その魔王、試練を与える
魔王様の威厳の横で、側近メイドは眼鏡がなくて右往左往中。
「私が魔王のゼロラージャさんと決闘するってこと……?」
「うむ。それも、今回は魔術師の少女は抜きだ。ウヌに使えるのは己が身に刻まれた剣技と、魔力と魂を宿した魔剣のみ。我は武器を用意こそすれど、一人にて相手しよう」
【つ、つまり、実質ミラリアと魔王のタイマン勝負……!?】
ゼロラージャさんが試練として提案したのは、さっきのユーメイトさんと同じパターン。
要するにゼロラージャさんと戦って勝てば、再び聞く耳をもってくれるってこと。魔王軍って、本当にこの流儀が好きみたい。
まあ、内容としては単純明快。試合における勝敗で決めるというのは、私だって賛成だ。
もっと大きな戦いになる前に決着を着ける。それができれば、被害が広がることもない。
――とはいえ、流石の私もこの条件には無謀を感じる。
「い、いくらなんでも無茶苦茶ですの! ミラリアさん一人で魔王と戦えと言うですの!? そんなこと、命がいくつあっても足りませんの!」
【お、俺も流石にこれは同意できない! 俺を――魔剣を使えると言っても、魔王が相手じゃミラリアの身が危険なんてレベルじゃない!】
「ほう? ウヌらはミラリアの意志に背くとな? これでも、我なりに最大限の譲歩ぞ? 我は魔王ゼロラージャ。この世界に存在せし魔の者を統べし者。あまねく魔の生をこの両肩に乗せている我に、たかが人世の短き生しか経ていない分際がほざくか?」
シャニロッテさんとツギル兄ちゃんも同意見らしく、揃ってゼロラージャさんへ必死の反論。こうして面と向かってるだけでも、圧倒的な力がヒシヒシと伝わってくる相手だもん。
まだ手合わせも何もしてないけど、この人は絶対強い。魔王という魔物の王様ってだけのことはある。
何も見ずしてここまで実力をピリピリ感じた相手って初めてかも。スペリアス様よりも強そう。
――私のアホ毛も感じ取ったものから警告してくる。『一対一で戦ったら勝てない』って。
「……でも、やる。こっちだってお願いしてる立場だし、譲歩してくれたならそれに乗る。ツギル兄ちゃんやシャニロッテさんが止めても同じ」
【ほ、本気なのか……!?】
「で、ですがそうなると、ミラリアさん一人でタタラエッジのために戦うことに……!?」
「それで構わない。私、タタラエッジの人達に傷ついてほしくない。ツギル兄ちゃんも文句はあるだろうけど、どうか協力してほしい」
【……分かった。どのみち、俺の往く道はミラリアにゆだねられてる。本気で魔王と戦うつもりなら、どこまでだってついて行くさ】
そんな無理難題と分かっていても、引けない理由はある。坑道やアテハルコンの所有権よりも、みんなが傷つかない道を選びたい。
誰にだって時として痛くて苦しい道を歩む機会はある。それを乗り越えて成長する機会だってある。
だけど、今はその時じゃない。傷つけて奪い合う結末なんて御免だ。
――エスカぺ村の悲劇を想起してしまう。
「では、我も了承と受け取ろう。とはいえ、今すぐに行うつもりはない。……刻は明日の明朝。ウヌらも疲れたままでは、フェアと行かぬであろう?」
「魔王が直接戦うというのに、今更フェアも何もあったものではないと思うですの……」
「ドラララ。矮小な人間に少しでも合わせてやってる我の厚意を無下にするでないぞ。どうせなら戦う場についても、ここより華やかな方が良いな。そこも人間どものステージに合わせてやろう。どうせなら大々的にな。その準備も始めるとしよう」
【な、なんだか、魔王の方は乗り気なんだな……】
ゼロラージャさんの方でも話は進み、戦いは明日になるとのこと。これは私にとっては助かる。
流石にユーメイトさんとの激闘の後だし、消耗が激しい。ゼロラージャさんの方でも他に準備したいらしく、ちょっとは時間が欲しいっぽい。
意外とノリノリなゼロラージャさん。こっちは挑戦者だけど、その様子を見てるとついついウキウキが湧き上がってくる。
――でも、何を準備するんだろ? お祭用の屋台とか?
「ゼロラージャ様は相変わらず、戯れがお好きなようで……」
「ユーメイトさん。これから何の準備をするの? 食べ物があるなら教えてほしい」
「別にパーティーをするわけでもありませんし、料理なんて出てきません。……そもそも、ミラリア様はそんな呑気なことを言ってられる場合でもありませんよね?」
「むう……確かにそうかもしれない。ただ、私から言いたいことが一つだけある」
「ゼロラージャ様への挑戦とは別にですか?」
「うん。ユーメイトさんに言いたいこと。……さっきから話しかけてるそれは私じゃない。人の形に見えるだけのコケ」
「な、なんと……!?」
明日の準備が何かは知らないけど、とりあえずユーメイトさんをどうにかしてあげてほしい。この人、さっきから全然違う方向に話しかけてばっかり。
やっぱり、ユーメイトさんの本体は眼鏡だったのかも。
とはいえ、洞窟内の暗さや音の反響だってある。まずは外に出てて話すのはいかがだろうか?
「……うむ。人が集うのはこの位置座標か。者どもよ。我についてくるがいい」
「ついてくるって言われても――わわっ!? 魔法陣!?」
【この術式は……まさか、転移魔法か!?】
ちょっとゼロラージャさんにもコメントしようとすると、準備とやらの一つ目ができたっぽい。
手をかざして地面に魔法陣を描き、私にツギル兄ちゃんにシャニロッテさんも範囲内へと巻き込んでいく。
「……おい、ユーメイト。そこを動くな。ウヌにもついてきてもらうが、下手に動かれると手元が狂う」
「も、申し訳ございません……」
後、ユーメイトさんも。だけど眼鏡がないせいでヨロヨロしていたので、中々魔法陣の中に留まってくれない。
ゼロラージャさんもユーメイトさんに合わせて範囲を調整するのに難儀中。
ただ、転移魔法の範囲を調整するのは私にもできない技。身に纏う覇気だけでなく、魔法の扱いも本物だ。
それより、まさか仮にも魔王なんて人が転移魔法を使うなんて驚きだ。
この魔法って、元々はエスカぺ村にあったもの。エデン文明のものだとも思われる。
――そんなものを、なんでゼロラージャさんが使えてるの?
ヒュンッ
「よし、着いたな。まずは者どもに発表が必要であろう」
「発表するって、どこで――って、あれ? ここってもしかして……?」
ゼロラージャさんの転移魔法により、あっという間に私達は坑道の外へ。到達場所についてもかなり正確。
空の上とか川のど真ん中でもなく、少し開けた街の一角。でもこの場所って、ゼロラージャさんも初めてじゃないのかな?
「な、なんだ!? 急に人が現れたぞ!?」
「ひ、人じゃないのもいないか!? 仮面とマントの大男なんて何者だ!? ……後、ヨロヨロした角と尻尾のあるメイドも」
ここって、タタラエッジの中なんだけど?
この魔王、何をするつもりだ?




