◆冥途将ユーメイト
VS 冥途将ユーメイト
魔王軍最高幹部にして、ミラリアやフューティにも仕えていたメイドが狂いながら出陣。
【あ、主よ! まさか、ここまで闇瘴に蝕まれて……!?】
「扉ハ絶対ニ開ケルナト――ウガァァア!?」
【ッ!? く、来るぞ! その方らよ、後のことは任せ――グウゥ!?】
開かれた扉の向こうから現れたのは、私やツギル兄ちゃんも見知った姿。ディストールでは私のお世話をしてくれて、エスターシャではフューティ姉ちゃんの付き人もしてた眼鏡メイドさん。
その人が魔槍さんに『主』と呼ばれ、扉が開くと同時に魔槍さんを素早く握りしめてくる。
間違いない。この人こそがスアリさんの言ってた知り合いで、魔王軍の最高幹部ユーメイトさんだ。
「め、眼鏡メイドさん――ううん、ユーメイトさん! しっかりして!」
「私ノコトナド、放ッテオイテクレレバ……!」
【ダ、ダメだ! こっちの声が届いてない! とにかく迎え撃て!】
ただ、悠長に様子を伺ってる場合でもない。ユーメイトさんは魔槍さんを握りしめると、こちらに対して構えを取ってくる。
その姿から発せられる覇気もすさまじいけど、何より気になるのは被り物の下やスカートの中から覗かせる異形。
見慣れたメイド服はそのままだけど、頭からは二本の角が鋭く伸び、スカートのお尻の方からは尻尾が見えている。多分、これがユーメイトさんの本当の姿なのだろう。
どうして人間に混じってメイドなんかしてたのかは気になるけど、今はそれどころではない。ユーメイトさんは魔槍を握ると、苦しみながらも私目がけて突っ込んでくる。
――その眼を見ても、正気を失ってることは理解できる。
ガキィィインッ!!
「ふんぐっ!? は、速いし……強い!?」
「ガァァァアア!!」
【こ、これが魔王軍最高幹部の実力!? トラキロ並みのパワーにスピードまで乗ってるだと!?】
角や尻尾が生えたことで、迫りくるその姿はさながら獣。でも、強さに関してはこれまでの魔物の比ではない。
魔槍のひと振りを咄嗟に魔剣の鞘で受け止めれば、凄まじい衝撃が腕に伝わってくる。見切るのだってギリギリのスピードで、回避する余裕さえもなかった。
魔王軍最高幹部の名前は伊達じゃない。この人、こんな力を隠し持ってたなんて。
「ユーメイトさん! 魔槍さん! 正気に戻って! 私、あなた達を助けたい!」
【無駄だ! 魔槍の奴も言ってたが、今のユーメイトさんは一度倒さないことには止まらない! 魔槍も完全に意識を支配されてるみたいだし、今は戦うことだけ考えろ! 闇瘴の浄化はその後だ!】
いきなり知ってる人が魔王軍最高幹部として襲ってきたから、私も思わずパニックにはなる。どれだけ呼びかけても声が届く様子すらない。
ツギル兄ちゃんの言う通り、やっぱりやるしかないみたい。とはいえ、ユーメイトさんはかなりの強敵。簡単に勝てる相手でもない。
「私はあなたを助けるって決めてる。そのためにも、今は全力で相手する。覚悟して」
「ウグアァァア!!」
ただ、急いだ方がいいのも事実。今はなんとか縮地による回避で立て直してるけど、ユーメイトさんの攻撃が収まる気配はない。
物語で読んだ魔獣って、今のユーメイトさみたいなことを言うんだと思う。これ以上に形容できる言葉が見当たらない。
油断すればやられる。今はとにかく、持てる技の全てをぶつけて事に当たるのみだ。
「聖閃付与! これで体内の闇瘴を――」
「邪魔スルナァァア!!」
「ッ!? は、速すぎる!? 技を出してる隙もない!?」
とはいえ、流石は魔王軍最高幹部といったところか。正気を失っていて技は荒いけど、その分苛烈に攻め立ててくる。
トラキロさんと違い、こちらが距離を置こうにもついてこれるスピードもある。正直、それが一番厄介。
私の技はほぼ全て居合を起点に行使される。居合さえ出せればそれでいいんだけど、裏を返せば『居合を出せないと意味がない』ってことになる。
ここまで素早く魔槍で攻め立てられれば、抜刀する暇さえもない。私もスピードには自信があるけど、食らいついてくる人なんて初めてだ。
「ロングスカートのメイド服なのに、あそこまで速く動けるなんて……!?」
【感心してる場合でもないぞ! 理性を戻さない限り、ユーメイトさんはどこまでも襲い続けてくる! ……だが、理性がない分だけ攻撃は単調だ。なら、あの技が使えるかもしれない】
「あの技って……あっ! 反衝理閃!」
それでもどうにか攻め手を模索してると、ツギル兄ちゃんからのアドバイス。確かに反衝理閃でのカウンターならば、逆にスピードを跳ね返すことができる。
ユーメイトさんも理性を失ってるからか、動きそのものは読みやすい。どれだけ速くても、タイミングを推し測るのは難しくない。
「なら魔剣に聖閃付与させたまま、鞘を構えて――」
「小癪ナァァア!!」
「――する暇もない!?」
ただ、それもあくまで一度動きを止めて、構えに入れたらの話だ。
ユーメイトさんの攻撃に息つく暇などない。魔槍の動き自体は単調だけど、スピードが速すぎる。読んで回避はできても、反撃に入るまでには至らない。
「マ、マズいかも……!? こ、このまま攻められ続けたら……!?」
【向こうはスタミナの底がないのか!? どうにかして、反衝理閃に入れる隙を作らないと……!?】
「でも、どうやって!?」
相手の実力もこれまでの中ではトップクラス。トラキロさんと戦った時同様、こっちの方が押されてる。
おまけに闇瘴の影響なのか、ユーメイトさんにはバテる気配すらない。こっちは反撃の起点すら作れず、逃げ惑うことしかできない。
このままでは私の方が先にバテる。そうなってしまえば全部おしまい。
ユーメイトさんを闇瘴から救うどころか、私まで餌食になって――
「グッ!? ナンダ!? 魔槍ガ重ク!?」
――しまうと恐れていたら、突然ユーメイトさんの動きが止まる。
持っている魔槍をうまく構えられず、その場で困惑した声を上げている。
なんだか、魔槍が急に重くなったみたい。そんなことってあるのかな?
――いや『魔槍だからあり得る』のかも。
【ぐうぅ……人間の少女よ! 我が少しでも止めている間に……頼む!】
「魔槍さん!!」
魔槍もまた、魔剣と同じく意志を持った武器。




