その家族、分岐点に立つ
それは元来、双方が傷つく言葉。
「な、何……スペリアス様? ここが……ディストール王国での生活が、私の本当に目指したかったものかってのは……?」
「率直に答えるのじゃ。……この返答に関しては、ワシも最後まで耳にすると約束しよう」
こっちの話を聞いてくれるみたいだけど、その表情はやっぱり怒ってる。『最後まで耳にする』とか言ってるけど、それでもどこか怖い顔をしてる。
スペリアス様にしたって、エデン文明や楽園のことは何か知ってるはずだ。むしろ、ツギル兄ちゃんよりずっと詳しくないとおかしい。
話を聞いてくれると言われても、そこの不信感で気持ちが急いてしまう。
「め……目指したかったものに決まってる! 私はずっと、外の世界に出たかった! こうしてようやく外の世界に出れて、私は満足してる!」
「一つの国に留まってもてはやされる生活がかのう? 今のおぬしの状況など、この部屋の様子を見るだけで理解できるわい。ただワシが知る限り、ミラリアの望みは『世界を自分の足で見て回り、楽園を目指す』ことではなかったかのう?」
「そ、それは今からすること! そのために、エデン文明を調べたりもしてる! 私は今、確かにずっと夢見た道を歩んでる! いつまでも子供扱いしないで!」
「……左様か。それがおぬしの声とあれば、ワシももう否定できぬ」
だからなのか、思わず強い語気でスペリアス様に言い返してしまう。それにこれが私の本心のはずだ。
ただ、何故か『本心のはず』なんて曖昧な気持ちになってしまう。
確かに私が本来目指したのは、スペリアス様が言ってる通りのこと。今こうしてデイストール王国で勇者として留まってるのは、最初に目指した形とは違ってくる。
だけど、外の世界に出ることはできた。ディストール王国の人達だって、私のことを必要としてくれてる。私が目指したい楽園だって、ここからでないと始められない。
――だからどうしても、私はエスカぺ村に帰るわけにはいかない。
「……ミラリア。おぬしをエスカぺ村から追放する。もう……帰ってくるでないぞ」
「え……?」
その話を聞いて、スペリアス様は本当に反論することはなかった。私がエスカぺ村に戻らないことも認めてくれた。
それこそが私の望みだった。望み通りなのだから、喜ぶべきだ。
――なのに、何故か素直に喜べない。スペリアス様が『追放』とか言って、私を突き放すのがどうしてか受け止められない。
「ス、スペリアス様!? 何を言ってるんですか!? せっかくここまで苦労してやって来て、ミラリアにも会えたっていうのに!?」
「もう……よいのじゃ、ツギルよ。ミラリアはワシの手の中では収まらぬ。もしかすると、これが頃合いだったのやもしれぬ……」
「そ、そんな……!? ほ、本当にミラリアをエスカぺ村から追放して……!?」
「二度も言いたくはない。……ほれ帰るぞ、ツギルよ。ミラリアも達者でな」
ツギル兄ちゃんが反論しても、スペリアス様の気持ちは変わらない。背を向けどこか寂しそうな声を出しても、本当に私を追放する意は覆らない。
言葉少なに別れを告げると、ツギル兄ちゃんより先に魔法で姿を消してしまう。そのまま音もなく窓が開いたところを見るに、もう私のことなど気にも留めず出て行ってしまったようだ。
別に気に病む必要はない。こっちだって、また狭い村に押し込められるのは御免だ。
――そのはずなのに、どうしてか悲しい。思わず開いた窓に手を伸ばしてしまう。
「……なあ、ミラリア。本当にこれでよかったのか? スペリアス様だって、お前がいなくなってどれだけ心配して――」
「も、もう知らない! スペリアス様のことも……ツギル兄ちゃんのことも知らない! 私はもう、ここで暮らしていくって決めた! ツ、ツギル兄ちゃんも帰って!」
「ミラリア……」
ツギル兄ちゃんはまだ部屋に残り、私をしつこく説得してくる。でも、ここまで来たら引き下がれない。
スペリアス様によって、私はエスカぺ村から追放された。もう戻ることは叶わない。
たとえエデン文明の調査で再び訪れる必要があっても、私達はもう家族じゃない。元々血の繋がりなんてなかったし、ここでハッキリ決別した方が後腐れもない。
――だから、そんな悲しい顔をしないでほしい。ツギル兄ちゃんにそんな顔をされるの、私も苦しい。
「……分かった。俺ももう帰らせてもらう。だがせめて、これだけは持ち歩いておけ」
「これって……お守り?」
「こうしてお前と……妹と別れることになるのは俺も本意じゃない。だがミラリアがそれを望むのならば、せめてそのお守りを俺の代わりに持っておいてほしい」
「……フ、フン! 私、エスカぺ村を追放されたから、もうツギル兄ちゃんとも兄妹じゃない! こ、こんなお守りなんか……とりあえず、持っておくだけなら……」
「それで構わないさ。……できることなら、俺はまたミラリアと会いたいもんだ。その時が来るのなら、元気な姿を見せてくれよ。……今みたいにどこか無理なんかしてない、俺のよく知るミラリアの姿でな」
ツギル兄ちゃんは私にお守りを手渡して言いたいことを言い終えると、スペリアス様と同じく姿を消しながら窓から外へ飛び出てしまった。
その姿さえも、私は無意識でわずかに手を伸ばしてしまう。自分で自分の行動が読めない。制御できない。
受け取ったお守りにしたって、いっそ投げ捨ててしまえば気楽だったはず。なのに私にはできない。
むしろ大事に握りしめ、エスカぺ村での出来事を思い出してしまう。
スペリアス様の修行に明け暮れ、ツギル兄ちゃんと追いかけっこして、巫女さんにちょっかい出して、鍛冶屋さんに慰められる。
村人の人数だって少ないし窮屈。自分の身の回りは自分でしないといけない。でも、村のみんなが知り合いで助け合って生活してた。
分からない。私には私自身が分からない。なんでこんなことを思い出すのか理解できない。
――ただ、エスカぺ村での日々が懐かしい。
ついに村からも家族からも追放されてしまったミラリアの行く末は。




