◆封怨魂セアレド・エゴ
VS 封怨魂セアレド・エゴ
知識が眠る地に封じられし怨念が、突如ミラリアへ牙を剥く。
「な、何なの……? ダ、ダメ……怖い……!」
突然穴の中に吸い込まれたかと思えば、目の前に現れた影でできた人の姿。
全身真っ黒でその身から闇とも影とも見えるものを溢れさせ、私の方にゆっくり近づいてくる。
そのおぞましい声からしても、とてもいい予感などしない。こっちもすぐに御神刀を手に取り、交戦の構えを見せようとはする。
――ただ、私の体が言うことを聞いてくれない。眼前の脅威にすくんでしまい、上手く居合の構えも取れない。
「オマエハ……ワタシヲ苦シメル者カ……? 何故、ワタシニコノヨウナ真似ヲ……?」
「な、何言ってるの!? やめて! 来ないで! 怖い!」
「ソノ体ヲ寄越セ……! ワタシダッテ、外ヘト羽バタイテ……!」
まだ直接戦ったわけではない。なのに、その身から発せられる邪気とも言うべき気迫が、私の身を勝手にすくませる。
こいつは強いとか弱いの次元じゃない。何かもっと、私では計り知れない脅威そのものだ。
――だけど、ここで尻込みしてる場合じゃない。
「……ともかく、お前を倒さないと危険。そうしないと、私はエスカぺ村に帰れない……!」
「寄越セ……寄越セ……。ソノ身ヲ供物トシロォォォオ!!」
なんとか気力を振り絞り、私はこの影の怪物へ構えをとる。正体も何も分からないけど、こっちにはスペリアス様仕込みの剣術がある。
外の世界に出てからも、この剣術で何度も乗り越えてきた。今更怖気づいて切っ先を鈍らせるわけにはいかない。
――勝負は一瞬。一瞬で決めてみせる。
タッ――ヒュウゥ
「え!? な、なんで!? 斬れない!?」
意気込んで踏み込み居合を放つも、影の怪物へはまるで手応えがない。確かにその体を斬り抜いたはずなのに、まるで煙を斬ったように突き抜けてしまう。
まさか、その見た目通りただの影ってこと? でも、この肌に感じる脅威は紛い物なんかじゃない。
「ソノ体ヲ寄越セェェエ!!」
「あぐぅ!? ど、どうして!? 影に取り込まれる!?」
事実、怪物の攻撃は私に通ってくる。身がすくんで反応が遅れた私に対し、反撃とばかりに体を広げてのしかかってくる。
そのまま黒い影が体に纏わりつき、私を取り込むように拘束してくる。
こっちの攻撃は通用しないのに、向こうの攻撃は通用する。こんなの卑怯だと言いたくなる。
「は、放して! この!」
「逃ガサナイ……! オマエノ体、ワタシノモノダ……!」
どうにか振り払って抜け出すものの、打開策が見えてこない。さっきから私の体を狙う発言といい、とにかく不気味で身の毛がよだつ。
そういえば、ツギル兄ちゃんから少し聞いたことがある。この世界には『物理攻撃が通用せず、魔法しか効かない魔物がいる』って話だった。
まさか、この魔物もそのパターンってこと? だとしたら、私に勝ち目なんてない。
――私が使えるのは剣術のみ。魔法は使えない。
「お願い! 消えて! 私に近づかないで!」
「寄越セ……寄越セ……! ワタシニモ肉体ヲ……!」
「あぐうぅ!? ま、また……!? は、放し……て……!」
その後も挑みはするものの、全部が全部完全に空回り。どれだけ素早く居合を繰り出しても、当たらなければ意味がない。
逆に突っ込んできた私を再度陰で拘束し、今度は逃がすまいとさっき以上にきつく縛り付けてくる。
とても私のパワーでは逃れられない。肌に感じる感触も冷たさとおぞましさが入り混じり、苦悶の表情を浮かべずにはいられない。
――私、このままこいつにやられるしかないのかな? こんなお化けみたいな奴に負けちゃうのかな?
「い、嫌……! そんなの……嫌……!」
まるで影が私に体内に入り込むような感覚まで表れ、どんどんと体力も奪われていく。このままでは死ぬのも時間の問題だ。
せっかくエスカぺ村に帰る決心がついたのに? もうすぐそこまで帰ってきてるのに? レパス王子に裏切られたまま? こんな訳の分からないままで?
嫌だ。怖い。苦しい。死にたくない。帰りたい。みんなに会いたい。
――お願いだから、誰か私を助けて。
「助けてぇぇえ! スペリアス様ぁぁあ!! ツギル兄ちゃぁぁん!!」
シュンッ
「そういう気持ちは押し込めず、もっと素早く素直に口にしてほしいもんだ。……振波!」
ドゴォォオンッ!!
「ガァ!? 何者ダ! ワタシノ邪魔ヲスルナ!」
もう完全に錯乱して泣き出してしまったその時、私を拘束していた影が突然何かに弾き飛ばされていく。
おかげで私は辛くも脱出。地べたに手をつき、なんとか息を整える。
いったい何が起こったのだろう? 多分、影の怪物を吹き飛ばしたのは衝撃魔法の類だ。私も見たことがある。
そして、その使い手の声も直前で耳に入ってきた。『振波』というあの衝撃魔法だって、あの人が得意としてるものの一つだ。
顔を上げて振り向けば、その人の背中が目に入る。
――私が幼い頃から見続けた背中だ。このどうしようもない窮地に、その人は呼び声と共に本当に姿を見せてくれた。
「無事だな、ミラリア! 万が一の保険をかけておいて正解だったか!」
「ツ、ツギル兄ちゃん……!?」
なんだこのキザったらしい登場をする兄は!?




