◆憑欲体セアレド・シードⅣ
他者に憑依し、進化する怪物との最終局面。
「やっぱり、シード卿も使ってた読心術……! でも『苦痛が進化させた』ってのは……!?」
憑りついたこの怪物、思った通り相手の心や魔力の流れを読むことができる。アキント卿達の魔法攻撃なんて、簡単に無力化できてしまう。
ただ、さっきからも気になってたことがある。この怪物、ずっと人間そのものに怒りを向けてる。何かに怯えてるような気さえする。
強調されてる『苦痛』って言葉も含めて、何かあるのは確かだ。
「……あなた、誰に何をされたの? 何に対して怒ってるの?」
「人間ニハ分カルマイ! 悠久ノ時ヲ苦痛ノ肥溜メトサレ、歯向カウコトサエデキナカッタワタシノ気持チナド! ダガ、ワタシハコウシテ自由トナリ、苦痛ノ中デ力ヲ読ム術ヲ身ニ着ケタ! ワタシハタダ生キタイ! 自由ナ世界デ、人間ニ怯エルコトナク生キ続ケタイ! ワタシガ生キルタメニ、全テノ人間ハ不要ナ存在ダァァアア!!」
思わず尋ねても、言ってる言葉が理解できない。凄く人間のことを恐れて怒ってることだけは分かる。
この人にどんな過去があったのかは知らない。どんな人間にどんな目に遭わされたのかも関係ない。
私から言えることなんて一つだけだ。
「あなたが人間に恨みを抱いても、ここにいる人達は関係ない。あなたはただ、ぶつけようのない怒りをまき散らしてるだけ」
「戯言ヲ! 人間ナド、スベカラク滅ブベキダ! ワタシガ受ケタ苦痛ガドンナモノカ知ラズ……知ッタヨウナ口ヲ利クナァァアア!!」
「そう、私にあなたのことは分からない。あなただって、私のことは分からない。……だから、私も目の前の目的だけ求める! シード卿を返してぇぇええ!!」
どれだけ大きな恨みを抱き、どんな理由があったとしても、私がここで退く理由にはならない。
シード卿を操り、カムアーチのみんなを苦しめるならば明確な敵。人間に恨みがあるとしても、カムアーチのみんなを傷つけていい理由にはならない。
――何より、シード卿の体で好き勝手するのが許せない。
「学習される前に終わらせる! 抜き身の一刀流なら、あなたはまだ見切れない!」
「ホザケ! 学習シキレズトモ、オマエノ心ヲ読ミ取ッテ――バ、馬鹿ナ!? 心ガ読メナイ!?」
「私、他の人とはちょっと違うみたい! あなたの読心術は通用しない!」
刀身に怒りも込め、無我夢中で振るう両刃の剣。居合より慣れてないとか関係ない。
抜き身の分、手数は増やせる。そして、私はこの人に対して一つだけ優位に立てる要素がある。
使ってくる読心術は、あくまでシード卿が使ってたものと同じ。魔法が下手くそすぎるせいか、私の魔力は普通の人と違う。
このアドバンテージを活かし、向こうに攻める機会を与えない。私の剣技に対し、後手に回って魔力で身を守るのが精一杯となってる。
「ド、ドウイウコトダ!? 『ゲンソウ』ノ力ガ弱イノカ!? ダガ、ソノ剣技デハワタシヲ仕留メキレマイ!」
「それは私も分かってる! でも……チャンスは見えた!」
何か気になることを口走って戸惑ってるけど、そんな隙も私は見逃さない。この剣技にしても、あくまで陽動に過ぎない。
トドメを刺すには理刀流の技がないと無理。魔剣の魔力と理刀流の居合を融合させ、歪んだ理を断ち斬ることが最終的な狙い。
――そのための手筈は整ってる。
パシッ!
「ナッ!? ソノ魔剣トヤラガ戻ッテキタダト!?」
【こっちの準備はできてる! 決めるぞ! ミラリア!】
「うん! ツギル兄ちゃん!」
抜き身の一刀流で応戦しつつ、隙を見て魔剣を左手に引き戻す。シード卿にもらったブレスレットが役に立った。
最初に作戦を聞いた時から、この流れになることは聞かずとも理解できた。だって、私達二人は兄妹だもん。
シード卿の託してくれたものが繋いでくれた。ツギル兄ちゃんの知恵が導いてくれた。アキント卿といったカムアーチの人達も助けてくれた。
一意専心。みんなの想いを一つにすれば、どんなに恐ろしい怪物にだって勝てる。
「聖天……理閃!!」
ズパァァアアンッッ!!
「ア、アリエナイ!? 何故人間風情ガワタシヲ斬レル!? ソノ剣ダッテ何ダ!? オマエハ何者――ガァァアア!?」
これまで握っていた剣を手放し、即座に魔剣で居合の構えへ切り替え。ツギル兄ちゃんも先に魔力を込め、聖閃付与状態になってくれてた。
そこから放った居合の一閃は、確かにシード卿の体へと刻まれる。でも血は出てない。斬れたのは肉体じゃない。
シード卿を操っていた力のみを斬り裂き、確実にダメージを与えた感触が魔剣越しにも伝わってくる。
「イ、嫌ダ! コノママ消エルノハ嫌ダ! セッカク封印ヲ逃レ、自由ニナレタノニィィイ!?」
「……もうあなたはおしまい。おとなしくシード卿を返して」
「ク、クソォオ! ソモソモ、人間ガワタシヲ斬レルハズガナイ! イクラ『ゲンソウ』ノ力ヲモッテシテモ、人間ニワタシガ――イ、イヤ!? マサカオマエハ……!?」
黒い魔力がシード卿の体から抜けるように溢れていき、女神エステナのような触角も消えていく。
どうしてこんな姿だったのかは分からないままだけど、シード卿を助けることが優先だ。その苦しみ方から、もう憑依するのも限界と見える。
これでオッケーのはずなんだけど、なんだか心苦しい。悪いことをした人とはいえ、苦しむ姿はどこか悲痛。
この人にもこの人の事情があるからかな? もしもそうならば、話し合って解決する道も探したかった。
こんな状況では無理な話だけど――
「オ、オマエモマサカ……ワタシト同ジ『創世装置』ノ――ウガァァアア!?」
憑依した力はただの怨霊ではなかった。




