その長老、同胞のために動く
イルフの里は落ち着いても、攫われた者はまだ戻ってこない。
雨雲が燃え盛る里の一帯を覆い、降り注ぐ雨のおかげで火も消えていく。長老様の言ってた通り、この辺りの森は意志を持って身を守ってるみたい。
建物とかは一部焼けちゃったけど、幸いにして被害はそこまで大きくない模様。他のイルフ人も無事だし、みんなで状況を確認し合ってるのが見える。
――ただ、その中にトトネちゃんとカミヤスさんの姿だけない。
「長老様。私、すぐにでもトトネちゃん達を助けに行きたい。でも、その前に聞いておくべき話があるなら教えてほしい」
「私とて、すぐにでも同胞を助ける気概だ。攫った連中がどこへ逃げたかも見当をつけてるし、もう少しすれば分かるだろう。……ただその前に、君には少しだけ話しておこうか。理刀流については特にな」
逃げたSランクパーティーについても、長老様は何か対策を考えてくれてる。私だってこのままにするつもりはない。
私はトトネちゃんのお姉ちゃん。かつてエスカぺ村でツギル兄ちゃんが助けてくれたように、今度は私がトトネちゃん達の助けになる番だ。
「状況が状況だけに、今は手短な説明で済ませる。私が知る理刀流とは『理を壊し、理を築く剣技』と伝え聞かされていてな。この剣技もまた、楽園に存在したものと言われている」
「むう? 壊すのに築くの? どういうこと?」
「その真相については、私でもあずかり知らぬところだ。一つだけ言えるのは、理刀流の伝承については楽園から逃げた祖先ではなく、三賢者のスペリアスから聞かされたことだ」
「ス、スペリアス様から……?」
ただ、どうしてもお互いに気になることがある。イルフの里とエスカぺ村には接点が多く、私が使う剣術流派理刀流もその一つだ。
Sランクパーティーの行方がまだ分からない今、焦ってあれこれ動こうとするのも危険。長老様もそれが分かっているからこそ、今必要そうな話だけを伝えてくれる。
「イルフ人のドワルフとエフェイル。そして、人間の魔女であるスペリアス。この者達は三賢者と呼ばれていたが、その目的は私も詳細を聞かされていなかった。……ただ一つ、いずれ迫る『世界の選択』のためとだけな」
「世界の……選択? それって……本当にどういうこと?」
「そこは私にも聞かせてくれなかった。ただ、先日君に見せた箱舟はその『世界の選択』のために必要なものだったらしい。いずれ再び三賢者がこの地を訪れた時、箱舟を動かす手筈でもあった」
長老様が語るのは、理刀流から始まるスペリアス様の存在。そして、ドワルフさんとエフェイルさんも交えた三賢者の関与。
箱舟にしてもそうだけど、本当にこの地はエスカぺ村から続く長い旅路における一つの重要地点だ。
何やら壮大な話も出てくるけど、今大事なのはそこじゃない。私ではどうしようもない。
もしも最初にスペリアス様が話した通り一緒に外の世界へ旅立っていれば、いずれこの地へも赴いたのだろう。
それが楽園を目指すためなのかは分からないけど、箱舟の行き先についてもスペリアス様が握ってたってことか。
――そして、私の旅も今ここで繋がった。本当にこれが運命というものなのだろう。
【長老様。もしかして箱舟って、この森の上空に浮かぶ浮島へ――楽園へ行くためのものだったりするんですか?】
「そこについては私も知らないし、あの浮島が本当に楽園かどうかも分からない。楽園の場所に関する文献は祖先とて思い返したくなかったらしく、闇へ葬られてしまってな。何より、我々が作った箱舟では空を飛ぶことも叶わない」
【用途については、いまだに不明なままってことですか……】
だけど、そうして繋がった運命も今は途切れてしまった。ドワルフさんとエフェイルさんは亡くなり、スペリアス様もここにはいない。
三賢者という糸がここで途切れてしまった以上、楽園への手掛かりは新たに見つけ出す必要がある。
――とはいえ、今はそれさえも後の話。やるべきことは別にある。
「長老様。言われた通り準備が整いました。どうぞ地下水脈へ」
「……そうか、分かった。ミラリアとツギルもこちらへ。今から我々がするべきは、イルフの巫女であるトトネとその守護霊であるカミヤスの救出だ。そちらの力も是非とも借りたい」
「うん、もちろん。……でも、どうして地下水脈へ?」
「来れば分かる。我々は外の世界の人間ほど戦う力を持っていなしい、どうしても君達兄妹を頼るほかない」
長老様と少しお話してる、別のイルフ人が何やら耳打ちをしてくる。その言葉を聞くと、長老様は私を連れて地下水脈へ再び案内してくれる。
今はトトネちゃん達救出を優先してるのは分かるし、きっと地下水脈へ行くことにも意味があるのだろう。私も巫女装束のまま、他のイルフ人に混じって長老様の後をついて行く。
「情報によると、トトネとカミヤスを攫った一団はこことは別にある地下水脈を利用したそうだ」
「ふえ? そんなこと、どうして分かるの?」
「森には精霊が宿っている。その精霊とは、カミヤスのようなツクモのことだ。かの者達が教えてくれた」
【パサラダの精霊伝説自体は、ツクモが別の形に言い代わって実在してたってことですか】
下っていく階段を進みながら、長老様は現状で分かる話を伝えてくれる。森に潜む精霊というツクモが、イルフ人に味方してくれてるみたい。
戦う力はないみたいだけど、イルフ人ってなんだか壮大な種族。世界がどうのとか言ってたし、自然の一部みたい。
「他にもこういった水脈があるとはいえ、どこも最終的には海を目指している。ならば、こちらも目指すは海だ。……まだ未完成とはいえ、この封印を解く時が来たようだな。三賢者がいないとはいえ、ミラリアの存在もまた一つの兆しか」
「封印って……まさか……?」
話しながら辿り着いたのは、昨日も見た箱舟のある地下水脈の港。他のイルフ人もここへ集まっており、荷物を運んで何やら準備をしている。
Sランクパーティーが逃げた先も海だと分かった。そして、この箱舟がある地下水脈も海へと続いてる。
――まだ未完成でも、箱舟自体に水の上を進む力は備わっている。ならば、目指す場所は一つだ。
「今より、箱舟を使って人攫いの一団を追う。ミラリアとツギルには、その先に潜む一団との戦いを担ってもらいたい。……イルフの長として、どうか頼む」
いざ、箱舟でSランクパーティーのもとへ。




