その司祭、またも接触する
再び姿を現したこの男こそ、この章の大ボス……?
「チィ……またかよ。しつこい野郎だ」
「そう邪険にしないでください。私もシード卿のためを思い、忠告を添えに来たのです」
シード卿と一緒に夜景をバックにしていい雰囲気だったのに、それを壊すように姿を見せたエステナ教団のリースト司祭。思わずしかめっ面になり、警戒心を強めてしまう。
向こうからしてみても、私の存在は思うところがあるはず。いくらペイパー警部の計らいで手配書が出回らなくなっても、この人からは逃れられない。
「そこのミラリアという小娘ですが、我々エステナ教団でも行方を追っていたものでして。……エスターシャの親交国であるディストールで横暴を働き、教団の聖女フューティ様を殺害した大罪人。そんな危険人物ですので、どうかこちらに引き渡してください」
相変わらずの不気味な笑顔のまま、こちらへ手を伸ばして私の身柄を求めてくる。この人の笑顔はシード卿の笑顔と違い、とても受け入れる気になれない。
完全に表面だけ。内側が見えてこない。私に読心術がなかろうと関係なく、本能的に拒否反応を起こしてしまう。
何より、それらの件をシード卿の前で語ってほしくない。全部デタラメで、詳細は当事者しか知らない。
なのに端的に話しただけでは、シード卿に誤解されてしまう。この人には誤解されたくない。
「へえ……で? それがどうかしたのかよ?」
「どうかした……とは? 私が申したことが全てですが?」
「その『申したこと全て』が真実って信じる証拠はどこにあんだよ? 俺にはテメェの語ることなんざ『自分達に都合のいいでっち上げ』にしか聞こえねえぞ?」
「おやおや。我々エステナ教団の言葉を信じませぬか。世界的な団体の言葉ですよ?」
「関係ねえよ。そもそも、さっき『手切れにする』って話したばっかじゃねえか」
心配で胸が苦しくなるも、シード卿はリースト司祭の言葉をあっさり跳ねのけてしまった。信じないどころか『聞くに値しない』とでもいった感じ。
そこまで簡単に否定していいのかな? 私としては嬉しいけど。
「安心しろ、ミラリア。このリーストとかいう野郎の言葉なんざ、俺は一つも信用しねえよ。こいつの心は俺も何度か読んだことはあるが、全部表面だけの薄っぺらいものばかりだ。今こうして話す内容にしても、とても本当のことを話してるとは思えねえ」
「私を信じてくれる……ってこと?」
「あたりめえだろ? ミラリアの心は読めなくても『非道を働く人間じゃない』ってことぐらい、俺だって理解できるさ」
リースト司祭達には聞こえない声で、シード卿も私に耳打ちしてくれる。まだ出会って一日だけど、この人とは深い付き合いではあった。
おまけにシード卿は読心術により、リースト司祭の嘘で塗り固めた表面を見破っている。完全に私に味方してくれてる。
――凄く嬉しいかも。語らずとも理解してもらえるって、フワフワした気持ちになってくる。
「ホホホ、そうですか。あくまでエステナ教団はもう関係ないと?」
「だからそう言ってんだろ? あんまりしつけえと、俺も乱暴な手段に出るしかねえんだが? これ以上、ミラリアを陥れる真似するんじゃねえよ」
「そこまでその少女に熱が入ってるのですか。……ならば、そこを利用しましょうか。できれば穏便に引き出したかったのですが、こうなっては致し方ありませんね」
「あぁ? まだ何かあんのか?」
とはいえ、リースト司祭はおとなしく引き下がることはない。後ろでエステナ教団の部下を従えたまま、まだ何か手があるような態度を匂わせてくる。
もしもこれで私だけでなく、シード卿にまで手を出すつもりなら許さない。ここは今のうちに戦う準備を整える必要があるかも。
――って、魔剣は置いてきたんだった。でも大丈夫。
左手のブレスレットを使えば、魔剣は手元に戻せる。ツギル兄ちゃんもメイドさん達と楽しんでるかもしれないけど、もうそんなことを気にしてる場合でもない。
「シード卿。あなたはそのミラリアという少女と一緒になりたいのでしょう? ならば、今ここで手籠めとしないのですか? 真実がどうあれ、その小娘はエステナ教団に追われる身なのは事実。……ここで一緒にならなければ、もう二度と会えなくなるかもしれませんよ?」
「きゅ、急に何を……!?」
「私もエステナ教団の人間ですが、シード卿のためを思っての忠告です。ここはあなた様の欲望に従い、ミラリアを手中に収めるのが最善かと」
そう思って身構えてると、リースト司祭の意外な対応。私達に襲い掛かるのではなく、説得でもするかのようにシード卿へ再び声をかけてくる。
ただ、内容はさっきと違う。自分達が悪者であろうとも関係なく、シード卿の欲するものを刺激するような語り口。
――まるで、シード卿に『私を引き止めさせる』のが目的みたいだ。
「あなたはカムアーチの未来を作ろうとしており、内にはそれを可能とする力があります。これまでは抑えてきたようですが、そろそろ解放してはいかがでしょうか? 己の欲望のまま、求めるまま……その力を利用しなければ、後で大きく後悔しますよ?」
「や、やめろ……! そ、それ以上……俺に話しかけんじゃねえ……!」
「何を苦しんでおられるのですか? そんな苦痛ならば、抵抗する必要もないのでは? 逆らうのではなく、受け入れてしまえば楽になれますよ?」
「だ、だから……俺に……お、俺は……!」
私と話してた時とは明らかに違う。シード卿は頭を押さえてうずくまり、何かを堪えるように苦しんでる。
そうさせたのがリースト司祭なのは分かる。でも、さっきの話でどうしてこうなっちゃったの?
「シ、シード卿! しっかりして! お願い!」
「こ、これ……マズいな……!? ま、まさか……エステナ教団が俺に近づいた狙いは……!?」
「ホホホ。どうやら、上手くいったようですね」
私も背中から抱き着いて声をかけるも、シード卿の苦しみは止まりそうにない。
もう何が何だか分からない。ただ分かるのは、リースト司祭が意図的にシード卿が苦しむように仕向けたってことだけ。
――その真意を、リースト司祭も張り付いた笑みのまま語り始める。
「さあ、目覚めていただきましょう。シード卿の奥底に潜り込んだ、女神エステナの片割れに……ね」
リースト司祭……ではなく、この章の本当の大ボスは別にいる。




