その少女、死闘を語る
雪山を歩きながら、スアリへ語るミラリアの戦い。
「カムアーチで戦った相手? あの怖い相手のこと?」
「ああ。昨日も少しだけ語ってただろう? その件について、俺も興味があってな」
スアリさんが聞きたいというのは、カムアーチでの私の戦いについてだった。昨日はシード卿と恋の話しかしてなかったけど、そっちも気になるみたい。
確かにあの闘いはおぞましく、何より激闘であった。とはいえ、激闘だからこそ語ってみたくなる気持ちはある。
こういうの、武勇伝って言うんだっけ? スアリさんも聞きたいらしいし、ここは一つ語ってみよう。
「あの人は強かった。私の居合も防いでくるし、勝つのは並大抵の話じゃなかった」
「……そうか、勝てたのか。そいつとの戦いで、何か感じることはあったか?」
「感じること……『パンティーの匂いを嗅がれるのは不快』って感じた」
「……ん? ちょっと待て。何の話をしてる?」
「ふえ? スアリさんが尋ねた通り『おぞましい敵』のことだよ?」
そうして語り始めたんだけど、なんだかおかしな感じ。話が噛み合ってない気がする。
確かに私はスアリさんの聞きたがってた話をしてるはず。だって、あの人が一番おぞましかったもん。
「ミラリアよ。お前がカムアーチで戦ったのは、負の魔力が魂となった存在ではなかったのか?」
「ふえ? パンティー怪盗レオパルさんの話を聞きたいんじゃなかったの?」
【……すみません、スアリさん。どうやら、ミラリアの認識がズレてたみたいです】
どうやらスアリさんが本当に聞きたかったのは、シード卿に憑りついてた影の怪物のことだったらしい。
『おぞましい敵』なんて言うから、ついレオパルさんのことかと思っちゃった。ツギル兄ちゃんの謝罪と訂正も入っちゃう。
それならそうと、最初に言ってほしかった。紛らわしい。
――だって、あの怪物は『おぞましい敵』とは違ったもん。
「その敵なら、シード卿に憑りついてた。でも、おぞましいってのとは違う。……むしろ、私には悲しく見えた。怖い相手だったけど、凄く悲しくて苦しそうで何かに怯えてた。成り行きで倒すしかなかったけど、できれば話を聞いてみたかった」
「ミラリアはその怪物に対しても、対話をしてみたかったのか? それが感じたものか?」
「むう~……なんとなく。私、カムアーチも含めたこれまでの旅で『苦難を乗り越える意味』を感じてきた。逃げ出したくもなるし、避けたくもなる。でも、目的のためには苦難も畏れも乗り越えないといけない時だってある。……あの怪物はある意味、誰よりも苦しみの中で乗り越えようともがいてる気がした。目指すものも恐れるものも分からなかったし、シード卿を操ってたのは許せない。……ただ、どこかかわいそう」
歩きながら聞き耳を立てるスアリさんに対し、私は思っていたことをそのまま口にする。
あの影の怪物はエスカぺ村の時から因縁があったし、おぞましさや恐ろしさもあるにはあった。でも、それ以上の悲しさを感じたと言えばいいのかな?
レオパルさんの変態的なおぞましさとは違う。レパス王子の人間から遠のいた恐ろしさとも違う。あの怪物自身も何かに怯え、必死に抗ってるような気さえした。
――思い返してみれば、アキント卿の語った『変化がなくなると進化できない』って言葉も重なる。影の怪物は仮説の楽園とは逆の道を歩んでたっぽい。
「……そうか。ミラリアはあの魂に憐れみさえ感じていたか。まあ、お前がそう思うならそれで構わん。俺も少し気になっただけだ」
「私もあの怪物のことはちょっと話しづらい。語るのが心苦しい」
【ミラリアがそんな風に考えてたとはな……。お前なりに成長する中で、物事の見方も変わってきたのかもな。……それはいいとして、俺には一つ気になったことがある】
シード卿を操ってた悪い怪物なのに、あの時の様子を思い出すと悲しい気持ちになってくる。言葉にできない気持ちって、恋とかだけじゃなくて嫌な気持ちも含まれるんだ。
スアリさんもちょっぴり興味があっただけらしく、渋く『そうか』と口にするだけに留めてくれた。
だというのに、ツギル兄ちゃんはまだ何か気になることがあるらしい。私の成長を喜んでくれるなら、そこで留めてもほしかった。
ツギル兄ちゃんこそ、もう少し相手を思いやる気持ちを成長させるべき。
【スアリさんって、どうして俺達がカムアーチで影の怪物と戦ったことを知ってたんですか? しかもその口ぶりだと、戦った怪物がどういった存在かも理解してましたよね?】
「あっ……確かにそれは変かも」
内心でグチグチしてたけど、ツギル兄ちゃんが抱いた疑問はもっともだ。よくよく考えれば、スアリさんが影の怪物を知ってるのはおかしい。
昨日私がちょこっと話しただけでは、ここまで影の怪物のことを理解できるはずがない。最初から知ってないとおかしくなる。
――まさか、スアリさんは私に何か重大なことを隠してるの?
「ね、ねえねえ、スアリさん。もしかして、本当はもっと知ってることがあるんじゃないの? だったら教えてくれない?」
「……すまんな、ミラリア。俺にも事情があって、自由に情報を与えることはできない。今はただ信じてくれとしか――」
「はぐらかされるの嫌! 私、スアリさんのことは疑いたくない! 何か一つぐらいでも教えてほしい!」
一度疑心に火が点くと、私も引き下がれなくなってくる。思わずプンプン怒って地団太を踏みつつ、スアリさんに詰め寄ってしまう。
私だってスアリさんを疑いたくはない。これまで散々お世話になってきたからこそ、この人を疑いたくはない。
全部を教えてくれなくてもいい。せめてこうやって何かをボカす理由について、少しでも語ってくれれば――
グシャンッ!
「……え? ゆ、雪が……!?」
【マズい!? 崩れたのか!?】
「ッ!? ミラリア!?」
――そうやって地団太を踏んでた影響か、突然私の足元の雪が崩れ始めた。
思わぬ喧嘩がさらなる事態へ。




