そのメイド、ド近眼乱視低視力
もうこの機会にコンタクトレンズでも試せよ。いっそ作れよ。
「おイ! わざとだロ!? わざとユーメイト様の眼鏡を踏み潰したんだロ!? これ以上戦えないようニ!」
「わざとじゃない。これは本当。うっかり踏み潰したのは本当にごめんなさい」
「……そもそも、眼鏡を一緒に探すくだりからおかしかったですの。まだ戦いの最中だったですの」
【……だな。いずれにせよ、これで俺達の勝ちだ。戦ってた本人が認めてるんだからな】
鎧の魔物さんを含め、魔王軍のみんなからは盛大なブーイングの嵐。眼鏡の件は本当に申し訳ないと思う。
これについては後で弁償しよう。スアリさんからもらったお小遣いもあるし、新しい眼鏡を買うぐらいはできる。
――でも、眼鏡ってどうやって買えばいいんだろ? ユーメイトさん用だから、ユーメイトさんにも来てもらわないといけないよね?
「眼鏡のことはもういいです……。わざわざ一緒に探してくださろうとした気持ちだけでも感謝します……」
【……いったい、何がどうしてこうなったのだ? 気が付けば主の敗北ではあるが、どこか腑に落ちないような落ちるような……?】
ユーメイトさん自身は完全に意気消沈し、座り込んでうつむいたまま。魔槍を握ったまま体を支え、これ以上ないほどに落ち込んでる。
かける言葉が見つからない姿だ。ただ、魔槍さんの方は慰めよりも疑問を口にするばかり。
ユーメイトさんは使い手なんだし、こういう時こそ優しい言葉をかけてあげるべきだと思う。言いたいことは分からなくもないけど。
――やっぱり、私がズレてたのかな? 外の世界を旅してると、そう思う機会が増えてくる。
「とりあえず、私達の勝ちは確定ってことだよね? だったら悪いけど、お話をしてくれる?」
「ええ、そういう約束でしたからね……。ただ、もうしばらく待ってくれませんか? 今は眼鏡を失ったショックで……ううぅ……」
「……どれぐらい待てばいいんだろ?」
あまりに予想外の結末だったけど、決着は決着。そんなわけで、こっちとしては早速色々とお話したい。
今も坑道正面では討伐メンバーと魔王軍の戦いが続いてるだろうし、あまり時間もかけたくない。ひとまず正面の魔王軍だけでも止めてほしい。
ただ、今のユーメイトさんではそんな話をする元気もない。顔を覗き込んでみると、光を失った瞳から涙が零れてる。
――どう考えても眼鏡が原因だ。眼鏡さえ無事ならば、こんな悲劇的で面倒なことにはならなかった。猛省。
「ユーメイトを含む同胞どもよ。この場は我が取り仕切ろう。ウヌらに何があったかの詳細までは知らぬが、人間との決闘に敗れたのは事実。魔王軍ともあろう者が、決闘の後にまで醜態を晒すでない」
「そ、その声……!? ま、まさカ……!?」
【あなた様も参られたと……!?】
「ッ!? こ、これはお恥ずかしい場面を……!」
私自身も気分が落ち込んでると、坑道の奥から誰かの声が響いてくる。どこか重くのしかかるようで、威厳や重圧を感じる声だ。
アキント卿に近い雰囲気だけど、もっと強い何かを感じる。魔王軍の面々も声の方角を向き、突然膝をついて頭を下げてる。
もしかして、魔王軍でもとっても偉い人だとか? この人こそ、話にもちょくちょく出てきた魔王軍の総大将――
「こうして顔を合わせるのは初めてだな、流浪の剣客少女ミラリアよ。我が名はゼロラージャ。この者達魔王軍を率いる総大将……即ち魔王なり」
「あなたが……!」
――魔王ゼロラージャ。その人がついに私の前へ姿を見せてきた。
形自体は人間と変わりないけど、大きさはかなりのもの。オークロプスほどではないけど、言葉を話せてここまで大きな人って初めて見た。
顔に着けた禍々しい仮面や肩にかけるマントからも、確かな威厳が放たれてる気分。アホ毛も思わずピンと緊張しちゃう。
