬか!」
「きゃっ!?」
ただ、私にはどうしてもスペリアス様に言いたかった言葉が先に浮かんでしまう。
勝手に村を出てごめんなさい。ワガママ言って帰らなくてごめんなさい。エスカぺ村を危機に陥れてごめんなさい。
もう自分でも抑えが効かずに先に口が動いてしまう。ずっと言いたくて仕方なかったことだ。
――だけど、スペリアス様は振り返らず、魔法で私の体を吹き飛ばして逃がそうとしてくる。
「貴様が魔女スペリアスか。この多勢に対して一人という無勢。それでも立ち向かってくるのかい?」
「血は繋がらずとも、あの子はワシの娘じゃ。それを救うためならば、いくらでも無茶してくれるわい……!」
レパス王子と対峙するスペリアス様の背中を見ながらも、私の体はどんどんと魔法の力で遠ざかっていく。手を伸ばしても届かない。
スペリアス様が私を逃がそうとしてくれてることは理解できる。でも、こんな形でまた離れ離れになるのは嫌。
――せめてしっかり顔を見て、ごめんなさいの言葉を伝えたい。
「あぐぅ!? ス、スペリアス様! スペリアル様――」
「ミラリアちゃん! 戻るんじゃないど! 今はとにかく、ここから逃げ切るんだど!」
「か、鍛冶屋さん!?」
ようやく魔法から解放されたところでスペリアス様の元へ向かおうとするも、今度は大きな腕で私の体ごと持ち上げられてしまう。
それは私にも優しくしてくれた長耳の鍛冶屋さんの腕。私が帰ってきたことに言及する暇もなく、大急ぎで村の外へと走り始める。
「ま、待って! スペリアス様を置いていけない!」
「今は言う通りにするんだど! スペリアス様の気持ちを無駄にするんじゃないど!」
「で、でも――」
「いたぞ! 勇者ミラリアだ! 長耳の男に連れられ、この村を逃げ出すつもりだ! 逃がすな!」
どうにか戻ろうとする私の気持ちなど介せず、ただひたすらに村の外へ走り続ける鍛冶屋さん。燃え上がる炎を掻き分け、ディストール王国の兵隊までこちらに迫ってくる。
下手に引き返してる余裕がないのは分かる。でも、スペリアス様を一人になんてできない。
――このままだと、もっと嫌なことが起こる予感がしてしまう。
「絶対逃がすな! 残った戦力で包囲しろ!」
「くうぅ!? まだこんなに数がいたんだど!? 逃げ切るのも厳し――」
「頭を下げてて! ここは私が受け持つから!」
「く、くそ!? また新手か!?」
今の私では、ただ流されるままに担がれて逃げることしかできない。
追ってもさらに増えてくるけど、今度は物陰から長耳の巫女さんが弓を構えて助太刀に入ってくれる。
そこから放たれる矢は正確無比。迫りくる兵隊を次々に射止め、私達が逃げられるように踏ん張ってくれる。
「ミラリアちゃん、お願い! 今は……今だけはおとなしく言うことに従って! あなただけでもこの村から逃げ延びて!」
「オデも殿に入るど! ここでミラリアを死なせたら、これまでの苦労が水の泡だど!」
「そ、そんな……!? 二人とも、なんで……!?」
ただ、敵の数はまだまだたくさんいる。それを見て判断したのか、鍛冶屋さんは私を下ろして大きなハンマーを取り出し、巫女さんと一緒に後方で構える。
正直、私には何が何だか分からなくなってる。エスカぺ村が襲われたこともだし、こうまでして村のみんなが私を守ってくれることも分からない。
本当はエスカぺ村に何があるの? エデン文明のことといい、この村にはどんな秘密が眠ってるの?
状況が入り乱れ過ぎて、頭も体もまともに動かなくなってる。逃げればいいのか、一緒に立ち向かえばいいのかも判断できない。
ただ、鍛冶屋さんにしても巫女さんにしてもかなり強い。包囲してくる兵隊を次々に返り討ちにしていく。
「やれやれ。この程度に遅れをとるとは、兵の練度が足りていなかったかな?」
「な、何者だど!? ――グガァ!?」
「あ、あなたはまさか――キャアァ!?」
そんな光景を呆然として地面に座り込んで見ていると、突然巻き起こる血しぶき。それと同時に崩れ落ちる鍛冶屋さんと巫女さん。
頭で理解が追い付かないことの連続でも、それを見れば熱が冷めるように状況が見えてくる。
――私を守った長耳の二人は、たった今眼前で斬り殺された。仰向けに倒れた後、ピクリとも動かない。
「この長耳……地下の文献にあったイルフ人か。ここまで証拠が出揃うと、やはりこの村はエデン文明をひた隠していたということか。憎たらしい連中だ。そんな者どもならば、なおのこと生かしてはおけないな」
「あ……ああぁ……!?」
私のことを慕ってくれた人が目の前で死んだ。私が巻き起こした事態のせいで殺された。
そんな絶望に打ちひしがれ、私はただ座り込んで目を見開くことしかできない。
――そして映りこんでくるのは、二人を斬り殺した張本人の姿だ。
「あの魔女は厄介だが、どうにかデプトロイドと兵達で対応できそうだ。君ももう、逃げることは諦めたまえ……ミラリア」
「レ、レパス王子……!?」
村全体がミラリアを守ろうとするも、絶望の刃は止まらない。




