その上流貴族、少女に頼みごとをする
上流貴族アキントの接触。こういう時、剣の腕が立つミラリアがいればお約束的に――
「この執務室なら問題ないな。貴様も楽にしてろ」
「う、うん。お邪魔します」
パンティー怪盗変態海賊レオパルさんの一件の後、私はアキント卿のお屋敷まで案内された。
カムアーチの上流貴族でも特に上位に位置するって言うだけのことはある。とても立派なお屋敷で、内装はディストールのお城にも負けてない。
こういう部屋を見ると、あの時の後悔が蘇って嫌。でも、話があるみたいだからここは我慢。
――その話にしたって警戒した方がいいと、ツギル兄ちゃんに言われてる。
「……アキント卿。こうやって私をお屋敷に招待して、何を考えてるの? ただ宿を紹介するだけじゃないの?」
「ほう? 吾輩を疑うか? 思ったより頭が回るのかな?」
今案内された執務室には、私とアキント卿しかいない。本心を探り、仕掛ける必要があるなら今だ。
さっきから私にも『レパス王子に近い匂い』みたいなのがプンプン感じられる。この人、絶対に何か裏で考えてる。
本当に注意が必要だ。下手をすれば、ディストール王国での二の舞になる。
「いや、吾輩の思惑を推測したのは、その腰にある剣の方かな? やはり、貴様はただの少女冒険者ではないらしい」
「ッ!?」
さらに思わず身構えてしまう言葉まで飛んでくる。アキント卿は執務室の椅子に腰かけながら、魔剣の正体を見破ってきた。
どうしてこの魔剣にツギル兄ちゃんの魂が宿ってるって見抜いたの? この人、ただ者じゃない。
シード卿も厄介がる気持ちが分かる。ただ上流貴族ってだけでふんぞり返ってる人じゃない。
「吾輩も噂程度でしか知らぬが、その剣こそ魂を宿した『ツクモ』とやらか?」
【……ここで俺がだんまりを決め込むのも悪手か。……『ツクモかどうか』という問いかけにはノーだが、俺はこの魔剣に魂を宿したミラリアの兄だ】
「ほう、そうなのか。まるで人間と同じような魔力の胎動を感じたので、もしやとは思ったがな。カムアーチの上流貴族は名ばかりではない。魔法教育とて上位のものを履修済みだ。……店でフルコースを食べてる時、シード卿から聞こえた声の正体も貴様だったか」
【くっそ……俺もあの時に焦ったか】
フルコースをシード卿と食べてた時も、しっかり様子は見はられてた。本当に油断ならない人だ。
他の人はシード卿に誤魔化されたけど、アキント卿だけはそうもいかなかったか。これは弱みを握られたか。
でも、私は私の意見をしっかり述べる。嫌なことはしない。最悪全力で逃げる。
――魔剣を構えて腰を落とし、いつでも居合を打てるようにはしてある。
「まあ、身構えるのも無理はないか。だが、ここからどう動くかは吾輩の話を聞いてからにしてほしい」
「話……やっぱり頼み事? それならお断り。宿の件もなしにして――」
「だから待てと言っとるのだ。せっかちな小娘だな。……シード卿も妙な女に惚れたものだ。吾輩の話というのも、そのシード卿に関することだがな」
こっちからすれば息を呑んで汗が垂れるような時間。アキント卿の話というのは、やはりと言うべきかシード卿に関すること。
あの人には私もお世話になった。私に惚れたとかエステナ教団と関わってるとか、気になったり避けたかったりすることもある。
でも、そんなことは大した問題じゃない。もしもこれで『シード卿を痛めつけろ』なんて話だったら、即行で転移魔法を使って――
「実は……貴様にはシード卿と仲良くしてやってほしい。あやつもカムアーチの政権争いで表向きに明るく振る舞っても、裏での心根は落ち着いておらぬ。惚れた女が傍にいれば、シード卿も気持ちを安らげられるだろう」
「は……へ?」
【あ、あんた……何言ってんだ?】
――逃げる算段を立ててると、アキント卿から飛んで来たのは意外なお願い事。意外過ぎて呆気にとられ、居合の構えも解いてしまう。ツギル兄ちゃんもどこかポカン。
でも、本当にどういうことだろう? シード卿とアキント卿って、カムアーチの偉い人競争だかでは敵同士だよね?
なのに、なんで助けるような提案をするの? 私がいるから、シード卿がどう安らげるの?
「なんだ? 吾輩の提案が不満か?」
「ふ、不満とは違うけど……どうしてシード卿のためになるような話をするの? アキント卿って、シード卿と敵対してなったっけ?」
「『敵に塩を送る』とでも言えばいいか? いや、いささか意味が異なるか。吾輩の本心を率直に述べると、シード卿には『期待している』といったところか」
「期待……そこは分かるかも。アキント卿って、どこかシード卿を守ってる気もする。さっきもそんな感じだった」
ただ、動機の面では私もちょっと納得できる。さっきレオパルさんがシード卿を陥れようとした時も、アキント卿の発言はシード卿を庇う形になってた。
表向きには『カムアーチの面目が潰れるから』って言ってたけど、やってることは完全にシード卿の味方。町の覇権を争ってるのに、そこまで味方するものなのかな? 詳しいことは分かんないけど、そこに違和感はある。
「ふむ。思考力はイマイチだが、直感的な感受性には長けているか。シード卿が惚れたのも、そういった心の奥底を見抜いたからかもな。あやつもただ盲目ではなく、見るべきものは見えていたか。読心術も含め、流石と褒めてやりたいものだ」
「ね、ねえ。アキント卿は最終的に何が狙いなの? シード卿にどうしてほしいの?」
こうなってくると、話を聞くより前にその本心を知りたい。私では読めない心の裏側を、ハッキリ言葉にしてほしい。
別に危害を加えるとかの話じゃないなら、慌てて逃げようとする必要もない。私もちょっと興味がある。
『私に惚れた』――『私のことがとても好きになった』という男の人のことは、不思議と興味が湧いてくる。
「シード卿には、カムアーチの新たな歴史の開拓者となってほしい。吾輩を含めた上流貴族を超え、古き時代を打ち砕く存在にな」
お約束的に期待される。シード卿も含めて。




