◆冥途将ユーメイト・凛Ⅴ
そう。ユーメイト最大の弱点は――
「な、ならば、こちらですか!?」
「違いますっテ! どこを向いてるのですカ!? それはただの岩ですヨ!?」
【あ、主よ? どうされたと言うのだ? まるで眼が悪くなったよう――って、まさか……!?】
鎧の魔物さんや魔槍さん達に指摘されつつも、ユーメイトさんの奇妙な暴走は続いてる。私達のことが見えてないかのように、明後日の方角にばかり構えようとしてばかり。
さっきまでの冷静で的確な動きが嘘みたい。思わぬヘンテコっぷりに私達もついつい手を止め、ユーメイトさんの様子を眺めてしまう。
ただ、眼光の鋭さ自体は相変わらず。とりあえず攻撃が飛んできても対処できるように構えてはおこう。
――この状況、次に何が起こるかさえ予想できない。これまでと違う意味で。
「……これってどういうことですの?」
【お、俺だって何がどうなってるんだか……?】
「なんだか、急に眼が見えなくなったようにも――あっ、もしかして……?」
さっきのダメージが眼に響いたとも考えられたけど、顔自体に傷は入ってない。ダメージは関係ない。
だけど、一つだけさっきと大きく違う点がある。そういえばユーメイトさんって、戦う前からずっとアレを調整して気にかけてたっけ。
――そもそもアレって、眼が悪い人が使うものだ。
「ユーメイトさんって……眼が悪いの? 眼鏡がなくなったから、こっちの姿も見えてないの?」
「ッ!? そ、そそ、そんなはずがございません! 誉れ高き魔王軍の冥途将が、たかが眼鏡を失っただけで戦えなくなったなどと……!?」
【やはりか!? 主よ! その様子だと、またさらに視力が落ちたのではないか!?】
そのことを指摘すれば、誤魔化しつつも肯定してるようなユーメイトさんの態度が返ってくる。魔槍さんの発言も含めてほぼ確定だ。
ユーメイトさんは眼が悪い。それもかなり。だから眼鏡が吹き飛んだことで、まともな視界も維持できてない。
こんなの戦うとか以前の話。未だに私達の姿を捉えられず、全く違う方角ばかり向き続けてる。
眼光が鋭く見えたのも、単純に目が悪すぎて目を細めてただけっぽい。なんて紛らわしい人だ。
「し、仕方ないでしょう!? 冥途将の仕事には事務仕事も多く、どうしても目を使うのです! 眼鏡の度数だって、ここ最近上がりっぱなしですし!」
「な、何ということダ!? 眼鏡がなくなったユーメイト様なド、ユーメイト様に非ズ! いったい、どうすれば良いのダ!?」
【まさかこんなところに主の弱点があったとは……!? 一度、魔王様にも事務仕事の軽減を提言すべきか……!?】
とはいえ、魔王軍サイドからすれば一大事。ユーメイトさんがこのままだと、まだ肉体的には戦えても眼鏡的問題で戦闘続行が不可能。
後、このままだとこっちも困る。勝負の後に話し合う約束だったのに、これじゃ目を合わせて話してもらえる気配すらない。
「……なんだか大変そう。眼鏡、探してあげよっか?」
「えっ? わ、わざわざ敵の眼鏡を探すですの?」
「だって、このままだとお話さえもできない。眼鏡がないと何も始まらない」
【確かにそうなんだが……何と言うか……。ま、まあ、このままってのも危ないし、探してみるか?】
「……気が抜けそうですが、とりあえず探してみますの」
そんなわけで、急遽戦いを中断して眼鏡の捜索を開始。私達の技で吹き飛ばしたってのもあるし、一応の責任はある。多分、一応。
私もシャニロッテさんも地面にしゃがみ込み、膝をつきながら手を回してユーメイトさんの眼鏡を探す。吹き飛びはしたけど、壊れてないことを祈るばかりだ。
「おオ! 人間の小娘どもも探してくれるカ! 助かル! 眼鏡がないと、ユーメイト様はユーメイト様ですらないからナ!」
「探し物なら任せて。私のアホ毛はそういうのが得意。ビンビンさせればすぐ見つかると思う」
「ど、どんなアホ毛ですの……?」
「今は何だって構いません! わ、私も眼鏡がないと落ち着かないので、まずは眼鏡を見つけることが優先です! まだ近くに落ちてるはずなので、踏み潰さないよう注意して探してください!」
魔王軍とも一緒になり、探し求めるはユーメイトさんの眼鏡。まさか、こんな形で魔王軍と目的が一緒になるとは思わなかった。
とはいえ、眼鏡がないと何も始まらない。戦いを続行するにしても、話をするにしてもだ。
坑道の中は薄暗いし、気を付けて探さないと踏み潰す恐れがある。
ツギル兄ちゃんと魔槍さん以外は膝をつき、慎重に地面へ手を回して眼鏡を探し求める。
パキンッ!
「……あっ」
「ナッ!? 今の音ハ!?」
「えっ? まさか……ですの?」
【……ミラリア。やっちまったな】
なお、それだけ注意してても失敗は起こる。私もさっきの戦いで疲れてたのだろう。アホ毛の感度にも乱れがあったようだ。
ふと膝下から聞こえる何かが割れたような音。岩とは違うトゲトゲした感覚がするし、みんなの反応から簡単に予想はつく。
それでも恐る恐る膝を上げて確認してみれば――
「……ユーメイトさん、ごめんなさい。眼鏡、壊しちゃった」
「あ、ああ……!? わ、私の眼鏡ぇぇえ!?」
【な、なんということだ!? 主の主が!?】
――そこにあるったものを手に取れば、物の見事に砕け散った眼鏡だった何か。レンズのところも完全に粉々だし、とても再利用できるようには見えない。
これは本当に申し訳ないことをした。ユーメイトさんにとって、この眼鏡は『眼そのもの』と言っても過言ではない。
そんなものを壊してしまったと考えれば、罪悪感でショボンとしちゃう。アホ毛も萎びてごめんなさいだ。
「代わりの眼鏡ってないの?」
「い、今持ってるのはそれだけです……。う、ううぅ……」
【せめて予備ぐらいは用意するべきぞ!? どうするのだ、主よ!?】
眼鏡を失ったことで、ユーメイトさんはこれまでと打って変わって落ち込んでしまう。へたり込んで顔を押さえ、なんだか泣いてるみたい。
いくらさっきまで戦ってた相手だとか魔王軍だとかであっても、こんな姿を見せられると胸が痛い。でも、本当にここからどうすればいいんだろ?
――とりあえず、戦いの結末についてはこれで確定させるしかない。ユーメイトさんはもう戦えない。
「こ、この勝負……私の負けです……。う、ううぅ……」
ユーメイトの敗因:眼鏡




