その箱舟、救出のために動く
イルフ人と共に、妹とも言うべき少女達を救い出せ!
「この地下水脈って、かなり広いし長い。本当に海まで続いてるの?」
「そこについては確かだ。いずれ箱舟が完成した時、この地下水脈から海へ出て出航する手筈だったからな。調べはついている」
【空こそ飛べませんが、普通に水面を進む分には問題ないみたいですね。この先にトトネちゃん達がいればいいのですが……】
イルフ人が用意してくれた箱舟にみんなで乗り込み、目指すは地下水脈の先にある海。Sランクパーティーも行きつく先は同じみたいだし、今は追いつけることを願うばかり。
まだ先は長いけど、わずかに潮の混じった風を感じる。この風はポートファイブで感じたものに近い。海が近づいてる証拠だ。
「それにしても、本当によかったの? 箱舟は未完成だし、スペリアス様達の許可も必要じゃなかったの?」
「確かにそういう話であったが、事態は急を要する。このまま連中が海の彼方へ逃げてしまえば、トトネとカミヤスを助け出すことも叶わない。我々イルフ人は海に疎いからな。……何より、三賢者と深い関りのある君が代わりにやって来た。そんな君が率先して力になってくれるなら、こちらも過去の約束より優先すべき現在を選ぶ」
「確かにスペリアス様でもそうしたと思う。……安心して。その想い、私が必ず成し遂げる」
こうして未完成の箱舟を動かすこと自体、イルフ人にとっては禁忌に近い。スペリアス様達三賢者との約束だってあるし、簡単に動かせるものではない。
それでも動かしてくれたのは、仲間であるトトネちゃんとカミヤスさんのため。私だって何よりも望んでるし、戦いの面では期待されてる。
どうやら、ここのイルフ人にはドワルフさんやエフェイルさんみたいに戦う力はないみたい。だからこそ、私の存在は重要になる。
――ここまで期待されて、失敗なんて嫌。必ずSランクパーティーを打ち倒し、全部元通りにしてみせる。
「それにしてもこの箱舟、結構なスピード。まだ地下水脈でそんなに風もないし、水の流れだってそこまで。なのに、ポートファイブで乗った船より速い」
「箱舟には普通の船と違い、ブースター機構というエデン文明の技術が取り入れられている。艦尾から水流を射出し、逆にそこから巻き起こる風を帆に受ける。こうすることで、風の有無に関わらない推進力を生みだせる。いずれ空を飛ぶ時にも重要となる機構で搭載してたが、水面でも上手く機能してくれているようだ」
【ブースター……ですか。なんだか、どこぞの変態が率いる船も同じものを搭載していたような……?】
地下水脈はまだ続くけど、進行は快調。少し話を聞いてみれば、箱舟にはブースターという便利な機能がついてるみたい。
てか、私もブースターについては耳にしたことある。ロードレオ海賊団の海賊船にも搭載されてた機能だ。
あれのおかげでロードレオ海賊団は恐ろしい速さで接近すれば、お得意の逃げ足を見せることだってできる。まさか、こんなところで同じ技術に出会うとは奇遇である。
「つまり、ロードレオ海賊団もエデン文明を知ってるってこと? ライフルって武器にしても、レオパルさんやトラキロさんのサイボーグにしてもそうなのかも。アテハルコンだって使ってるみたいだし」
【まあ、連中も広い海で俺達とは違う形で色々と調べたのかもな。楽園を目指さないにしても、ああいった連中にとって強大な技術はそれだけで宝だ。……ただ、今相手にするべきはロードレオじゃない。同じ人攫いとはいえ、Sランクなんて皮を被った不届きな冒険者連中だ。そろそろ海も見えてくるだろうし、そっちに意識を集中させておけ】
