その少女、デートに向かう
多分、この中で一番事態を理解してないのは当事者のミラリア。
「ふあ~。アキント卿、おはよう」
「起きたか。随分ぐっすり休んでたようだな。もう昼前だぞ?」
「え? そんな時間? 起こしてほしかったかも……」
「貴様に疲れを残されると、シード卿もいい気はせんだろう。吾輩からすれば大事な客人にもなる」
お風呂で汚れも疲れも落とし、ツギル兄ちゃんの無礼も叩き落とした翌日。流石に疲れが溜まってたのか、盛大に寝坊してしまった。
どんな時でも夜寝て朝起きるのが私のポリシーで、スペリアス様との約束でもあった。とはいえ、疲れてたからこその寝坊なのも事実。
それに今日はシード卿に会いに行く日。疲れた様子を見せるのは私だって恥ずかしい。
「なら、早速シード卿に会いに行く。どこに行けばいいの?」
「そのことだが、すでに吾輩の屋敷へ来てる。今は客間で待たせてある」
「え? 私がここにいること、知ってたの? にして早い……」
「昨日の騒動で吾輩やミラリアが動いていたことは、シード卿も把握してるのだろう。朝早くに吾輩の元へ来るや否や『ミラリアに会わせてほしい』と直球に述べてきた。まあ、まだ休んでると話せば、素直に待ってくれたがな」
【あいつ、ミラリアにそこまで熱が入ってるのか……。これは俺も今日一日、注意深く見張っておくか】
なお、肝心のシード卿はすでにここへ来てくれてるとのこと。なんとも準備が早い。
まだこっちから話を持ち出してないのに、私の場所を探り当ててもう来ちゃったのか。ちょっぴり怖くもなってくる。
でも、それだけシード卿が本気だってことなのだろう。私もあまり長々と待たせるのは失礼だ。
「こっちも急いだ方がいい。案内して」
「そうだな。今日のことは頼んだぞ。くれぐれも吾輩からの依頼だとは口にせずな」
【ああ……俺は胃がキリキリする……!】
てなわけで、アキント卿との約束通り、今日はシード卿と仲良くなろう。
ツギル兄ちゃんは相変わらずだけど、一緒にいれば気持ちだって変わるはずだ。
■
「やあ、ミラリア。やっぱ、アキント卿の屋敷にいたのか。何か変なことはされてねえか?」
「吾輩はカムアーチを代表する貴族だぞ? 客人に無礼など働くものか」
「シード卿、昨日ぶり。あんまりそういう言い方は良くない。アキント卿に失礼」
「……へえ。その様子だと、手厚く出迎えてくれたってことか。それは俺も無粋な問いかけをして申し訳ねえな」
アキント卿に客室へ案内されると、シード卿が笑顔で出迎えてくれた。アキント卿にはトゲトゲしてるのに、私に対してはとっても爽やか。
人に応じて態度を変えるのはよろしくない。そのことを指摘すれば、すんなり不義を認めてくれる。
流石はアキント卿も期待する人だ。素直に不義を認められる人は立派な証拠って、エスカぺ村でも教わった。
「後のことは吾輩も任せる。シード卿もその小娘と話がしたいのなら、存分にするといい」
「彼女は仮にもカムアーチに蔓延る怪盗の脅威を解決してくれた英雄だ。俺だって丁重にもてなすさ」
「英雄なんて大層なものじゃない。アレをどうにかするのは……大変ではあったけど。でも、シード卿ともお話はしたい。昨日は急にいなくなっちゃったし、そこのお詫びも含めて」
「ハハハ。そこまでかしこまらなくても構わねえよ。ああそれと、これは昨日にミラリアが店に置いていった金だ。流石に額が多すぎるし、余剰分は返しておくよ」
こうやってアキント卿のお屋敷で寝泊まりする理由になってた私のお金についても、シード卿はしっかり返してくれた。キチンとお店の代金を差し引いた形でだ。
こっちの意志を尊重してくれるのもありがたい。私の忘れ物も戻ってきたし、これでスッキリした。
【……シード卿。俺はあんたとミラリアの交際について、認めるつもりはないからな?】
「おやおや、魔剣の兄貴殿は相変わらずか。そう身構えねえでほしいもんだ。ただ、俺も今日は一日ミラリアと一緒にカムアーチを歩いてみたい。それは構わねえか?」
「うん、構わない。私もそうしたい」
「お? だったら話が早い。ちょっとそこの店に立ち寄ってくれ。準備してえからな」
アキント卿のお屋敷もシード卿と一緒に後にして、外に出ればもう陽が高く昇ってる。かなり寝坊しちゃったみたいだけど、お散歩するならこれぐらいの時間が丁度いい。
カムアーチの町中は相変わらずの賑わいで、私としても興味がある。ここまで活気に溢れた町って初めてだ。
でも、シード卿は何か準備があるらしい。何を準備するのだろう?
一緒にお散歩するだけならば、別に何か特別な準備も必要ないよね?
「この店で少し着替えよう。俺なら話もすぐに通せる」
「着替えるの? お散歩するだけなのに?」
「ミラリアはなんとも純情だな。俺の恋心が伝わらねえのは悲しいが、それもまた魅力の一つだ。……これからちょっとしたデートになるんだ。隣にいる好きな女には、着飾ってほしいのが男のサガってもんだ」
そのままテキパキと店に案内されれば、シード卿は店員さんに手際よく話を持ち出していく。どうやら私のお着替えをするらしい。
いつもの旅装束じゃダメなのかな? 昨日のフルコースでもドレスコードがどうのこうのあったし、思えばディストールにいた時も『勇者だから』とかで服装についてチョコチョコ言われてた。
身分の高い世界って大変。またドレスみたいなのを着ないといけないなら面倒。あれって歩きづらい。
【そ、そんなことでミラリアの好感度を稼げると思うなよ! 俺だけは最後まで認めないからな!】
「……ツギル兄ちゃん。流石に少し黙って。店員さんもいる」
後、ツギル兄ちゃんのやかましさにウンザリしてきた。
これからシード卿と一日楽しくする予定なのに、この調子では楽しくなれない。どこかに預けておこうかな?
逆に事態を重く見過ぎてるのはツギル。




