その少女、不満を抱く
ミラリアの村脱出計画はもはや恒例行事。
「スペリアス様、放して。ごめんなさい。もう逃げないから」
「まったく……これで丁度通算200回目じゃぞ? 御神刀を手にしてから、特に急加速で回数が増えておるぞ?」
「え? もうそんなに? ……つまり、200戦200敗……」
結界を破って村の外へ飛び出る作戦は本日も失敗。師匠のスペリアス様に首根っこを掴まれ、猫みたいに扱われながら帰宅の途につく。
100回を超えてるのは知ってたけど、まさか今回で記念すべき200回目だったとは。どうせなら記念的に成功で収めたかった。
「イテテ……。あっ、スペリアス様。ミラリアを捕まえてくれましたか」
「ほう、ツギル。今回は手酷くやられたようじゃのう。……しかし、何故そんな踏まれたようにボロボロなのじゃ? 頬の手の平紅葉も何があった?」
「全部ミラリアにはめられたんですよ……」
そのまま戻って来たのは、私達家族の我が家。中では巫女さんにボコボコにされたツギル兄ちゃんが、自分に回復魔法を使って治療していた。
この家の家族構成は私とツギル兄ちゃん、そして親代わりのスペリアス様で三人だ。
私達三人に血の繋がりはない。スペリアス様に私とツギル兄ちゃんは拾われ、この辺境にあるエスカぺ村で育てられた。
育ててもらったことに恩は感じてる。村の人達だって、根っから悪い人なんていない。
――ただ私はこうして15歳になるまで、エスカぺ村の外へ出たことがない。それが不満。
「スペリアス様。どうして村の外に出ちゃいけないの?」
「それは何度も述べたが、村の外は危険に溢れておる。今のミラリアではまだまだ力不足じゃ」
「でも私、御神刀をもらえるぐらい強くなった。大丈夫」
「薄い根拠じゃのう。ワシには手も足も出んくせに……。それに御神刀をミラリアに授けたのは、ここからさらに強さを磨くためじゃ。今のままでは剣の方に振り回されるぞ?」
だから、私は何度も村の外へ出るための脱出作戦を行っている。でも、結果はいつも失敗。
ツギル兄ちゃんにだって何度も煮え湯を飲まされ、スペリアス様には御神刀があっても歯が立たない。
村の人達も私が村の外へ出るのを良いとは思っておらず、脱出作戦が始まると率先して止めに来る人がほとんど。逆に手助けしてくれる人はいない。
村の周囲にも魔物対策としての結界が張り巡らされている。かなり強固で実際安全だけど、私にしてみれば『カゴの中の鳥』といった気分。
でも、そんなのは嫌。村にある書物でも読んだけど、この世界にはエスカぺ村以外にもいろんな世界が広がっている。
海と呼ばれる大きな池。
王国と呼ばれる村より大きな集落。
魔物を束ねる魔王という存在。
――そして一番気になるのは、あらゆる苦痛が除かれた『楽園』という場所。
私は見てみたい。自分の脚で世界を見て回り、いずれは楽園へと辿り着きたい。
「スペリアス様。やっぱり、ミラリアに色々と書物を読ませたのは間違いだったのでは……?」
「ぬぅ……ワシも少しばかり後悔しておる。じゃが、いずれ外の世界へ旅立つためには必要なことじゃ。剣技だけでは生きていけぬ」
「えっ……? 私、外に出られるの?」
内心の不満で帰ってきてからも頬を膨らませて拗ねてると、ツギル兄ちゃんとスペリアス様の話す言葉が気になってくる。
その話を聞くと、希望の光が見えてくる。なんだ。考えがあるならそう言ってほしい。
私だってこう何度も失敗を重ねれば、もっと堅実な方法で外の世界を目指したくなる。みんなにはよく馬鹿にされるけど、これでも学習はする。
少しぐらいは我慢もするし、何をどうすれば外の世界へ旅立ってもいいか早く聞いて――
「まずはその御神刀を完全に使いこなせるようになることじゃ。そのためにも、まだ一年以上は修業が必要じゃのう」
「え……? ま、まだ一年以上も……?」
――みたんだけど、なんだか思ってたのと違う。
私はこれまでスペリアス様指導の元、何年も剣術の修行に耐えてきた。今では村の誰よりも剣の腕は立つ。
それなのにまだ少なくとも一年は修行だなんて、これ以上必要なのだろうか? 外は危険と言うけれど、そこまで危険なのだろうか?
「それに外の世界へ旅立つ時は、ワシとツギルも同伴する。ミラリア一人では危険な世界も多いのでな」
「ふ、二人も一緒なの……? 私一人で自由に世界を見て回るの……ダメなの……?」
「そうだな。ミラリアは先走って失敗する癖がある。そういう時こそ、俺とスペリアス様でサポートしないといけないからな」
さらに嫌なのは、旅の同伴にスペリアス様とツギル兄ちゃんまでついてくるということ。私は一人で旅したい。一人で未開の地を進んでいきたい。
なのにこの二人が一緒だと、村にいる時と変わらない。絶対に小言を傍でグチグチ言われるに決まってる。
――私は外へ旅立つと同時に、自由な世界へと解き放たれたい。
「そんなの嫌! スペリアス様とツギル兄ちゃんの馬鹿!」
「お、おい!? ミラリア!? どこへ行くんだ!?」
「……しばらく放っておけ。どのみち、あの子一人ではエスカぺ村の領域から出られんことは分かった。どこぞで頭を冷やせばよかろう」
頭の中でグルグルとした感情が渦巻き、気がつけば御神刀を握って私は家を飛び出してしまう。
いつもそうだ。いつだって二人は私を子供扱いする。
スペリアス様が何歳かは知らないけど、ツギル兄ちゃんは私と三つしか歳も違わない。なのにこんな扱いはあんまりだ。
――私はもう子供じゃない。外の世界でも生き抜けるぐらい強くなった。
「おう? ミラリアちゃんだど? まさか本日二回目のエスカぺ村脱出作戦でもするつもりだど?」
「あっ……鍛冶屋のおじさん」
二人の制止も聞かずに家を飛び出て走っていると、村にいる鍛冶屋のおじさんが声をかけてきた。
髭を生やして恰幅がよく、巫女さんと同じく耳が長い。見た目的にはちょっと怖いけど、中身はとっても優しい。
多分この村の中で、一番私に優しくしてくれる人だ。
「……脱出作戦も今日はもうしない。でも、イライラする」
「イライラだどか? どうせスペリアス様やツギルとまた喧嘩したんだど?」
「そうだけど、今回はちょっと我慢できない。私、やっぱり早く外の世界に行きたい」
「ミラリアはせっかちさんだどねぇ……。まあ、まだまだ子供だとそうなるどか」
「子供じゃない。私だって、もう15歳」
それでも、私が村を出ることは鍛冶屋さんも他の村人と同じ反応。優しく声をかけてくれるけど、やっぱり認めてくれそうにない。
本当にどうしてそこまでして私のことを閉じ込めようとするの? どうして私のことを認めてくれないの?
そう考えると、優しくしてくれる人にまでムカムカしてしまう。この感情、とても辛い。
「……ミラリアちゃん。苛立つ気持ちも無理はないだどが、そこは一度グッと抑えるど。……それができてこそ『大人になる』ってもんだど」
「大人に……なる……?」
魔女に巫女に鍛冶屋もいるって、この村結構せわしないな。