◇ロードレオ海戦・前編Ⅳ
さあ! 今度こそ本格的にバトルなターンだ!
「てやんでい? この付き人のアホ毛ちゃんがどうかしたんでい?」
「どうもこうも、そいつは敵でヤンス! なんで料理長が二人して敵へ料理を振る舞ってるんでヤンスか!?」
「そうだったんですねい。アッシらもつい勘違いしてしまいやしたか」
「ありえない勘違いでヤンス! ウチの船員以外の姿を見たら、まず最初に怪しむべきでヤンス!」
これまでは初対面のヤカタさんとネモトさんの流れでどうにかなってたけど、知ってる人が出てくれば話は別。扉を開けて飛び込んできたのは、トラキロさん直属の幹部。変な語尾トリオの一人だ。
これは流石にマズい。完全に敵だとバレてしまった。まあ、そもそもここまで誤魔化せた方が不思議ではある。
「と、ともかく、早くそいつを捕らえるでヤンス! ここに来た目的だって、おそらくはさっきの少女を奪い返すつもりでヤンス! おい! 下っ端連中も来るでヤンス!」
「え!? 調理場に敵が!? いつの間に!?」
「てか、どういう状況ですか!? ヤカタ料理長とネモト料理長は何をしてたんですか!?」
実際のところ、こうなってた方が自然な流れではあった。とはいえ、ピンチなことはピンチ。
幹部の人は他のメンバーにも声をかけ、扉の後ろからゾロゾロと押しかけてくる。まだまだ増えそうだけど、今でも結構な数だ。
――これだけ数がいるのに、今まで騒動に発展しなかったのが本当に不思議。
「さあ、行くでヤンス! ヤカタ料理長とネモト料理長もかかるでヤンス!」
「ツ、ツギル兄ちゃん!? どうしよう!?」
【どうするもこうするも、やるしかないだろ!?】
幹部さんの号令により、下っ端どころかヤカタさんとネモトさんにまで命令が下されてしまう。
せっかく作ってくれた料理もまだ食べ終えてないのに、このタイミングで敵とバレるなんて最悪だ。でも、向かってくるなら相手するしかない。
さっきまでのことは過去の話として、現状を見据えた交戦準備を――
「てやんでい! 待ちやがれい!」
「ここはロードレオ海賊団の厨房。アッシら料理長こそ、この場をどうするかを決める権限があるってもんですねい」
――しようと魔剣を構え始めていると、突如ヤカタさんとネモトさんが私の前へ出てきた。ただ、襲い掛かって来るとかじゃない。
むしろ私の方には背中を向け、目線を向けてるのは幹部さんを含むロードレオ海賊団の方。味方同士なのに、どこか敵意さえ感じる構えを見せてる。
手にはそれぞれフライパンとオタマを二刀流してるし、戦う気自体だってある。ただし、その矛先は同じロードレオ海賊団へだ。
――これってどういうことだろう? とりあえず、フライパンとオタマを武器にするのはお行儀が悪いと思う。
「このアホ毛ちゃんに手を出すことは、厨房を代表するオッレら二人の料理長が許さんでい! べらぼうめい!」
「な、何を言ってるヤンスか!? 訳が分からないでヤンス!?」
「訳など知らずとも、ここが厨房でアッシらが料理長であることだけ理解していただければいいですねい。なんにせよ、アホ毛ちゃんへの狼藉だけは同じロードレオ海賊団でも許せませんねい」
「お前ら、どっちの味方なんでヤンス!? 何がそこまで心動かしたんでヤンスか!?」
とりあえず、ヤカタさんとネモトさんは本当に私の味方をしてくれてるっぽい。幹部さんがどれだけ怒鳴っても怖気ず、面と向かって反論してる。
確かにここは厨房だから、料理長の二人が偉いのは納得できなくもない。でも、ロードレオ海賊団の幹部さんに逆らうほどなのかな?
そもそも、私だってここまで味方してくれる理由が分からない。いったい、どうしてここまでしてくれるの?
「てやんでい! オッレらの料理を美味しく食べて、さらにはヒントまで与えてくれたアホ毛ちゃんで、べらぼうめい!」
「そんな相手に手を出すことこそ無粋! 料理に敵味方もあったもんじゃないですねい!」
「な、成程……!」
【……感心するほどか?】
疑問を頭に浮かべていると、ヤカタさんとネモトさんが宣言するように語ってくれた。
どうやら、私に恩義を感じてくれたみたい。そんなつもりはなかったし、ちょっとした興味や場の流れでしかなかったのにだ。
なんと清々しい心構えだろうか。ツギル兄ちゃんは否定的だけど、私はこの二人のことを認めよう。
――ヤカタさんとネモトさんこそ、まさに海を代表する料理人であると。
「え……えぇぇえい! もういいでヤンス! 者ども! ヤカタ料理長とネモト料理長ごと叩きのめすでヤンス!」
「そ、そんなことして、後でレオパル船長やトラキロ副船長に怒られませんか!?」
「これで怒られたらストライキでも起こしてやるでヤンス! いいからとっととかかるでヤンス!」
「が、合点承知の助!」
とはいえ、敵に回ってるロードレオ海賊団は完全にお怒りだ。とうとうヤカタさんとネモトさんをも敵と認識し、号令と共に襲い掛かって来る。
後ろからドンドン下っ端が雪崩れ込んでくるし、あっという間に厨房は大混乱。
「てやんでい! この場はオッレとネモト料理長が引き受けるでい! アホ毛ちゃんは奥の勝手口から外へ出るんでい!」
「アホ毛ちゃんが探してるらしき少女はレオパル船長の船にいますねい! ここから一番遠い場所にある船だが、健闘を祈りましょうかねい!」
「なんで敵に情報を与えてるんでヤンスか!? てか、邪魔する――ぶべっ!? こ、この二人……意外と強いでヤンス……!?」
ただ、ヤカタさんとネモトさんが率先してフライパンとオタマを武器にして止めてくれるので、私には逃げ出す隙がある。トトネちゃんがいる場所も教えてくれたし、まさに至れり尽くせりだ。
これぞ、ご飯で培った友情というものか。後のことが心配だけど、今は二人を信じるしかない。
「ヤカタさん! ネモトさん! 私、先行くね! あんまり無茶はしないで!」
「てやんでい! 任せるでい! べらぼうめい!」
「アッシらはロードレオの料理長! 厨房なら敵なしですねい!」
少しだけお別れの言葉を交わし、勝手口から私は先を目指す。一応は敵同士だけど、奇妙な友情もあったものだ。
とはいえ、ここまで騒動が大きくなるともうコッソリコソコソとはいかない。一番奥にある海賊船を目指し、超特急で向かうしかない。
【な、なんだかよく分からないままだが、とりあえず一歩前進か。さあ、急ぐぞ! ミラリア!】
「うん! ……でも、一つだけ心残りがある」
【え? このタイミングでまだ何か?】
道を開くこともできたし、結果としてはこれで良かったのだろう。
ただ、厨房を飛び出して船の上まで出ると、どうしても残念なことを思い出してしまう。
――これは私の流儀として、とても恥ずべきことだ。
「ヤカタさんとネモトさんの料理……全部食べ切ってない……」
【もういいだろ!? そのことは!?】
ここまで本当に何やってたんだか……_(:3」∠)_




