その少女、高級店に招かれる
飲食店を探してたら、ドレスを着ることになった件。
「彼女のドレスコードが不満なら、俺の方で準備してやるよ。悪いが、着替えのために部屋を一室用意してくれ」
「か、かしこまりました! 早急に準備いたします! シード卿!」
突如現れた『シード卿』と呼ばれる男の人。見た感じ、年齢も背丈もツギル兄ちゃんに近い。ただ、その身なりは全然違う。
ディストールでも見た『貴族』って人達が着る高貴なスーツ姿をしており、店員さんの反応も凄く腰が低い。私の相手をしてた時とは大違い。
――でも、誰なんだろ? そもそも、なんで急に私を助けるような真似をしたんだろ? 怪しい。
「ねえねえ、あなたは誰? 私をどうするつもり?」
「安心してくれ。別に悪いことはしねえよ。それより、この店で飯が食べてえんだろ? そのための服装は俺が用意してやるから、今はそっちのメイド二人についていきな」
「う、うん……」
尋ねてみようにも、グイグイ話に乗せられてお店の裏手にある部屋へ案内されてしまう。
よく分からないまま流されるのは怖い。でも、フルコースとやらは食べてみたい。
とりあえずの危害はないし、いざとなったら魔剣でどうにかしよう。その心づもりをするぐらいしかできない。それぐらいグイグイが強い。
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「まあ、大変よくお似合いですよ」
「シード卿が目をかけられただけのことはありますね」
とはいえ、魔剣でどうこうする事態には今のところ至ってない。二人のメイドさんに案内された部屋の中で、言われた通りにお着替え開始。
あれよあれよと進んでしまい、気がつけば私はドレス姿になってしまった。
服のことはよく分かんないけど、凄く高そうなドレスの気がする。こんなキラキラした服なんて初めて着た。
メイドさんも褒めてくれるのは嬉しい。心なしか、アホ毛もいつもより凛々しい気がする。
――ただ、私が私じゃないみたいだし、ちょっと怖い。
「親切にしてもらえてるんだろうけど、ディストールでチヤホヤされてた時を思い出す。……大丈夫かな?」
【さっきのシード卿とかいう男の目的も見えてこないし、まだ警戒はしておけ。いざとなったらすぐさま俺を抜いて応戦しろ。……直接の危害こそないが、俺も警戒はしてる。今のところ敵意は感じないがな】
この待遇、ディストール王国でレパス王子に勇者だ何だと言われて利用されてた時を思い出す。どれだけ親切に見えても、何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。
ツギル兄ちゃんともコッソリ話をしてみれば、やっぱり警戒しておくべきなのは事実。だって、私とシード卿ってさっき会ったばっかりなんだもん。
それなのにこんなドレスを用意してくれるなんて怪しい。怪しすぎる。
「ねえねえ、メイドさん。さっきのお兄さん――シード卿だったっけ? あの人って誰?」
「まあまあ、シード卿をご存じでないと? 旅する冒険者からすれば、仕方ないのかもしれませんね。少し警戒されてるようですが、あのお方に限って悪意はないと断言できましょう」
「シード卿はここ最近頭角を現してきたカムアーチの貴族です。市民からの評価も高く、若いながらも優秀なお方ですよ」
とりあえず着替えさせてくれたメイドさん達に話を聞けば、返ってくるのはシード卿のことを褒め讃える言葉。その様子を見ても、嘘を言ったり裏があるようには感じない。
私も人との交流を意識する中で、そういうのは少しずつ感じ取れるようになってきた。あんまり過信はいけないけど、今のところは本当に問題ないっぽい。
ここはシード卿に直接会って話を聞くのが一番か。そうしないと納得できない。
【でもまあ……『馬子にも衣装』ってのはこういうことか。俺も魔剣でなければ、着飾ったミラリアと一緒に食事もできたんだが……】
「その言葉、お世辞だとしてもありがたい。私も人間のツギル兄ちゃんと一緒が良かったけど、魔剣で我慢してほしい。大丈夫。着替えてもずっと一緒。頼りにしてる」
そんなわけで着替えも終わったし、次にするべきはシード卿に直接会うことだ。慣れないドレス姿だし、靴もハイヒールってのでちょっと歩きづらい。
でも大丈夫。思えば幼い頃は、巫女さんと同じ袴を履いて修行してた。ハイヒールについても『つま先立ち筋トレ』だと思えばいい。
そう考えれば少しは楽。腰に魔剣を携え直し、いざ部屋の外へ――
「あ、あの、すみません。お食事の場ですし、武器の携帯は控えていただきたく……」
「持ち物はこちらで厳重に保管します。決して粗相は致しませんので、どうかお預けください」
――行こうとしたら、メイドさん達が待ったをかけてきた。どうにも、魔剣を置いていってほしいとのこと。
「それはできない。この魔剣は私のお兄――大切な魔剣。私以外の人には触れられたくもない」
「そ、そうはおっしゃりましても、せっかくシード卿とのお食事の場ですし……」
「ドレス姿には全く似合いませんし……」
もしかすると、この人達はシード卿の身を案じてるのかもしれない。そうであっても、私が魔剣を置いていくことなどありえない。
ツギル兄ちゃんと離れ離れは嫌。似合うとか似合わないとか関係なく嫌。
フルコースを食べるためにここまで面倒なことをするのも嫌になってきたし、もういっそ断ってしまった方がいいのかも。
「お前達、その子が嫌がってるだろう? 俺は別に構わん。それに、こっちとしても急に誘った側だ。護身用の武器ぐらい持たせてやってもいいだろう?」
「シ、シード卿? よ、よろしいのですか?」
「構わんと言ってんだ。……それとも、俺のことが信じられねえとでも思ってるのか?」
「い、いえ! そのようなはずがございません! し、失礼しました!」
そこまでの考えに至ってると、ここまで私を案内してくれたシード卿本人が顔を見せてきた。
その様子は魔剣を手離さない私より、無理に手離させそうとするメイドさんの方を怒ってる。私に味方して、配慮してくれてるのは分かる。
メイドさん達もその言葉におとなしく従ってるし、シード卿は私の方に手を伸ばして導こうとしてくれる。
「俺の部下が不快な真似をして悪かったな。だが安心してほしい。この場において、君に危害や不快を与える真似だけはしないさ」
「それはありがたい話。でも先に教えてほしい。どうして見ず知らずの私に手を差し伸べてくれたの?」
ここまでの状況を見ると、確かにシード卿は私のために動いてくれてる。さっきまではメイドさんを叱ってた表情も、私に対しては裏を感じない柔らかな表情へと変っている。
でも分からない。どうしてこの人は私のためにここまでしてくれるの?
別にフルコースが食べられなかったからって、死ぬなんて状況でもなかったわけだし――
「俺にとっての女神を見つけたからさ。そのことについては、食事をしながらゆっくり語らいたい」
「め、女神……?」
それはつまり……そういうこと




