その少女、おめかしする
ミラリアとシードによる一日デートの始まり。
……なお、快く思わない者も一名。
「おっ、着替え終わったか。やはり俺の見立て通りだ。凄く似合ってるぜ」
「この服なら動きやすい。ドレスじゃなくてよかった」
あれよあれよという間に、私はお店の中でお着替えさせられた。シード卿といると、私って流されてばっかり。特に不満はないけど。
そして着せてもらった服は昨日のドレスとも違えば、普段の旅装束とも違う。
軽量で動きやすくも、清潔でほんのりとした華やかさのある衣装。足元もハイヒールではなく、巫女さんが履いてた草履みたいで風通しのいい靴だ。
どうやら『サンダル』というらしい。質素な作りに見えて、どことなく華やか。外の世界は服の種類もたくさんだ。
「その服は俺からのプレゼントだ。どうか快く受け取ってくれ」
「むう……昨日のお金を返してもらったばっかりなのに、お金を使わせるのは申し訳ない。でも、プレゼントはありがたく受け取る。それが礼儀」
「おや? 今日はやけに俺の好意に素直というか……まあ、それならそれでありがてえけどよ。俺も服装はミラリアに合わせたし、今日は楽しくデートしたいもんだ」
シード卿の方もこれまでの貴族装束から着替え、町の住人が着るような服装に変わってる。そこは貴族であっても合わせるものなのか。
それにしても、デートと言うのは初めてだ。こっそりツギル兄ちゃんに伺ってみれば『好きな人同士が一緒に遊ぶこと』らしい。
私がシード卿を好きかどうかは別として、アキント卿から託された役目としては好都合。これまで疲れる旅が続いてたし、私も今日ぐらいは遊んで息抜きしよう。
【ミ、ミラリアにデートなんて早過ぎる……! こ、ここは俺がしっかりして……いざとなったら魔力を使って自爆なり何なり……!】
「ツギル兄ちゃん、発言がどんどん物騒になってる。シード卿と遊ぶだけなのに、何をそんなに心配してるの?」
「どうにも、魔剣の兄貴は意地でも俺とミラリアのデートを認めたくねえみたいだな。はてさて、どうしたもんか……?」
ただ、そのための障害は意外なところにある。お着替えしても腰のところでいつも一緒のツギル兄ちゃんだ。
ちょっといい加減にしてほしい。いくらなんでもしつこ過ぎる。今回の一件は楽園の歴史を教えてもらうことにも繋がるし、あまり足を引っ張らないでほしい。
「……やはり、アレを使うか。ミラリア、このブレスレットを身に着けてくれ」
「何? これもプレゼント?」
「まあな。ただ、このブレスレットはただの飾りじゃねえ。ちょっとしたマジックアイテムだ。魔剣の兄貴はこのブレスレットに魔力を込められるか?」
【え? あ、ああ。それぐらいならこのままでもできるが……?】
ツギル兄ちゃん一人に乱されてたこの場。そんな時にシード卿が何か思いついたのか、私の左手首にブレスレットをつけてくれる。
さらにはツギル兄ちゃんにもブレスレットへ魔力を込めるよう促し、なんだか左手首と魔剣がリンクしたような気分。マジックアイテムらしいけど、どういうものなんだろ?
「ミラリア。魔剣を置いて少し離れてくれ。その状態で魔剣を握るように念じてみれば、ブレスレットの効果も分かるさ」
「置いた状態で握るように? よく分かんないけど、やってみる」
――パシンッ
「ふわっ!? ま、魔剣が手元に飛んで来た!?」
【成程。対象物を引き寄せるタイプのマジックアイテムか】
「ある程度の範囲と対象の魔力といった制限はあるがな。とはいえ、カムアーチの中なら有効だ」
とりあえず言われた通りにやってみると、離れた場所に置いた魔剣が私の左手の中へダイブ。アイテムポーチ以外にも、こんなマジックアイテムがあったんだ。
これは戦術の幅も広がる。魔剣を弾かれても、すぐさま引き戻せるのは強い。
でも、このマジックアイテムが今のこの状況とどう関係するんだろ? ツギル兄ちゃんの文句とは関係ないよね?
「そのブレスレットがあれば、ミラリアはいつでも魔剣を呼び戻せる。必要な時に呼び戻せるなら、今はここに置いてても構わねえだろ?」
「あっ、成程」
【『あっ、成程』……じゃない! 俺にここで待ってろってことか!? この下心貴族がぁぁああ!?】
関係ないと思ってたら、シード卿の説明で理解できた。魔剣がなくて一番困るのは、いざという時に戦えないこと。
これまでずっと一緒だったツギル兄ちゃんと離れ離れは寂しいけど、今回ばかりはやかましさが先行する。正直、離れておとなしくしててほしい気持ちもある。
――たまにはそういうのもありか。
「じゃあ、ツギル兄ちゃんはここでお留守番。私はシード卿と遊んでくる」
【お、おい!? 嘘だろ!? 俺を置いていったら、シード卿に何されるか分かったもんじゃないぞ!? 第一、こんな動けない魔剣の姿で、何をどうしてろと――】
「無論、俺もただ置き去りにする気はねえよ。魔剣の兄貴には待っててもらう間、俺の部下のメイドの手で入念に手入れされててくれ」
【なっ……!?】
そんなわけでツギル兄ちゃんにお留守番を願うも、やはりと言うべき反論。確かに動けないままのツギル兄ちゃんをこのままはかわいそうかもしれない。
ただ、シード卿にはまだ考えがあったらしい。後ろから部下のメイドさん二人が顔を出し、私がいない間のお世話をしてくれるとのこと。
よく見ると、メイドさん二人はかなりの美人。おっぱいも大きい。ツギル兄ちゃんが好きそうなタイプだ。
私のことは『貧相』だの『胸が小さい』だのと馬鹿にするけど、好みの女性にお世話してもらえるならば――
【ミ、ミラリア。悔しいが俺はしばしの間、シード卿の術中にはまるしかないようだ……! 身動きできない俺には、場の流れに従うしかない……!】
「……スケベ」
――あっさりと折れた。シード卿のことを『下心貴族』と言ってたのに、本当に下心丸出しなのはどちらのことか。
私も少し『好きという感情』について学べてきた。ツギル兄ちゃんの気持ちも理解できよう。
――何故か複雑な心境だけど。
【だ、だが、何かあったらすぐに俺を呼び戻せよ! お前の身に何かあったら、俺はスペリアス様に何と言えば――】
「はいはい。妹さんが心配なのは分かりますけど、今はシード卿と二人にさせてあげましょう」
「その間は私達が丁寧にお世話いたしますので。ウフフ」
【えっ、あっ……はい。よろしくお願いします……】
「……やっぱりスケベ」
ともあれ、これで話はまとまった。私とシード卿が二人でいる間、ツギル兄ちゃんもメイドさん達とよろしくしてればいい。
微妙に悔しいけど、ツギル兄ちゃんだってたまには浮かれた気分になってもいい。もうすでにデレデレな声色だけど。
人をとっても好きになることもまた、人間としての本能なのだろう。朧気ながらようやく理解できてきた。
――ただ、別に私がペッタンコで魅力がないわけじゃない。この点については心の中で弁明したい。
さらば、ツギル。また数話先で。




