その少女、倒れる
倒れたミラリアに手を差し伸べてくれたのは?
「いきなり喋る刀が助けを求めたかと思えば、なんとも馬鹿げた理由で倒れた小娘がいたんだ。辛辣な言葉も口にしたくなる」
「あ、あの……私って、どうして倒れてたの……?」
私を助けてくれたフードとコートのおじさん。見た感じ、この人も旅人っぽい。
焚火の近くにあった倒木に腰かけると、横たわった私に声をかけてくれる。ただ、その言葉は実に刺々しい。
助けてもらったことには感謝してる。でも、そこまで酷く言わなくてもいいと思う。そもそも、私ってどうして倒れたんだろ?
「お前、あまり保存状態のよくない肉を食べてただろ? おまけに食事も肉に偏ってた。……食中毒と栄養失調。それが倒れた原因だ。むしろ、今までよく倒れずに済んだな?」
「そ、そうだったんだ……。やっぱり、あのままの食事じゃダメなんだ……」
その理由について聞いてみると、私も危惧していたことがそのまま形になったってことか。
シオルトの葉でお肉の保存はできない。いくら素早く消費したところで、いつの間にか腐ってたのか。
お肉の消費を優先したことで、最近の食事はかなり偏ってた。『食事は様々な種類を満遍なく取らないといけない』ってスペリアス様にも教わってたのに、全然できてなかった。
これは私も反省。仕方ない状況だったとはいえ、もっと対策はできたはずだ。
「まあ、今はしっかり体を癒せ。旅先で小娘に死なれたりしたら、こっちも寝覚めが悪い」
「う、うん。ありがとう……。ところで、おじさんって誰? 私みたいに旅する冒険者?」
「『人のことを尋ねる前に自分から名乗る』とは教わらなかったのか?」
「あっ、そうだった……。私はミラリア。こっちの魔剣はツギル兄ちゃん。二人で楽園を目指す旅をしてる」
【え、えーっと……どうも】
「……フン。世間知らずな小娘と刀に宿った兄貴か。随分と変った兄妹だな」
とはいえ、このおじさんの話し方もどうかと思う。こっちも素直に感謝したいのに、なんだか逐一小馬鹿にされてムカムカしちゃう。
どっちみ、今の私はまともに動けない。少し楽になったとはいえ、体は全然回復してない。
言われてることももっともだし、ここは素直に聞き手に回ろう。
「俺の名は……スアリだ」
「スアリさん? やっぱり冒険者?」
「まあ……そんなところだ。といっても、そっちみたいに目的なんてない。ただあてもなく彷徨ってるだけだ。……それより、飯の準備をしよう。材料もあらかた揃った」
一応は自分のことも語ってくれたけど、凄くサッパリしたことのみ。現状『冒険者のスアリさん』ってことぐらいしか分からない。
私の質問も適当に、スアリさんは焚火の前で何やら作業を始めてる。少し頑張って体を起こしてみれば、焚火の上には鍋が置かれていたようだ。
すでにグツグツとスープが煮えており、中には何かの肉が入ってる。そこへスアリさんは手に持った草を入れ、お玉でかき混ぜていく。
「食の不摂生で病を患ったのなら、正しい食で治すのが一番だ。タトル樹の皮で出汁を取ったスープに、ジビラビットの肉。栄養価の高い野草を混ぜれば、滋養強壮にはもってこいだろ。……食え」
「た、食べていいの? 私、お金持ってないよ?」
「金の心配などいらん。いいから食え。お前の体が治らないと、俺も困る」
【ここはスアリさんの言葉に甘えさせてもらおう。実際、体が弱ってる時にこそ食べないとな】
スアリさんは器に鍋の中身をすくってくれると、私に手渡してくれる。
体の調子が悪いからか、匂いはよく分かんない。でも、見た目的には美味しそう。
ツギル兄ちゃんが言うことももっともだし、食べないと体力はつかない。食べることは生きることだ。
不甲斐なくもダメな食事で倒れはしても、スペリアス様の教えだけは忘れない。
「お、美味しい……。温かくて、優しい味……」
「今のお前でも食べられる味付けにした。栄養価もあるし、弱った体には丁度いいだろう」
体調を戻すためにも、用意してもらったお鍋を頑張って口にする。思えば、鍋料理なんてエスカぺ村で食べてた頃以来だ。
舌の調子も悪くて味は鮮明には分からないけど、懐かしさと温かさで体も心も満たされていく。栄養が体に行き渡るのを感じられる。
「これなら食べられる……。スアリさん、ありがとう」
「礼を言うならそこにいる刀の姿をした兄貴に言え。そいつが必死に呼びかけてくれたから、俺も対処することができた」
「そっか。ツギル兄ちゃんもありがとう」
【一時はどうなることかと思ったが、その様子なら大丈夫そうだな。今はしっかり食べて休んでろ】
まさか、食生活のせいで倒れるとは油断してた。慣れたつもりであっても、まだまだ旅には危険が眠ってる。これは今後の教訓としよう。
もらった料理はお肉も野菜も食べやすい。何より、出汁を取ったスープというのは馴染み深い。
エスカぺ村では常識だったけど、外の世界では出汁を始めお米といった食べ物の文化がない。美味しさと同時に懐かしさがこみ上げてくる。
どれだけ新しくて美味しいものに出会っても、故郷の味は忘れない。体の調子はまだまだだけど、スアリさんの作ったお鍋はパクパク食べられる。
「ついさっきまで死にかけてたのに、随分な食べっぷりだな。まあ、この調子ならすぐに回復するだろう」
「食べないと元気になれない。だから、今は食べることを頑張る。……あれ? そこにあるのって、スアリさんの武器?」
「……ああ、そうだが?」
食べて元気が戻ってくると、これまでしっかり見れてなかった周囲の様子も見えてくる。
森の中でキャンプしてるのは当然として、気になったのはスアリさんの近くに置かれた二本の鞘。これらがスアリさんの武器らしいけど、この形状はもしかして――
「それって……刀? 私の魔剣と同じタイプの剣?」
「ミラリアは流石に知ってたか。この辺りで刀は珍しいが、俺はこの二刀で旅をしてる」
これまではミラリアしか扱ってなかった『刀』
それを同じく武器として用いる者。




