その少女、先にやるべきことがある
楽園よりも先に魔王の相手をする必要がある。
「確かにホービントさんから話は聞きたい。私の旅の大事な手掛かりのはず。でも、まずは目下の魔王軍が先」
「そ、それはそうですが……タタラエッジの人達だって、わたくし達の話を信用してませんのよ? それなのに、わざわざ優先的に動くことですの?」
「信用してるとかしてないと関係ない。何より、ここは私も知ってる人の故郷。それを知って、見過ごすことなんて尚更できない」
「ミ、ミラリアさん……」
楽園への手掛かりはすぐにでも掴み取りたい。だけど、その前に魔王軍とのいざこざをどうにかするのが先。
ここはエスカぺ村の鍛冶屋さん――ドワルフさんの故郷。そんな大切な場所だからこそ、余計に守らないといけない。
私はあの人のおかげでエスカぺ村の惨事からも生き残れた。今度は私があの人のために何かをしたい。
――たとえみんなにどう思われようとも、私はタタラエッジを守りたい。ゼロラージャさんとの決闘が今は最優先。
「……これもまた、ドワルフ師匠の予言と言うべきべか。師匠の作った刀を手にした人間こそ、いずれオラにとっても命運を分ける存在と聞かされてたべ。それがまさか、タタラエッジと魔王軍の戦いになるとは思わなかったべがよ」
「だから、ホービントさんには先にお願いしたいことがある。ゼロラージャさんとの決闘のためにも、魔剣を鍛え直してほしい。……ドワルフさんのことは全部終わった後に教えて。私なりのケジメもある」
私が楽園への手掛かりを掴むのも、全てはゼロラージャさんが用意した試練を乗り越えてから。ドワルフさんに繋いでもらったこの命、ここで張らずしていつ張るというもの。
一度にあれこれ考えられないし、今は明日明朝の決闘だけを考える。そのために必要なのは魔剣を含めた準備だ。
「分かったべ。オラに任せておくべよ。他の連中は信じてないが、オラは信じるべ。……それに、ドワルフ師匠の打った刀を鍛えられるのも本望だべ。これはずっと眠らせておいたあれを使うべ」
「むむ? 何やら大事そうな箱を開いて――って!? そ、その中身はまさか!?」
「スーサイドの娘っ子は気付いたべか。いざという時のため、少しばかりオラも隠し持っていたんだべよ」
私の言葉を聞き入れて、魔剣を鍛え直す準備をしてくれるホービントさん。そのためなのか鍵のかかった箱を取り出すと、中に入ったものを取り出してる。
青くて綺麗な鉱石みたいで、それを見たシャニロッテさんは一際驚いてる。もしかして、珍しいものなのかな?
「こ、これこそ、わたくしも文献で見た神の金属! アテハルコンですの!」
「ふえっ!? これがアテハルコン!? 坑道は魔王軍に占領されたんじゃなかったの!?」
「これは昔に採掘したものをオラがずっと保管しておいたんだべ。いつの日かドワルフ師匠の話した日が来た場合、何かの役に立つんじゃないかと思ってべね」
声を上げるシャニロッテさんと一緒になり、私もふえっと驚いてしまう。てっきりアテハルコンは全くないものだと思い込んでた。
でも、少しだけホービントさんは残してくれてた。昔ドワルフさんに言われた言葉を半信半疑ながらも頭の片隅に置いてくれたおかげだ。
【ま、まさか、俺自身を神の金属なんてもので鍛え直すことになるとはな……! でも、本当にいいんですか? これってかなり貴重なはずじゃ?】
「ああ、貴重だべね。だからこそ、今が使いどころだべ。ミラリアちゃんが魔王に負ければ、タタラエッジの未来はどうなるか分かったもんじゃないべ。他の誰もが信じなくても、オラは最大限できることをするまでだべ」
【あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!】
アテハルコンはトラキロさんやレオパルさん、デプトロイドの管理人さんの体にも使われてた超強度の金属。それで魔剣を鍛え直すことができれば、たとえ相手が魔王であっても光明が見えてくる。
ゼロラージャさんの実力は間違いなく眼鏡ありのユーメイトさん以上。普通に考えたら勝てる相手ではない。
――そんな相手に勝つためにも、できる準備は全部しておきたい。
「他のタタラエッジの人達は無関心なのに、ここだけ凄いことが進んでますの……! わたくしだって、何かお手伝いしたいですの……!」
「大丈夫。シャニロッテさんも私のことを信じてくれてる。それだけで十分。当日は応援もしてくれれば嬉しい」
「ですが、今のままだと応援がわたくしだけですの……。寂しいですの……。そうですの! 今からもう一度、街の皆様を説得してきますの!」
「ふえ? でもそろそろ時間も遅いし、そんなことをしてもまた邪険に――って、もう行っちゃった」
「スーサイドの娘っ子は騒々しいべね。ともかく、こっちはこっちで進めるべ。しばらくはオラに任せるべよ」
シャニロッテさんも私のために動いてくれるけど、どこか空回りしてる感じ。確かに応援が多ければ嬉しいとはいえ、今の状況で他の人達が駆けつけてくれるとは思えない。
ここに関しては仕方ないと割り切るべき。シャニロッテさんって、凄く暴走気質だ。
――そういえば、私も周囲から色々言われることが多いっけ。普段からこんな風に見られてたのかな?
トンテンコンコン トンテンコンコン
「オラも意志を持った刀を打ち直すのは初めてだべ。どんな感じだべか?」
【ええ、悪くないですよ。打ち直しのために使ってくれてるアテハルコンも、なんだか全身に染みわたってくるみたいです】
「アテハルコンは希少だども、あらゆる鍛冶へ応用できるべ。これで少しでも魔王に対抗できるといいんだべが……」
それはさておき、近くではホービントさんの手でツギル兄ちゃんこと魔剣の鍛え直しが行われてる。
エスカぺ村でも聞き慣れた鍛冶の音。ホービントさんがドワルフさんのお弟子さんなのが、音だけでも感じ取れる。
貴重なアテハルコンまで使ってくれてるし、私だって気合を入れて明日に挑もう。相手が魔王であっても退くことなどしない。
――このタタラエッジをエスカぺ村の二の舞にはさせない。
守りたい。それは過去に失ったが故に抱く感情。




