◆魔王ゼロラージャⅡ
魔王ゼロラージャ第1戦闘フェーズ。
疾きこと風の如く & 徐なること林のように
「ふえっ!? 今、ルーンスクリプトを!?」
【楽園の力じゃなかったのか!? 何故魔王が!?】
ゼロラージャさんが杖の先にある宝玉に手を当て、そこから唱えたのは私も何度か耳にした奇怪な言語。
間違いない。あれはルーンスクリプトだ。まさか楽園の鍵となる力まで使えるなんて、本当に魔王という存在の底が見えない。
――さらには呪文を唱え終えると、持っていた杖がさっきまでの形状から変化してる。
「な、何あれ……? 杖が青い弓になった……?」
「この王笏は我の魔力に呼応し、その形状を変化させることができる。ルーンスクリプトという魔法の原種を使えばこそ可能な芸当ぞ。此度は砂時計が青を示した故、この弓で相手しよう。……我も攻め手に回る故、油断するでないぞ?」
杖の代わりにゼロラージャさんが手にしたのは、杖を変形させて作り出した弓。砂時計の色に合わせ、全体が青く塗られてる。
さっきはカウンターで全身から波動のようなものしか使わなかったけど、わざわざ弓を用意したことには意味があるはず。さっきまでの白色の時間と違い、砂時計も青色に変化している。
――ある意味、ここからが本番。ゼロラージャさんが攻めてくる時間だ。
「これぞ、徐かにも疾き青。ウヌはついてこれるか?」
ビュゥンッ!!
「ッ!? は、速い!?」
まずは手始めとばかりに、ゼロラージャさんがいよいよ動き始める。ただ、そのスピードは尋常じゃない。
ユーメイトさん以上。以前に戦ったレオパルさんにも迫るほどのスピード。
ギリギリ姿を見切れるレベルのスピードで、闘技場の中をグルグルと回り始める。
【あのデカい図体でなんてスピードだ!? 動かなくても強かったのに、この速さまで加わってくると……!?】
「……大丈夫。まだ落ち着いて対処できる。何より、ここからの攻撃を警戒すべき……!」
予想外のスピードを前に焦りそうだけど、こういう時こそ落ち着くべき。ゼロラージャさんも今は移動ばかりで、まだ攻撃はしかけてこない。
とはいえ、それも時間の問題。速さが最高潮に乗ったようだし、ここから次に来るのは――
バシュンッ! バシュンッ! バシュンッ!
「やっぱり! 矢が飛んできた!」
【これにしてもなんてスピードだよ!? ロードレオが使ってたライフルと同じスピードじゃないか!?】
――周囲を旋回しながら矢の連射。私を囲むように何発も魔力の矢を乱れ打ってくる。
それこそ、まるで全方位からライフルで狙われたような気分だ。移動も速すぎるから、矢の出てくる方角も次々に変わってくる。
矢自体も魔力で作られたもの。次を用意する手間もそこまでかからない。
こっちも矢が来ること自体は分かってたから居合で次々弾き落とすけど、いささか数が多すぎる。
「で、でも負けない! これで私を消耗させるつもりなら、まだまだ考えが甘くて――」
「誰がこれだけで仕留めると申した? この技など、我の攻め手の一つに過ぎぬ。動きとて一度止め、別の手を打つこともできるぞ?」
必死になって全方位から来る矢を弾いて捌き、なんとかこの猛攻を凌ぎ続ける。だけど、ゼロラージャさんにはまだ先があるみたい。
いつの間にやら静かに動きを止めると、今度は弓を上空へと構えてる。こっちはさっきの矢の包囲網で反応が遅れてしまい、その姿を確認することしかできない。
「矢は線で射るだけにあらず。雨として、林のように突き刺すこともできようぞ」
バシュンッ! バシュンッ! バシュンッ!
「ッ!? 矢が上空に!?」
【上だ! 今度は上から来るぞ!】
ゼロラージャさんは弓を上空へ構えたまま、何発も魔力の矢を同時発射。一度は上空へ飛んだ矢も、今度は雨のように私の方へ降り注いでくる。
まさに矢の雨。放たれた範囲も広く、今度は横からだけでなく上から脅威が襲い掛かって来る。
ザシュンッ! ザシュンッ! ザシュンッ!
「ハァ、ハァ! 矢が次から次へと……!?」
【闘技場内に矢の林でも作るつもりか!? それにしても、前後左右どころか上まで取って来るとは……!?】
神経を研ぎ澄まし、降り注ぐ矢の合間を縫って連続回避。これだけでもかなり精神的に削られる。
白色の時と違い、攻め手に回った青色の時は尋常じゃない脅威だ。
――これが魔王の力。本気を出せば私なんて簡単に負けるし、タタラエッジも一瞬で終わる。
「逃げ惑うばかりか? 我とて、逃げるウサギに手は抜かぬ。狙った標的を逃す気もない」
バシュゥゥウンッ!!
「あぐぅ!? い、痛い……!?」
【ミ、ミラリア!?】
今この状況においてでさえ、私の方が押され始めてる。流石に連続攻撃で集中力が鈍ったのか、矢の雨の中でゼロラージャさんが静かに弓を構えるのを確認できてなかった。
私が回避に専念して注意が疎かになったところを狙い、放った魔力の矢が一発私の体へ突き刺さってしまう。
一発だけなら致命傷とはいかない。でも、この状況では一発だけでも重い。
――ゼロラージャさんが狙うのは、私が体勢を崩した今この時。ここからの猛攻だ。
「これで終わるか? さて、我も見物とさせてもらおうぞ」
「くぅ……じ、刃界理閃!!」
バシュンッ! バシュンッ!
キンッ! キンッ!
それが分かっていたからこそ、こっちも痛みに耐えて決死の覚悟で守りに徹する。
崩れた体勢をなんとか踏みとどまり、集中力を戻して放つ刃界理閃。無数の斬撃をドーム状に周囲へ展開し、ゼロラージャさんの矢を必死で防ぐ。
本当にギリギリで守れてるけど、このままでは埒が明かない。完全に私の方が押されてるし、砂時計の色が変わってから攻撃にすら回れてない。
――静かだけど、速くて強い。これでまだゼロラージャさんには攻め手が残ってるのだから恐ろしい。
「ほう、耐え抜いたか。そうでなくては我も困る。魔王自ら決闘の場へと赴いたのだ。簡単に終わっては興も冷める」
「ミ、ミラリアさん……!」
眼前には攻撃の手を一度止め、余裕で語りかけるゼロラージャさん。闘技場の外ではシャニロッテさんの心配そうな声が聞こえてくる。
ハッキリ言って、このまま戦いが続けば勝ち目などない。それでも、どうにかして攻める手立てを見つけないと――
「ゼロラージャ様、刻限でございます。『青』が終了して『白』になりました。ご対応願います」
魔王の名は伊達じゃない。
自ら設けた制限の中でも圧倒できる力。




