その少女、次なる地へ旅立つ
長かったタタラエッジ編もそろそろ閉幕へ。
「もうタタラエッジを発つのかい? もう少しゆっくりしていってほしいが……」
「俺らとしては、お嬢ちゃんへの詫びの気持ちだってあるんだ。何か他にできることはないか?」
「大丈夫。パサラダへの馬車を準備してくれただけで十分。こっちこそお世話になった。ありがとう」
ホービントさんやシャニロッテさんも交えて調べ物をした翌日、私はツギル兄ちゃんと共にタタラエッジの入り口前に用意された馬車へと乗り込んだ。
この馬車は話を聞いたタタラエッジの人達が用意してくれたもので、私のために臨時で大農村パサラダへ向かってくれるそうだ。窓から顔を覗かせれば、タタラエッジのみんなも出迎えに集まってくれてるのが見える。
「これぐらい、オラ達もミラリアちゃんのためにやって当然だべ。まあ、馬車が辿り着けるのもパサラダまでだべ。そこから先はミラリアちゃん次第になるべが、きっと大丈夫だべ」
「わたくし、ミラリアさんが魔王へ立ち向かう姿に感動しましたの! これからもファンとして応援しつつ、ミラリアさんの活躍を語り継いでいきますの!」
「色々あったが、お嬢ちゃんはタタラエッジの英雄だ。もしもう一度タタラエッジへ立ち寄る機会があったら、その時はゆっくり楽しんでいってくれ。俺らも歓迎するからさ」
今までも旅の中で出会いと別れはあったけど、これだけの人達に見送ってもらうのって初めて。どこか恥ずかしくも心が躍る。
振り返ってみれば、ここではいろんなことがあったものだ。アテハルコンに魔王軍。ウドンに眼鏡。
どれも大変だったけど、頑張った甲斐は確かにあった。こうして次を目指す場所まで用意してもらったし、私の旅は少しずつ充実しているように思う。
――何より、私自身も成長してると思える。今回たくさんの人達に支えてもらった気持ち、大切にしていきたい。
「じゃあみんな、そろそろ行く。元気でね。ウドンの街、タタラエッジを今後もよろしく」
「『今後もよろしく』ってこっちのセリフだべし、そもそもタタラエッジはウドンじゃなくて鍛冶の街だべ……」
「細かいことはいいですの! ミラリアさんがそう言ったらそれでいいですの!」
「この学生さんも本当にゾッコンだべね……。まあ、オラもミラリアちゃんには心から感謝してるべ。ドワルフ師匠のことも教えてくれたべし」
「今後は俺らでタタラエッジを盛り上げていくさ。お嬢ちゃんが繋いでくれた未来、大切にさせてもらうよ」
「うん、お願い。それじゃ馬車さん、よろしくお願い」
窓からみんなへ手を振りながら、馬車もゆっくりと動き始める。名残惜しいけど、旅の中で別れが出るのは当然だ。
遠目に見えなくなるまで手を振って別れを告げる。一通り気が済むまでみんなにバイバイしながらも、馬車は次なる目的地を目指す。
まず目指すべきパサラダは遠いけど、道のり自体はそこまで険しくないらしい。馬車でも数日は時間がかかるけど、しばらくはゆっくりできる。
馬車を操る御者さんも私のために中は完全個室にしてくれてるし、そこまで広くなくても気は休められる。ツギル兄ちゃんとのお喋りも大丈夫。
今のうちに少し整理はしておこう。
「これから目指すのはイルフ人の隠れ里。多分、巫女だったエフェイルさんの故郷。タタラエッジの情報から辿り着いたけど、本当にあるのかな? 楽園の手掛かりはどうだろう?」
【さあな……今はまだ何とも言えん。ただ、エスカぺ村から始まった縁がここまで繋がってるのを考えると、何かあると思わずにはいられないか】
「エスカぺ村自体がかなり楽園と関わってたのも気になる。……そう考えると、ちょっと怖くもなってくる」
【ん? どうしてだ?】
馬車の中でツギル兄ちゃんと二人きりでちょっとした振り返り。まだまだ旅半ばだけど、楽園へ繋がる道は見えつつある。
だけど、そうなってくると湧いてくる奇妙な不安。エスカぺ村での悲劇が脳裏に蘇ってしまう。
「楽園を目指してると、所々にエスカぺ村の影がチラついてくる。ドワルフさんやエフェイルさんといったイルフ人にしても、あの時に私がワガママ言わなければ今も無事だった。……どうしても自分の不義理が垣間見えてきて、また同じことが起こるんじゃないかって怖くなる」
【……安心しろ。少なくとも、今のミラリアは『不義理な人間』なんかじゃない。エスカぺ村の悲劇にしたって、ミラリアが悪いんじゃない。何より、今のお前はあの時から大きく成長してるじゃないか? 実感はないか?】
「実感……は、してる。私、この旅の中で立派になれた気がする」
【今回のタタラエッジの件もそうだが、お前は行く先々でエスカぺ村のような悲劇を繰り返さないことを望んでる。フューティ様の件も含め、確かに辛い道のりではある。ただ、お前はそんな辛くて苦しい中でも必死に抗って未来を掴もうとしてる。……そのことは誇れ。と言っても、当人には難しい話か】
「うん、難しい。……でも、ちょっと勇気が出てきた。ありがとう、ツギル兄ちゃん。私、まだまだ頑張れる」
エスカぺ村の壊滅、フューティ姉ちゃんとの死別。辛いことだってたくさんあった。
だけど、この旅を投げ出す気にはならない。私はもう、自分の気持ちに嘘をついて逃げ出したくない。
後悔するぐらいなら、苦しくても後悔しない今を選ぶ。それはディストール王国の時から嫌というほど学んできた。
「……よし。気持ちを切り替えよう。クヨクヨばかりもダメ」
【ああ、そうだな。イルフ人の隠れ里より前に大農村パサラダって場所に立ち寄るんだし、まずはそこでのことを考えてみたらどうだ?】
「大農村パサラダ……何かまた凄いご飯に巡り合えそうな気がする」
【そう言うと思った。本当に食べるのが好きだよな、お前は。……まあ、それでこそのミラリアだ】
馬車に揺られながら、決意も新たに目指す新たな目的地。窓の外もタタラエッジの雪景色から、少しずつ草木の萌ゆる草原が見えてくる。
魔王と戦ったり本当に色々あったけど、旅はまだまだ終わらない。
――今はただ信じる。私の目指す先に楽園があり、スペリアス様と再会できることを。
次に目指すは大農村。そして、イルフ人の潜む森の中。