そんな中で気になるのは、かねてより仮説としていた楽園とロードレオ海賊団の関係性。やっぱり、何かしらを知ってはいるのだろう。
とはいえ、今はあの人達のことはどうでもいい。できることなら、私だって関わりたくない。
レオパルさんの不気味で変質的な笑みが脳裏に蘇り、思わずゾワゾワしちゃう。あの人だけは本当に苦手。
地下水脈の出口も見えてきたし、頭をフルフルさせてレオパルさんの顔を脳裏から振り払い、現状すべき心構えだけしておこう。
「陽が暮れ始めてる……。夜の海辺って、光がないとなんだか不気味」
「これは急いだ方が良さそうだな。夜闇に紛れて海へ逃げられる前に、なんとしてもトトネとカミヤスを救出せねば……!」
「長老様。近くに古い港と思われる場所が見えます。人が隠れるにはもってこいかと」
長い地下水脈の洞窟を抜ければ、そこは海へと繋がる川の下流。暗くなり始めてるし、長老様の言う通り急いだ方が良さそう。
そんな場面で耳に入って来たのは、一緒に箱舟へ乗って周囲を見渡していたイルフ人さん。指差す方角を見てみれば、誰も使わずに寂れた港が確かに見える。
「他に隠れられそうな場所もない。一番可能性が高いのはあそこ。……ここからは私とツギル兄ちゃんで向かう。みんなは近くに隠れて待ってて」
【まだ間に合えばいいんだが、はたして……?】
「我々の同胞を助けるためとはいえ、君達兄妹を頼って申し訳ない。……不甲斐なくも期待させてくれ。三賢者と繋がりし少女ミラリアとその守護者ツギルよ」
場所的に大勢で攻め寄せるのも都合が悪い。やはり、私とツギル兄ちゃんの少数精鋭が妥当。
いつもと違う巫女装束のままだけど、動きについては問題ない。エスカぺ村で修行してた時を思い出せばいい。
――イルフ人のみんなに見守られながら一呼吸。精神を落ち着けたら、まずは転移魔法で港近くへ狙いを定める。
キンッ――ヒュン
「……ここなら物陰だから見つかりにくい。少し離れてるけど、様子を確認できそう」
【賢明な判断だ。もう敵陣だし、無闇に突撃は危険すぎる。……それと、今回ばかりは『話し合って解決』なんて考えるなよ?】
「分かってる。あの人達とはもう十分に話した。話した上で、解決できないことも理解した。……不意打ちでも何でも、まずはトトネちゃん達の救出を優先する」
見える範囲なので、しっかり集中すれば転移魔法でも近くまでは大丈夫。たくさんある鉄の箱で身を隠せるし、様子見にはもってこいの場所だ。
かなりボロボロの港だけど、近くには人が隠れられそうな倉庫も見える。もしかすると、あの中にトトネちゃん達がいるのかもしれない。
とはいえ、まだ確証はない。障害物で身を隠せるのは向こうだって同じこと。
少しずつ気配を殺して移動し、狙えるならば一瞬で戦闘不能にさせる。
――Sランクパーティーに魔王軍のような言葉は通じない。ならば、最初から明確な敵として立ち向かうのみ。
「へえ……面白い能力じゃないか。精霊というのは、こんな姿にもなれるのか」
「あの教団が欲しがるのも分かる気がするな」
覚悟を決めつつ静かに様子を探ってると、物陰の向こう側から誰かの声が聞こえてくる。多分、リーダーさんとタンクさんだ。
でも、何の話をしてるんだろ? 精霊がどうかしたって、どういうことなの?
まだこっちには気付いてないみたいだし、ソーっと顔を覗かせて――
【オ、オイラの能力はこんな道化の道具じゃないやい! そんなことより、トトネ様をさっさと解放しろ!】
「あれって……カミヤスさん!?」
【そうだろうが、あの姿はどういうことだ!? 周囲の金属がくっついて、まるでデプトロイドのような姿に……!?】
まず最初に見つけたのは、トトネの守護を務めるツクモのカミヤス。




