その文明、忌むべきものを封印する
ミラリアが見つけたのは、村でも慣れ親しんだ人々の姿。
「ミラリア、何か見つけたのかい?」
「この壁画に書かれた三人がどうかされましたか?」
「う、うん。この三人、エスカぺ村で住んでる人達に似てる」
私の反応を見て、レパス王子とフューティ様もこちらへとやって来る。
壁に描かれてるのは『白と赤の服を着た耳の長い女性』『髭を蓄えて恰幅のいい耳の長い男性』『魔女装束を着た長い銀髪の女性』の三人。これらはそれぞれ、巫女さん、鍛冶屋さん、スペリアス様の特徴と合致する。
抽象的な絵だから断言できないけど、なんとなく三人のことが描かれてる気がする。これって、どういうことだろう?
「もしや、この三人が特にエデン文明や楽園とも深い関りが……?」
「特にこちらの耳が長いお二人については、あちらの壁画にもあった古代民族の特徴とも……?」
私には分からないことだらけだけど、他二人は考えこみながら壁画を調べている。
でも、ここに描かれてるのが本当に私の知る三人ならば、直接会って聞くのが一番。そのためにも、早くエスカぺ村に行くのがいいと思う。
――正直、私もそっちを優先したい。
「レパス王子、フューティ様。ここから先はエスカぺ村で聞いた方が効率的」
「確かにミラリア様のおっしゃる通りですね。レパス王子、一度ここでの調査は終えてもよろしいかと」
「まあ、少し待ってくれ。すまないが、聖女フューティにここの古代文字を解読してほしい。それを区切りとして、一度引き返すとしよう」
情報がたくさんあるのは分かった。でも数が多いから、じっくり調べるのは後でいいと思う。
なのでここは私自身の願望も含め、エスカぺ村に向かうのを急ぎたい。
レパス王子は壁に書かれた奇妙な文字を気にしてフューティ様に尋ねており、これが終われば晴れてエスカぺ村へ――
「『ここに我らの罪を封印する。苦痛と畏怖の果てにある自我を眠らせる。その名はセアレド・エゴ』――って!? これはまさか、封印の術式!?」
ギュオォォォオンッ!!
「ッ!? フューティ様!!」
――そう思ってたのに、フューティ様が壁の文字を読んでいると、突然吸い込むような風が巻き起こる。
発生源はフューティ様がいた壁。そこが突然開き、フューティ様を吸い込もうとしてくる。
何がなんだか分からないけど、とにかく今はフューティ様を助けないと。急いでその手を掴み、私の方へと引き寄せる。
「す、凄い吸い込み……!? 引き寄せきれない……!?」
「ミ、ミラリア様! どうかその手を放してください! この術式は対象一人だけを巻き込むものです! 私一人が巻き込まれます! このままでは、ミラリア様も巻き添えに!」
「そんなこと、どうでもいい……! フューティ様を助けないと嫌……! レ、レパス王子も手伝って……!」
フューティ様は自分一人が巻き込まれるつもりだけど、そんなの私は嫌だ。
この人は私がエスカぺ村に帰れるように、ここまで取り繕いでくれた。そんな人を見殺しにはできない。
かなり強く吸い込まれるけど、レパス王子の力もあればなんとかなるかもしれない。とにかく、早く手を貸して――
「……成程。一人が犠牲になれば済む話か。ならばミラリア、君が聖女フューティの代わりとなりたまえ」
ドンッ
「……え?」
――手を貸してくれると思ったのに、レパス王子は突然私の背中を押し飛ばしてきた。
そのせいで私の体は穴の中へと吸い込まれていく。逆にフューティ様の方はレパス王子が手を引いて助け出す。
――フューティ様と入れ替わるように、私はどんどん奥へと吸い込まれる。
「レパス王子!? 何をしてるのですか!? どうしてミラリア様を!?」
「君の方が今後のためにも必要だ。どうにも、ミラリアはこれ以上僕の手では制御できそうにないからね」
「な、何を言って……!?」
フューティ様とレパス王子が言い争う声が聞こえるけど、それもどんどん遠ざかっていく。
この吸い込まれた穴の先がどこかは分からない。でも、一つだけ分かることがある。
私はレパス王子に捨てられた。フューティ様を助けるため、身代わりにされた。ただ、スペリアス様に追放された時とは違う。
レパス王子は私のことを『使い捨ての駒』ぐらいにしか思ってなかった。そのことがわずかに聞こえた言葉から感じ取れる。
スペリアス様のように心配の様子は欠片もない。
――私は本当に愚かだった。勇者などと称されてチヤホヤされてたのが馬鹿みたい。
「ふんぎゅぅ!? ……じ、地面に着いた? ここは……どこ?」
しばらく吸い込まれて体の自由が利かなかったけど、ようやく終着点に来たようだ。
とはいえ、辺りは暗くてよく見えない。お社があった場所のような神聖さもない。
当然ここには始めてくるから、何が起こるか分からなくて怖い。
――でも、どこか知ってるような気がする。それはそれで妙に怖い。
「ヨウヤク……肉体ガ来タカ……。ワタシヲ……解放セヨ……。ワタシハ……コンナ場所嫌ダ……。一人ハ……寂シイ……」
「えっ……!? だ、誰!?」
奇妙で複雑な感情が襲ってきてると、奥の方から誰かの声が聞こえてくる。
とても寂しそうで、どこか暗くて、なんだか寒気がするような声。ただ、目を凝らしてもよく見えない。
――いや、正確にはそれそのものがこの暗闇と一体になっているような姿だ。
「ワタシヲ……ココカラ出セ……。苦痛モ恐怖モ孤独モ……モウタクサンダ……」
「な、何……? 巨大な……人影? 黒くてモヤモヤした影の塊……?」
ある意味で二度目の追放。だが、そんなことに悩んでいる暇もない。




