◆封怨魂セアレド・エゴⅡ
妹の窮地に参上するのは、喧嘩別れしたはずの兄!
「ど、どうして……ここに……?」
「ディストール王国でお前と別れた時、お守りを渡しておいただろ? あれに転移魔法の座標術を施しておいたんだ。万が一ミラリアの身に危険が迫れば、俺がすぐさま飛んでいけるようにな。……ただ、今はゆっくり話してる暇もない。ほら、お前も立つんだ」
もうダメかと思った時に現れたのは、転移魔法でここまでやって来たツギル兄ちゃん。影の怪物を牽制しながら、私に回復魔法まで施してくれる。
なんだか、凄くキザったらしい登場の仕方だ。お守りに術式を仕組んでいたことといい、ツギル兄ちゃんのくせに生意気だ。
――でも、嬉しい。私なんかのことを本当に助けに来てくれたのが、どうしようもなく嬉しい。
「あの影でできた怪物……精神体か何かだな。あいつ相手じゃ、魔法がないと勝ち目はないか。実体を捉える手段がない」
「やっぱりそうなの? だとしたら、ツギル兄ちゃんでないと倒せない……」
「生憎、俺一人ってのも厳しい相手だ。さっき浴びせた振波にしたって、そこまで効いてる様子はない。吹き飛びはしてもピンピンしてやがる……!」
「邪魔スルナ……! ワタシノ新タナ肉体ヲ遮ルナ……!」
私も思ってた通り、影の怪物の相手はツギル兄ちゃんじゃないと厳しい。本当はこれまでのことで色々と話したいけど、それよりもまずは眼前の脅威だ。
ツギル兄ちゃんが来てくれたおかげで気持ちも持ち直せた。立ち上がってツギル兄ちゃんの後ろにつき、影の怪物の出方を伺う。
「お前の力も必要だ、ミラリア。お前の剣と俺の魔法、二つを合わせた力でないと太刀打ちできない」
「で、でも、私の剣技はあいつに通用しない」
「それは攻撃が『斬撃だけ』だからだ。昔、修業した時のことを覚えてないか? 俺の魔法をミラリアの剣に乗せた魔法剣。あれは魔法に剣の速度が乗ることで、効果も威力も倍増される。あの技ならば、影の怪物も倒せるかもな」
「だけどあの技、子供の頃に試しただけ。上手く行くの?」
「上手く行かせなきゃ、俺もミラリアもここで終わりだ。……お前だって、何か『終われない理由』があってこっちに戻ってきたんだろ?」
「……うん、分かった! やってみる!」
ツギル兄ちゃんがいくら優れた魔術師でも、影の怪物の脅威は上を行く様子。ツギル兄ちゃんの言葉なら、私は迷わず信じられる。
打開策として考え出されたのは、私達兄妹が幼い頃に試した合体技。成功した試しはなく、スペリアス様にも『もっと修行してから挑まぬか』と怒られた技だ。
これ以上ないぶっつけ本番。でも、今はそれに頼るしかない。
――私達兄妹だって、あの頃よりずっと成長してる。その自信を胸にやるしかない。
「ミラリア! かく乱だけでも頼む!」
「分かった! ツギル兄ちゃんでチャンス狙って!」
作戦が決まれば、まずは二手に別れて影の怪物の周囲を駆け巡る。打合せなんてほとんどしてないけど、長年ずっと一緒に修行を続けてたんだ。
息を合わせるのは簡単。私も怖気づいてばかりじゃいられない。
「逃ゲルナ……寄越セェェエ!」
影の怪物は私とツギル兄ちゃんの両方を追うように顔を向けながら、まずは私へ狙いを絞ってくる。ツギル兄ちゃんには魔法の準備が必要だし、まずはこちらの目論見通り。
私の攻撃は通用しないけど、時間を稼ぐぐらいの手段ならある。
「舐めないで。私の体、あなたなんかにあげたりしない。……それに私の居合、あなたを斬る以外のこともできる」
ザパァンッ!
「グゥ!? 目クラマシ!? 小癪ナ真似ヲォオ!」
居合による神速の斬撃を地面に向けて放ち、巻き起こすは砂塵の壁。居合は本来、攻撃前後に隙ができてしまう技。
抜刀と納刀の瞬間を見切る技術と同時に、隙を作る必要だって生じる。この技もその一つで、相手との間合いや隙を作るための牽制技。
だけど今の私にできることを考えれば、この技で惑わすのが一番。いくら斬撃そのものが通用しなくても、目くらましぐらいならできる。
その狙い通り、影の怪物もわずかに動きを鈍らせる。一瞬だったけどもそれでいい。
――これだけの時間があれば、ツギル兄ちゃんには十分だ。
「振波用魔法陣展開! ミラリア! 後は頼む!」
「ありがとう! 任せて!」
わずかな時間でもおかげで準備はできた。私の眼前に映し出されるのは、ツギル兄ちゃんが作り出した魔法陣。
成功した試しはない。でも、成功させるしかない。
そうしないと、私達はここから抜け出せない。エスカぺ村に帰れない。
――乾坤一擲、伸るか反るか。この一撃に全てを賭ける。
「斬魔融合……震斬!」
ズパァァアンッッ!!
「アグゥ!? ガァ……!?」
魔法陣を一緒に斬るように放たれた居合。刀身にツギル兄ちゃんの振波が纏われ、飛翔する斬撃となって影の怪物を襲う。
魔法が実体を捉え、斬撃が実体へも通っていく。その様子は影の怪物の姿を見れば一目瞭然。
私とツギル兄ちゃんの合体技は、影の怪物の体を横一線に引き裂いた。
「や……やった! 届いた!」
思わず顔もほころび、この窮地を脱せた喜びが全身を走る。影の怪物は力なく崩れていき、これで勝負は決まった。
まさかこんなことになるなんて思わなかったし、色々と振り返りたいことはある。
レパス王子が私を犠牲にしたこともだし、フューティ様の無事も気になる。お社の地下にあったエデン文明の詳細だって知りたい。
だけど、今はそんなことより心に溢れる気持ちがある。
――ツギル兄ちゃんが私を助けに来てくれたことが嬉しい。ツギル兄ちゃんがいなければ、私はここで終わってた。
「ツギル兄ちゃん、ありがと――」
「ガァアアァァアア!?」
その気持ちからお礼を言おうとすると、突如響き渡る咆哮とも悲鳴と言えない大声。その正体なんて誰だか分かってる。
これで終わったと確信していたのに、冷や汗を感じながらそいつの方に目を向けてみる。
「嫌ダァァア! 消エタクナイ! 死ニタクナイィィイ!!」
「あ、あいつ……まだ動いてる!?」
「完全にミラリアの一撃が決まったはずなのに!?」
合体技を受けてなお、その怨念は牙を剥く。




