その剣士、少女の恋を気にする
スアリさん、あなたは何者ですか?
「ス、スアリさん? なんだか、顔が怖い。後、私が恋したっていうより、相手が恋したんだけど……?」
「だとしても、どういう相手がミラリアに惚れたんだ? 年齢は? 見た目は? 性格は?」
【あ、あの……なんだか必死じゃないですか?】
私が話してばかりだったから機嫌が悪いのかと思ったけれど、どうにもそうではないらしい。むしろ、スアリさんは話の内容についてグイグイ尋ねてくる。
特にシード卿との恋について。他のことも話したのに、恋の一点だけを執拗に尋ねてくる。
「え、えっと……相手はシード卿ってカムアーチの貴族。年齢は私よりちょっと上。ツギル兄ちゃんと同じぐらい。見た目は爽やかで、性格についてはなんというか……情熱的?」
「貴族ならば収入は安定してるのか。……おい、ツギル。お前から見て、そのシードという男はどんな印象だ?」
【え、え? 俺に聞くんですか? その、まあ……兄としてはもう少し様子を見たいというか……】
「ならば、一応は認めているということか。……ミラリア、その出会いを大切にしろ。もし可能ならば、楽園よりも幸せな家庭を優先するんだ」
「ス、スアリさんに決められても困る……」
しかも話を聞いていけば、どこかおかしな言葉ばかり飛んでくる。確かにシード卿と一緒にいるのは悪くないけど、楽園を目指す旅を止める理由にはならない。
そもそも、こればっかりはスアリさんの話でも聞けない。何の権限があって、私の道先を決めてくるのだろうか? ちょっと怒る。
「それなら、スアリさんの方はどうなの? 恋とかしないの?」
「俺は恋や結婚とは無縁だ。それより、ミラリアの事情を詳しく――」
「しつこい。いくらスアリさんでも、しつこいのは嫌い。……もしかして、これが『はぐらかす』ってこと? 聞かれると都合が悪いから、あえて私のことばっかり聞いてくるの?」
【お? ミラリアにしては推察したじゃないか? 確かに俺もそんな気がするな】
こうなったら、私だって反撃開始だ。そんなに人の恋が気になるなら、こっちだって逆に尋ねちゃおう。
ツギル兄ちゃんもノリノリで味方してくれてる。これまで人の中で得た経験をもとに、私にもある程度の推察はできる。
「私が思うに、スアリさんが恋してるのはユーメイトさんだと思う。あの人、魔王軍だけど見た目は綺麗な人間の眼鏡メイドさん。角と尻尾も個性的」
「ユーメイトは知り合いに過ぎない。それに俺はもう誰かに恋するなんて年齢でもない」
【だったら、もうすでに結婚までいってるとか? そもそも人間のスアリさんと魔王軍のユーメイトさんに関りがあること自体、かなり稀な例ですからね】
「……いい加減にしろ。人をおちょくるな」
「むむむ~……ごめんなさい」
でも、ちょっとやりすぎちゃったかも。スアリさんにもジト目で睨まれちゃったし、これ以上は不快が勝ってしまう。
ユーメイトさんとの関係はいい線行ってた思うし、もしかすると『照れ隠し』という可能性も残ってる。だけど、過剰に質問をぶつけるのも失礼。
スアリさんへの話題ができて、ついつい調子に乗ってしまった。思い返すと申し訳ない。
「……だが、ミラリアもこういった話ができるようになったのか。少し見ないうちに成長したのだな」
「え? もしかして……喜んでるの? 怒ってないの?」
「さあ、どうだろうな。俺もこれ以上は言えん。……さて、無駄話もここまでだ。鍋の方も煮上がってきたぞ」
ただ、私に対するスアリさんの反応はどこか優しい。キツい対応が来ると思ってたのに、何故だか喜んでる。
これもまた、人の心の不思議ってこと? スアリさんって、時々何を考えてるのかが分からない。
――ただ、エスカぺ村でも時折スペリアス様が同じように微笑んでくれることはあった。私にお父さんがいたら、やっぱりスアリさんみたいな人だった気がして仕方ない。
「お前達が大量に食材を買い込んだ分、ボリュームもかなりのものだ。余さず食え」
「凄いボリュームだけど、この香りは食欲をそそる……!」
【こういう時、俺は食べられないのが残念だな。だが、ミラリアはしっかり食べて元気をつけろよ。お前の元気が俺の力にもなるんだからな】
「うん、分かってる。いただきます」
食べられないツギル兄ちゃんには申し訳ないけど、私は食べないと生きていけない。
こんな雪の中でずっとプルプルしてたし、いくら焚火で外側を暖かくしても内側が暖かくないのは辛い。目の前のお鍋は暖かそうだし、鼻に伝わる香りも絶妙。
ホークネイルやガリクーといった野菜でできた赤いお汁だけれど、さてさてお味のほどは――
「ッ!? な、なんと刺激的な……! 辛味の中に潜む旨味! 癖のある香りなのに、どんどん食べたくなる食欲増進効果! 具材に辛いお汁が染み込むことで、味を一層引き立てる! おまけに辛さが体にまで浸透して、ポカポカでウマウマ!」
「……お前、食べることになると急に語彙が増えるな。まあ、気に入ってくれたなら何よりだ」
――文句なし。百点満点。この雪山に相応しいお鍋と言えよう。
この絶妙な辛さがたまらない。体の芯からポカポカしてくるし、どんどんと口に運べるほどクセになる美味さだ。
さっきまで寒さで震えてたのとか関係ない。つま先からアホ毛の先まで活力が戻り、むしろ額から汗が出てくるほどだ。
【す、凄い食べっぷりだな……! ミラリアの活力が俺にも伝わってきて熱いぐらいだ……!】
「これだけ食べられるなら問題ない。雪山では準備も大事だが、いざ入ってしまえばどれだけ体力を維持できるかの話になる。そこまで考えてないだろうが、食べられるうちに食べ、力をつけることはこの先でも重要だ。ツギルもミラリアの体調には気を配ってやれ。妹には元気でいてほしいだろ?」
【え、ええ。それより、スアリさんも食べてくださいよ? このままだと、ミラリアだけで全部食べ切っちゃいそうで……】
雪山突入準備は失敗したけど、落ち込んでばかりもいられない。もう立ち入ってしまったのだから、後は元気一番で乗り越える。
スアリさんにもらった登山道具もあるし、お世話になりっぱなしで申し訳ない。いつかまた、きちんとお礼をしよう。
お世話になったらお礼をする。これもまた、人と関わる中での礼儀。
――でも、今はこの味に酔いしれていたい。
「辛いお鍋……最高……!」
辛口お鍋でついでにスアリへの疑問点も汗と一緒に流れる。




