その少女、雪山に挑む
新章。カムアーチを出発し、ミラリア達の冒険は雪の中へ。
カムアーチを出発して数日。次に目指すは鉱山街タタラエッジ。
そこにいると思われるイルフ人の鍛冶屋さんこそ、楽園を目指すための新たな指標だ。
そのためにまず訪れたのは、雪山の麓にある集落。ここでしっかり準備しないと、海で遭難した時の二の舞となる。
「お嬢ちゃん、随分と念入りに準備をするもんだね。まあ、この時期の雪山は危険がいっぱいだからな。……ただ、荷物が多すぎないかい? こっちも商売だから、買ってくれる分には助かるけど」
「大丈夫。準備をするに越したことはない。これぐらいなら持ち運べる」
というわけで、現在私は集落の商人さんにお金を払い、必要そうな準備を整えたところだ。
暖かい毛布を着込み、アイテムポーチに入りきらないほどのご飯も詰め込んだ。新しく準備した背中のリュックが凄く大きくなったけど、これからのことを考えれば必要なこと。
カムアーチで余ったお金を全部つぎ込み、準備はこれ以上にない程万全。私は日々成長している。もう準備不足で醜態を晒すことはない。
【……なあ、ミラリア。俺も今更だが、流石に荷物が多すぎないか? そこまで多いと、逆に動きづらいだろ?】
「でも、雪山はとっても寒くて過酷と聞いてる。用心に越したことはない」
【それはそうなんだが……まあ、俺も雪山なんて初めてだから、なんとも言えないな……】
着込んだ毛布と大きなリュックでノソノソゆっくり歩きつつ、集落を離れて雪山へと歩みを進める。
ツギル兄ちゃんは動きづらさを心配してるけど、そこについては心配ご無用。私だってエスカぺ村雪合戦大会で準優勝になった身だ。
多少荷物が増えたところで問題ない。修行で鍛えた足腰だってある。
準備がしっかりできているから、今回は焦る必要もない。ゆっくりでも着実に雪山を登り、安全第一で進むとしよう。
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「に、荷物の重さと雪の深さで足が埋もれた……! う、動けない……!」
【結局こうなるのか!? 準備が裏目に出てるじゃないか!?】
なお、現実は想像の上を行く。いや、正確には私の作戦が裏目に出てしまった状況だ。
まさか、雪がこんなに深く積もってるとは思わなかった。エスカぺ村と違い、私の体がほとんど埋もれるぐらい深い。傍から見ると、ほとんどアホ毛しか見えないはず。
おまけに準備として大量の荷物を抱えたものだから、重さでズブズブと雪の中へ沈む始末。ビュービューと雪が降り注いでくるし、寒いなんてレベルじゃない。
せっかくの毛布もここまで雪に沈むと意味がない。寒さでプルプル震えてしまい、ほとんど前へ進めてない。
「ツ、ツツ、ツギル兄ちゃん……! こ、これ、ちょっとマズいかも……!?」
【ちょっとどころか、完全にアウトだろ!? 今のお前、この吹雪の中でほとんど雪に埋もれてるんだぞ!? もういっそ、荷物を捨てて脱出しろよ!?】
「そ、それは嫌……! せっかくのご飯が無駄になる……!」
【こんな時まで食い意地を見せるな! 雪に埋もれて死にたいのか!?】
寒くて冷たいせいで、言葉も震えて上手く喋れない。でも、背負った荷物は手放したくない。
いくら雪で動けないと言っても、こんなに過酷な中でご飯を捨てて先へ進むのは無謀。もう後戻りできる距離でもないし、ここで荷物を捨てることは死に直結する。
とはいえ、身動きを取ることもできない。雪が積もったせいで普段の足腰も発揮できず、荷物の重さも相まって雪から抜け出すことさえ難しい。
――準備不足の失敗を経験として活かすつもりが、逆に準備のしすぎで大ピンチだ。
「そ、そうだ。今からリュックのご飯を食べて、量を減らそう。体力もつくし、それで雪から抜け出し――あっ、ご飯が凍ってる……。食べられない……」
【もう全然ダメダメじゃないか!? くっそ! こんなことなら、俺ももっと強く止めておけば……!】
「ご、ご飯と雪に圧し潰される……」
後悔後先に立たず。腹が減っては戦ができぬも、過ぎたるは及ばざるが如し。
油断しないつもりだったのに、かえって悪い方向にことが運んでしまった。石橋を叩いて渡るどころか、荷物の重さで叩き割った気分。
何事も適量が肝心ということか。今更後悔しても遅いけど。
なんだか眠くもなてくるし、こんな雪がビュービュー吹いてる中で誰かが見つけてくれるとも思えない。
まさか、こんなところでご飯と一緒に雪に埋もれて死ぬなんて――
「……この小娘はまた、どうしてこんな馬鹿みたいな格好で埋まってるのだ? 本当にいくつになっても、加減を知らない奴だ……」
――そうやって己の愚かさを嘆きながらウトウトしてると、突然アホ毛を掴まれ、畑から野菜を収穫するように体が引き上げられる。
誰かの腕が私をアホ毛ごと引っ張り出してくれたみたい。なんだか呆れたような声も聞こえるし、まさかこんなところを誰かが通りかかってくれたなんて幸いだ。
それにしても、この声には聞き覚えがある。懐かしいって程じゃないけど、どこか安心する声だ。
わずかに見えるのはフード姿のおじさん。腰に携えているのは二刀。
確か前にも同じように倒れてピンチだった時、私を介抱してくれたような――
「おい、馬鹿な剣客小娘。お前は何故いつもこんな無謀な準備で旅をするのだ?」
「ス、スアリ……さん……?」
そりゃ、スアリも呆れたくなる。




