その少女、恋を胸に別れる
幼い少女のちょっと甘酸っぱい体験。
「部下の話によると、シード卿も今は意識を取り戻したそうだ。後遺症といった問題もない」
「それはよかった。……なら、ここからは私一人でお邪魔してもいい?」
【俺も今は何も言わずに待っててやる。最後の挨拶ぐらい、しっかりしてくるといいさ】
私のお願いを聞くと、アキント卿も快く了承してくれた。シード卿の休んでる部屋の前まで案内してくれて、魔剣も一度アキント卿に預けておく。
魔剣がなくても別に心細くはない。むしろ、今は余計な身構えもしたくない。
上手く言えないけど、私はシード卿の想いに真正面から応えたい。応えないといけない気がする。
無事を確認したいという意味だけじゃない。もっと心の奥底にある根源的な動機が、理屈以上に私を突き動かしてくる。
――そうして心に従うまま、私は一人でシード卿のいる部屋へ踏み入れる。
「シード卿、起きてる? 少しお話がしたい」
「ミ、ミラリアか……? まさか、そっちから俺のところに来てくれるとはな……」
そっと扉を開けながら中を覗くと、ベッドで体を起こしたシード卿が反応してくれた。
まだ全快って感じじゃないけど、特に怪我をした様子もない。こうして姿を見ることで確認できて安心した。
ただ、どうにも顔色が良くない。体調が悪いとかじゃなくて、私と目を合わせるのが辛いって感じ。
「もしかすると、このまま俺とは顔を合わせずに黙っていなくなると思ってたんだがな……」
「そんなことはしない。シード卿の無事も確認したかったし、むしろ来るのは当然。どうしてそんな風に思ったの?」
「だってよ。俺ってミラリアに手を出した酷い男じゃねえか。普通、そんな奴にもう一度会おうなんて思うか?」
「思う。シード卿は操られてただけ。悪いことはしてない」
「……ハハッ。本当にミラリアは変わってるな。俺も本当に奇妙な女に一目惚れしちまったもんだ」
最初はチラチラこっちの様子を伺ってたけど、少し言葉を交わせば大丈夫っぽい。要は私がどう思ってるかの問題ならば、気にすることは何もない。
シード卿が体を起こしたベッドの隅に腰かけ、近くでお話しても問題なさそうだ。
「操られていたとはいえ、ミラリアやカムアーチに迷惑かけてすまなかった。いつもは『カムアーチをいい方向に変えてやる』とか『ミラリアを振り向かせたやる』とか息巻いてたのに、むしろ迷惑かけて救ってもらうなんてさ……俺って、本当にダセえ男だぜ……」
「ダサくなんかない。カムアーチのみんながシード卿に期待してたのは、私も短い期間でも感じ取れた。私にできたのはたまたま居合わせて、邪魔者を排除しただけに過ぎない。……ここからまたシード卿には頑張ってほしい。あなたにはたくさんの期待がこもってる」
「ヘヘッ……惚れた女にそこまで言われると、悪い気はしねえんだがな。とはいえ、ミラリアはやっぱまた旅に出るのか。俺も本当は引き止めてえが……ここまでしてもらってそんな野暮は言えねえか」
シード卿は申し訳なさから謝罪ばっかりだけど、もうそこを気にしても仕方ない。私ともお別れになるし、シード卿もここから立ち直らないといけない。
これまでの旅での別れと違い、どこか名残惜しいものがある。もしかすると、私もシード卿と同じように『恋してる』のかもしれない。
ここまで私に気を向けてくれた人。家族になりたいと望んでくれた人。フューティ姉ちゃんとは違い、シード卿のことは別の角度から見えてしまう。
――多分、これが『人に恋をする』ことの片鱗。理屈じゃなくて、本能で理解する感情だ。
「……今の私にはまだシード卿の気持ちにしっかりとお返事できない。目指すべきものだって他にあるし、ここで安易に返事をするのは失礼な気もする。あなたが本気なことが伝わってくるから、心が定まらない状態で返事はしたくない」
「ああ、分かってるさ。ミラリアには目指すものがある。いつの日か楽園に辿り着けるといいな。……悔しいが、俺もカムアーチで応援してるさ」
「ありがとう。私もシード卿のことは応援してる。今は私のことより、カムアーチの未来を考えて。……これは私からのほんの気持ち」
「え? ミラリアからの気持ちって――」
そんな本能からなのか、私の体も自然とある行動へと突き動かす。これまでずっと受け身だったけど、その行動に含まれる意味も少しだけ理解できてきた。
少し恥ずかしさもあるから、シード卿と同じようにはできない。でも、これが気持ちを伝える最善の手段な気がする。
――シード卿のほっぺに軽く唇をチュッとする。今の私にできるのはこれが精一杯。
「多分、シード卿が求めてたものとは違うと思う。だけど、これが今の私の気持ち。言葉で言い表せなくてごめんなさい」
「……本当に不思議な女に惚れたもんだ。こんな心、読心術があってもなくても読めねえな。だからこそ、俺も魅了されちまったのか。……ありがとよ。俺も今はこれで十分だ」
不思議と感じる名残惜しさ。ランさんやスアリさんとの別れと違い、何か糸引くものが残る。
恋って不思議。理屈じゃ理解できない。でも、少しぐらいは学べた気がする。
人の心って本当に不思議。楽園を目指す旅を通じて、こういった感情も学べていける。
「……私、もう行く。いつかまた会える日を楽しみにしてる」
「ああ、俺もだ。もう一度会える時は、カムアーチをもっとミラリアが気に入ってくれる町にしておく。そしたら、また俺とデートの続きをしてくれねえか?」
「うん、約束する。……それじゃあ、またね」
旅の中での別れは寂しい。でも、こんな寂しさは初めてだ。
思わず留まりたくもなるけど、私には目指すべき目的地がある。そこに辿り着くまで、ここでの答えは保留としよう。
――待っててくれる人がいるならば、私だってまたカムアーチには来てみたい。恋という感情の答えはまたその時のお話。
これまでとは違う別れを経て、少女はまた一つ成長する。




