その少女、思い悩む
それは一人の少女の孤独な悩み。
「流石の一言だな、ミラリア。あのオークロプスを一人で倒してしまうとは。今やディストール王国の平穏は、ミラリアなくして語れないか」
「うん……ありがとう」
「ん? どうしたんだい? どこか怪我でもしたのか?」
「……大丈夫。疲れただけ」
オークロプスを退治して少し経つと、レパス王子と兵隊さん達が駆け付けてくれた。
心配はされるけど、別に怪我はしてない。問題なんてない。
――ないはずなのに、やっぱり気持ちがモヤモヤする。また役に立てて褒められてるのに、何か物足りなさを感じてしまう。
「まあ、いくら勇者と称されるほどでも、ミラリアだって人間さ。今日はもう調査もしないから、部屋でゆっくり休むといい。食事や風呂についても、好きな時間に取れるよう用意しておこう」
「あり……がとう……」
レパス王子も気遣ってくれるけど、どうにも素直な返事ができない。
今の私は凄く恵まれてる。生活の面倒だって、お城の人達が率先して見てくれる。
それなのに、何かが満足できない。『こうじゃない』みたいな声が頭の中で響いてくる。
――怪我をするよりも辛くて苦しい。今日はレパス王子の言葉に甘えて、部屋でゆっくりさせてもらおう。
■
「……結局、今日はほとんど何もしてない。何もしてないのに、凄く苦しい。……おかしい」
そのまま私は自室のベッドで横になってたけど、気がつけば夜になるまでそのままだった。食事もお風呂も取ったけど、それ以外のことは何もできてない。
ご飯も美味しかった。お風呂も癒された。なのに、いまだ心はスッキリしない。
頭の中に浮かぶのは、スペリアス様にツギル兄ちゃん、それにエスカぺ村のみんなのこと。あの窮屈で騒がしい日々ばかりを思い出す。
――それを言葉でどう表現すればいいかも分からない。ただただ苦しい。
「……とにかく寝よう。寝れば忘れられる……」
こんなことで苦しんでばかりもいられない。レパス王子との楽園調査だってまだまだ残ってる。
このまま暗い部屋で目を瞑って眠れば、明日にはいつも通りの朝になって――
「ミ、ミラリアです! ようやく見つけましたよ!」
「慌てるでない。まずはこの部屋全体に消音魔法を展開するのじゃ。ここで誰かに見つかっては水の泡じゃ」
――などと考えていると、部屋のどこからか声が二つ聞こえてくる。
この部屋には私以外いないはずだし、ベッドで体を起こして見回してもその姿は見えない。
ただ、この声には聞き覚えがある。私にとって、15年間で一番耳にした声だ。何より、さっきまでずっと頭の中でその姿がよぎっている。
――確かにあの二人ならば、魔法で姿を消すことだってできる。
ヒュン
「光学魔法解除、消音魔法展開完了。大丈夫です、スペリアス様。これなら部屋の外に声は漏れません」
「助かったぞ、ツギル。おお……! ミ、ミラリア……! ようやく見つけられたのじゃ……!」
「ツギル兄ちゃんに……スペリアス様……?」
その予想通り、姿を魔法で消していたのはよく見知った二人。解除しながら姿を見せるのは、ツギル兄ちゃんにスペリアス様だった。
暗くてよく見えないけど、スペリアス様は両腕を広げながら私の方へ近づいてくるのは分かる。
声が震えてるけど、怒っている様子じゃない。正直、長い間何も告げてなかったから怒られてもおかしくない。
いつもと違うからなのか、ちょっと嬉しい。
「本当に探したぞ! 村の社から行方知れずとなり、一ヶ月もの間帰ってこないとは……! ワシもツギルもどれほど心配したことか……!」
「え? い、一ヶ月も……? そんなに経ってたんだ……」
「ああ、そうだぞ? ともかく、無事で本当に良かった……。詳しい話は後で聞こう。さあ、一緒に帰るぞ」
スペリアス様もツギル兄ちゃんも私に怒ることはなく、心配そうに声をかけてくれる。
それにしても、私がディストール王国に来てからもう一ヶ月も経ってたなんて。そんな中で私がここにいることを調べ出せたのも、高度な魔法が使える二人だからできたことか。
ツギル兄ちゃんも手を指し伸ばして帰ることを促してくれるし、このまま従えば私はエスカぺ村に帰れる。ここまで自力で来れた二人ならば、帰り道も問題ない。
「い……嫌! 私、帰りたくない!」
「ミ、ミラリア!? な、何を言ってるんだ!?」
でも、素直に従う気にはなれない。
伸ばされたツギル兄ちゃんの手を払いのけ、私は思わず拒絶してしまう。
「私、ようやく外の世界に出れた! 今エスカぺ村に戻ったら、また窮屈な生活に戻る! そんなの嫌!」
「ワガママ言うなよ! 俺とスペリアス様だけじゃない! 村のみんなもミラリアがいなくなって、どれだけ心配したと思ってるんだ!?」
「そんなの関係ない! そもそもみんな、私に隠し事してる! エデン文明――楽園のこと! 本当はみんな知ってるんじゃないの!?」
「なっ……!? ど、どうしてそのことを……!?」
だって、帰ったらまた私はエスカぺ村に押し込められる。何より、村のみんなは私に隠し事をしてる。それが許せない。
話をすればツギル兄ちゃんも狼狽えるし、これはもう確定だ。村のみんなは楽園のことで何か知ってる。
――知った上で、楽園に行きたがってた私には何も教えてくれなかった。
「やっぱり、みんな私を騙してた! 外の世界についてもそう! 危険だ何だと言ってたのに、全然そんなことはない! 今の私ならやっていける!」
「仮に今はそうだとしても、これからはどうなるか分からないだろ!? それに戦うだけじゃなく、もっと身の回りの生活だって――」
「それだって問題ない! ちゃんとできてる! みんな、私に意地悪したかっただけ! 外の世界を教えずに、楽園のことを教えずに……私を閉じ込めたかっただけ!」
そんな不信感が二人に再会したことで一気に爆発してしまう。ツギル兄ちゃんとも言い争いの喧嘩に発展してしまい、消音魔法が部屋にかかってなければ誰かが駆けつけてるぐらいだ。
今の私からしてみれば、この二人の方が邪魔。私を追い詰める悪党に感じる。
――何故か心の中で『そうに決まってる』と決めつけてしまう。でも、その気持ちを抑えられない。
「……ツギルよ、下がっておれ。ここからはワシが話をしよう」
「ス、スペリアス様……?」
そうこう言い争いを続けてると、スペリアス様がツギル兄ちゃんを腕で制し、代わりに私の前へと躍り出てくる。
最初に再会した時は心配そうだったのに、今は凄く怒ってる。部屋が暗くても声だけで感じ取れる。
怖いけど、私はここで退きたくない。どんなお説教をされても、私は自分の意志を曲げるつもりはない。
「のう……ミラリア。今のおぬしのこの状況が、本当に目指したかったものじゃと言うのか?」
ミラリアが本当に欲したのは、ディストール王国における今の生活だったのだろうか?




