そのお小遣い、警部に託す
ミラリアのお小遣いはこの時のために。
「お小遣い……って、結構な額が入ってるな。しかもこれ、フューティ様が持ってた宝石もあるし……?」
「私が旅立つ前、フューティ姉ちゃんにもらった。……フューティ姉ちゃんの私室の棚に隠された床に、隠し通路がある。行き先は女神エステナの像がある広場。そこにフューティ姉ちゃんの遺体を埋葬してるから、ペイパー警部できちんと弔ってあげて。このお小遣いはそのために使ってほしい」
元々はフューティ姉ちゃんが私のためにくれたお小遣い。それを使うのは今この時だ。
かなりの額があるし、これなら立派なお墓が建てられるはず。その役目はペイパー警部にしか託せない。
「……フューティ様だって、ミラリアちゃんの旅のために用意してくれたお小遣いでしょ? そんな大事なものを――」
「大事なものだから、フューティ姉ちゃんのために使いたい。フューティ姉ちゃんのために使わないと、私が納得できない。だからお願い」
「……やれやれ、オレッチが説得するのも野暮か。お前さんの気持ちは確かに受け取った。オレッチもどうにかエステナ教団の目を盗んで、フューティ様をしっかり弔いたいのは本心だ。ミラリアちゃんに代わって、オレッチがその役目を担うとしよう」
この人ならば、フューティ姉ちゃんの遺体を粗末にはしない。渡したお金をネコババすることもない。
私はペイパー警部を信じる。私のことを信じてくれたように、私の方も信じる。
――きっと、人ってこうして信じあうことで生きていくんだ。突き放してばかりの孤独なんて、やっぱり私も嫌。
「フューティ様のことはオレッチに任せときな。だが、そっちの旅はもっと過酷なことだって待ってる。今回のロードレオ海賊団だけじゃなく、闇瘴による被害の拡大。挙句には魔王軍なんて魔物の軍団までいるし、危険なのは目に見えてる」
「分かってる。でも、私には目指したい場所がある。そこに着くまでは立ち止まれない」
「だろうな。……さて、ここいらでお開きとしよう。オレッチもあんまり長々と接触はできない。ただ、ランを助けてくれたお前さんの今後については、陰ながら応援させてもらう。いい旅を祈ってるぜ」
ペイパー警部も私の気持ちを汲み取り、最後に少し言葉を交わすとポートファイブへ立ち去っていく。
最初は私のことを追ってたのに、別れはどこか爽やか。人の出会いって不思議。
――でも、その『不思議』が世界なんだと思う。まだまだ世界を知らない私だけど、少しずつこの胸に刻まれていくものを感じる。
「……あれ? ペイパー警部、タツタ揚げは置いていった?」
【これは多分、ミラリアへの餞別ってところかもな】
「じゃあ、食べてもいいの?」
【むしろ、食べてもらうために置いてったんだろ】
私が食べ残してたタツタ揚げについてはペイパー警部からのプレゼントってことか。ありがたく頂戴しておこう。
お皿に乗ったタツタ揚げを摘まみながら、再び北へと歩みを進める。
「楽園に関する情報はそこまで集まってない。でも、全くないわけでもない」
【そうだな。ロードレオ海賊団もそうだが、森で戦った闇瘴の怪鳥にも手掛かりはあるか。あの時にいた人だって――】
パクパクしながらツギル兄ちゃんと語るのは、今回ポートファイブで得られた楽園に関する情報。それらを一つずつ口にしながら整理していく。
ロードレオ海賊団には、まだ楽園との関りが疑われる。カラクリがエデン文明の一部なら、再び戦う必要もあるだろう。
後は闇瘴に冒されて怪鳥と戦った時、離れたところに眼鏡メイドさんがいたこと。見た感じ、あの人が闇瘴を操ってるようでもあった。
闇瘴は楽園とは別みたいだけど、再び眼鏡メイドさんに会うことがあったら真相を問いたい。何か隠してるのだけは分かる。
――断片的なものばかりとはいえ、道が全くないわけでもない。
「イルフ人についてもまだ不明。次の街で何か分かればいいけど」
【確かこの街道の先にあるのは……歓楽都市カムアーチってところか。どんな場所かはまだ分からないし、地図だとこの街道もかなり長かったはずだ。気長な旅になりそうだな】
「それはそれで構わない。どれだけ時間をかけてでも、私は必ず楽園に辿り着いてみせる。ポートファイブの一件で、気持ちの整理もできてきた」
何より、私自身も人としての成長を実感できた。人との関り無理に断とうとせず、感謝の気持ちも素直に受け入れられるようになった。
旅の目的は楽園への到達。だけど、その過程で経験できることもまた宝物。
パクパクしてるタツタ揚げの味も、ランさんと友達になれたことも、ペイパー警部に理解してもらえたことも、私をまた一つ強くしてくれた。
旅の道中はまだまだ辛いことだってあるだろう。でも、同じぐらいいいことだってあるはずだ。
別れに悲しむではなく、さらに先へと想いを馳せたい。生きてさえいれば、また会いに行くことだってできる。
『新しい人に会いたい』と思うこともまた、この旅を乗り切る活力となろう。
――私の旅はまだまだ続く。出会いと別れを繰り返し、様々な人に支えられながら。
まだまだ冒険は始まったばかり(100話超えたけど)