――こうして相対しただけで分かる。戦いの中で生きる魔王軍の総大将という肩書は伊達なんかじゃない。
「ゼ、ゼロラージャ様……! も、申し訳ございません! この最高幹部冥途将ともあろう者が、人間との決闘にて後れを取ってしまいました! この始末は私で着けますので、どうか再度のご機会を……!」
「構わぬ、ユーメイトよ。我も途中より密かに拝見していたが、その人間の少女どもは見事なり。ウヌとて敗北するのは道理と言えよう」
「し、しかし! それでは私の気が収まりませぬ! 最強メイドの名折れでございます!」
「構わぬと言っておろう? 我の言葉を反故にするでない。……後、ウヌはさっきからどこを向いて話をしている? 我はそちらにはおらぬぞ?」
「な、なんと……!? し、失礼いたしました!」
ユーメイトさんだってこれまでは魔王軍の中では誰よりも発言力があったのに、魔王ゼロラージャさんの前ではまるでスペリアス様にお説教されてる時の私みたいにビクビクしてる。
膝をついて中々顔も上げられないみたいだし、私達なんかよりよっぽど威圧感で圧し潰されそうなのは明白。こっちだって威厳だけでつま先からアホ毛の先までピリピリなぐらいだ。
――ただ、ユーメイトさんが向いてるのは私がいる方。ゼロラージャさんは反対方向。この人、眼鏡がないと本当にダメみたい。
「誰か、ユーメイトに代用の眼鏡を用意してやれ。これではまともに話もできぬ。……さて、我が魔王軍の者どもが随分と世話になったな。我もウヌとは一度話をしたかったところだ」
「私と? どうして?」
「我が右腕であるユーメイトを以前に闇瘴の狂気より救ってくれた礼があろう。相手が人間であれど、感謝の意をひとまず述べさせてもらう」
「むう、そのことか。それならどういたしまして」
『あんなのでも魔王の右腕なんだ』って気持ちはさておき、ゼロラージャさんは私に対して軽く会釈をしつつお礼を述べてくれる。
ゼロラージャさんと私が会うのは初めてだし、こういう礼儀は最初が肝心。こちらもペコリとお辞儀を返すのが作法というものだ。
「え、えーっと……魔王……なのですわよね? な、なんだか、想像していたのと違いますの……?」
【あ、ああ。俺ももっと粗暴な感じだと思ってた。魔物や魔王軍の頂点なんだし、それこそ力に物を言わせるような……】
「魔王とて王ぞ。王は配下の上であると同時に、道の先に立って示す者。粗暴であるはずがない。人世の王とてそうではないか?」
【……奇妙なぐらいにグウの音が出ない】
「……同感ですの」
ただ、シャニロッテさんとツギル兄ちゃんはちょっと失礼。こうして言葉が通じるんだから、きちんと挨拶はしないとダメ。
普段は私の方があれこれ言われるけど、今回ばかりは私の対応の方が正しい自信がある。アホ毛もピンと立てて自信満々だ。
「まあ、余計な話は省こうぞ。ウヌら人間がユーメイトと決闘していた理由について、我が代わりに伺おうか」
「それは助かる。眼鏡のないユーメイトさんだとダメイドでしかない。文字通り目も当てられない」
「ユーメイトが散々な言われっぷりだが……致し方あるまい。どれ、まずはウヌらの願望を我に語ってみよ」
とりあえず、これで『眼鏡がなくて何もできないユーメイトさんとお話』という問題は解決できた。もっと上の魔王さんが出てきてくれたし、話だって聞いてくれる。
これは行幸。予定とは違ったけど、話をすることこそが私の目的。
「ゼ、ゼロラージャ様……私のせいでお手間を煩わせて、大変申し訳なく……」
「ウヌは少し控えておれ。……何より、岩に謝罪してどうする?」
ユーメイトさんはどんどんポンコツが加速してるし、ゼロラージャさんが来なかったらどうなってたことやら。
ユーメイトのダメっぷりはさておき、魔王軍総大将、魔王ゼロラージャ圧参。




