その貴族、教団を後ろ盾とする
ミラリアに惚れたシードが後ろ盾とするのは、よりにもよってミラリアと因縁の深いエステナ教団。
「まあ、俺からすれば女神エステナなんてどうでもいいんだがな。あくまで力として利用してるだけだし、それについてはエステナ教団も同じだ。何より、俺にとっての女神は――ん? ミラリア? 顔色が悪くねえか?」
「だ、大丈夫……。ちょっと気分が悪いだけ……」
ツギル兄ちゃんとの話の中で出てきた、シード卿にとっての強力な後ろ盾。それは私とも因縁深いエステナ教団のことだった。
確かにあそこは世界的にも強大なのは知ってる。ペイパー警部といった世界的な治安まで司る部隊まである。
――でも、やっぱりいい気はしない。レパス王子やリースト司祭がしたことは許せない。
「お待たせしました。こちら、メインディッシュの――」
「シード卿、ごめんなさい。私、もうごちそうさまする。食べ残したままだけど、これで失礼」
「ミ、ミラリア!? どうしたんだ!? まだ俺は話を――」
「私はしたくない。ドレス、ありがとう。着替え室で返すし、お金も置いていく。お世話になった」
そんな気持ちが胸を締め付け、とてもご飯を続ける気にはなれない。せっかくやって来たフルコースにも目を向けず、魔剣を握ってドレス姿で最初の部屋へ早足で戻る。
別にシード卿が悪いわけじゃない。でも、背後にエステナ教団の影があるのは嫌。ペイパー警部のように事情を知ってるわけでもない。
お残しが悪いことって分かってても、この場を立ち去らずにはいられない。
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「ハァ、ハァ……! つ、つい飛び出しちゃった……」
【……気持ちは分かるさ。シード卿がどう考えていようとも、エステナ教団と関わってるのは危険に違いなかった。無礼ではあるが、こうする他なかったのかもな】
ドレスを着替えていつもの旅装束に戻ったら、部屋にお金を置いてすぐさま飛び出してきた私達。ツギル兄ちゃんもこの行動については咎めることなく、同意を示してくれる。
やっぱり、私はエステナ教団が嫌い。警備部隊長のペイパー警部は話せる人だけど、あの人だって教団の内部事情には疑心を抱いてた。
レパス王子やリースト司祭の顔は、今でも記憶の奥底に歪んで刻まれてる。エスカぺ村を滅ぼし、フューティ姉ちゃんを殺した人達のことだけは許せない。
――女神エステナがどれだけ崇高な存在かなんて知らないし、どうでもいい。ただただ、エステナ教団という組織にだけは近づきたくない。
【まあ、気を落とすな。俺達の旅には事情が付きまとう。シード卿だって事情は知らなかっただろうし、早い段階で繋がりを把握できたのは結果としてプラスだ】
「それ、ツギル兄ちゃんがシード卿のことにムカムカしてるからって私情も入ってない?」
【……そこはノーコメントだ。いきなり妹に告白した来た輩にいい気はしないもんなんだよ。あいつの読心術も、ミラリアには通用しなかったのは幸いだ。下手に読まれでもしてたら、エステナ教団と余計に関わってたかもな】
せっかく新しい町でお話しできる人と出会い、一緒に食事もしてただけに残念。結果として失礼なお別れをしたのも無念。
それにしても、読心術が私には効かなかったのはちょっと不思議だ。私が魔法下手くそだかららしいけど。
確かに魔力に関しては昔から村の中でも異質で、上手く魔法が使えたことすらない。かつて何度村でも爆発事故を起こしたことか。
当時はスペリアス様も『ミラリアは魔法の才能が壊滅しておる』って嘆いてたっけ。でも、その後に剣術の才能を見出してもらい、今はこうして理刀流の居合を使いこなせてる。
魔法に関しても今なら魔剣で補えてるし、そこまで悪いことでもないはずだ。『下手くそ』なのは変わんないけど。
「……少し落ち着いてきた。今日はもう調べるのも止めて、どこか寝る場所を探す」
【そうだな。まだこの町にも来たばかりだし、とりあえずは宿を探すか】
「できればご飯付きのところがいい。お金はまだあるし、今からでも夕飯が食べられる宿――あ、あれ?」
今は気持ち的にも一気に疲れた。野宿ばっかりで体も疲れてるし、ぐっすりゆっくりお休みできる場所に行きたい。
そういうのが宿って場所らしく、思えばこの旅で初めて使うことになる。お金を払えばぐっすりできるなんて、世界はお金で回ってるとでもいったところか。
初めての宿ってウキウキする。そんなことを考えてポーチに手を入れると――
「お、お金が……ない!?」
【ハァ!? 嘘だろ!? さっきまであったじゃないか!?】
――なんということだ。お金を入れてた袋ごとなくなってる。
巨大蛇をギルドで換金して得た報酬はかなりの額だ。フルコースを食べてもお釣りがくる。
まだ半分以上は残ってないとおかしい。お店を出る時、シード卿へとお金を置いていったあたりまでは確かに持って――
「ああぁ!? あの時、お店に袋ごと置いてきちゃった!?」
【何やってんだよ!? 全財産をシード卿に渡しちゃったってことか!?】
「だ、だって! あの時は慌ててたから……ごめんなさい」
――たんだけど、ここでどこで失くしたのか思い出した。
そうだった。ドレスを着替えて荷物をまとめ、慌ててここまで飛び出してきたんだった。そのせいでお金を数えたりもせず、袋ごとそのまま置いてきたんだった。
私の馬鹿。これじゃ無一文に逆戻りだ。宿もご飯も何もない。
「ど、どうしよう……ツギル兄ちゃん……? も、戻った方がいいのかな……?」
【……お前、今この状況でシード卿ともう一度顔を合わせられるか?】
「……無理」
【だよなー……。ハァ、どうしたもんか……。町の外で野宿でもするか?】
結局、初めての宿体験はお預けするしかなさそうだ。今シード卿のところに戻っても、またエステナ教団の話で絡まっちゃいそう。
困ったことになったけど、やっぱり野宿するしかないのかな? いっそ、今からギルド案件をこなして収入を得るとか?
――いや、無理だ。もう夜だし、時間的にも厳しい。
「アキント卿! どうにかなりませんこと!?」
「まさか、冒険者の男が狙ってるんじゃないでしょうね!?」
「ぼ、僕達は無関係だ! 濡れ衣も甚だしいぞ!?」
「皆さん! どうか落ち着いて! 吾輩もこの件については調査の最中でして……!」
無一文の絶望に打ちひしがれてると、少し離れた広場で騒ぎ立てる声が聞こえてきた。目を向けてみれば、さっきも会ったアキント卿って人が大勢に責めよられてる。
あの人もご飯が終わったんだ。でも、何をしてるんだろ? とりあえず困ってるっぽい。
宿探しも断念してたところだし、時間もあるので少し話題に耳を傾けてみよう。
「カムアーチを狙う卑劣な怪盗は、必ずや吾輩達上流貴族で捕まえてみせます! 今しばらくのお時間を!」
「むう……怪盗?」
ご飯はねえ、宿もねえ。でも問題だけは次々起こる。




