その警部、推理する
聖女フューティも信頼した男、ペイパー警部。
「ふ、ふえ……? わ、私の言ってること、信じてくれるの……? どうして……?」
「別に直感とかじゃないさ。今からオレッチがその結論に至った推理についても語ってやるよ」
まさかとは思ったけど、ペイパー警部は本当に私の言葉を信じてくれた。でも、どうしてこうなったのかが分からない。
思わず疑問で首を傾げる私に対して、ペイパー警部も順を追って理由を話してくれる。
「まず最初に『フューティ様がミラリアちゃんに殺された』っていう話だが、これってオレッチも話に聞かされただけなんだよね。実際に殺された遺体すら確認してない。ただ、証言自体はエステナ教団でも複数あった。だから、フューティ様が殺されたこと自体は確かなんだろうな。……残念な話だがよ」
「う、うん……。確かにフューティ姉ちゃんは殺された。でも、私が犯人じゃない理由にはならない」
「いやいや、ここで重要なのはオレッチが『現場も遺体もまともに確認できてない』ってことさ。ミラリアちゃんが犯人だって話も、全部エステナ教団で言われただけ。手配書だけ渡されてね。オレッチ自身が『ミラリアちゃんが犯人』だと決めつける証拠としては弱すぎる」
ちょっと難しい話をしてるけど、とりあえずペイパー警部からすると『エステナ教団の話を全部信用するのは危ない』ってのはなんとなく分かる。
ペイパー警部はさらに発言を続けて『私が犯人ではない』と思う理由を述べ続ける。
「ポートファイブのギルドで話を聞いたが、ミラリアちゃんってマナの聖水を使って闇瘴に苦しむ冒険者を助けたんだって? しかもわざわざオレッチのところに来て、ランを助ける協力まで求めてきた。そうやって人のために尽くす人間が、安易な人殺しなんてするもんか?」
「で、でも、マナの聖水を持ってたのは、私がフューティ姉ちゃんと一緒にいた理由にもならない?」
「おいおい、自分から犯人っぽい理由付けをしちゃう? でもまあ、確かに一理ある話だ。だが、そこについてもオレッチには推察がある」
理由自体がしっかりしてるのは分かるし、納得もできる。ただ、あまりにスムーズ過ぎて私の方が変に反対意見を述べてしまう。
エスターシャ神聖国にいた時、私はフューティ姉ちゃんの変装魔法をかけてもらってた。人前で私の素顔を見たのなんて、レパス王子やリースト司祭ぐらい。ペイパー警部は『私がエスターシャ神聖国にいたこと』さえ知らない。
「フューティ様がエスターシャ神聖国に戻られた時、眼鏡メイドの他に小さな女の子がついてきてただろ? 銀髪に大きなマントを身に着けてた、丁度ミラリアちゃんと同じぐらいの身長の。……あれ、ミラリアちゃん本人でしょ? フューティ様の変装魔法で見た目を変えてたね」
「ふえっ!? な、なんで分かったの!?」
「そうやって驚いてたら、逆に認めてるよなもんだな。まあ、理由としては剣の腕前さ。エスターシャに出没した巨大サソリは、フューティ様一人では倒せるようなものじゃなかった。あの現場に誰よりも早く向かえたことも然りだ。……その辺りの理由を今回のロードレオ海賊団との一戦と照らせば、あの時の銀髪少女こそがミラリアちゃんってことになるでしょ? 接点はここだ」
そう思ってたけど、ペイパー警部は物の見事に全部言い当ててきた。
確かにその通りだ。巨大サソリを倒したのも、あそこに転移魔法で迎えたのも、全部私があの場にいたからできたこと。
ペイパー警部もロードレオ海賊団との戦いで私の技量は見てたし、同一人物だったと考える理由としては十分だ。
「マナの聖水にしても、本来ならばフューティ様が厳重に保管してたものだ。おそらく、それもフューティ様は『相手がミラリアちゃんだから託した』んだ。行動も一緒にしてたし、二人は親密な間柄だったと考えるのが自然。さっきからフューティ様のことを『フューティ姉ちゃん』と呼ぶ姿も然りだ。そんな相手を殺すとは思えない。……以上の理由から、オレッチは『ミラリアちゃんは犯人じゃない』と考えてる。納得してくれたかい?」
「……ありがとう。そこまで私のこと、信じてくれて」
「オレッチだってフューティ様には仕えてたが、エステナ教団にはそこまで心から尽くしてないもんでね。今ここでミラリアちゃんを捕まえたら、むしろフューティ様の気持ちを無下にするってもんよ」
本当に細かい話をよくここまで繋げたと感心する。フューティ姉ちゃんもペイパー警部のことは信頼してたし、こうやってただ命令通りに動かず自分で考えられるのもその要因か。
逆らうのは悪いことかもしれないけど、ペイパー警部なりに良いことと悪いことを判断できてる。こういうところも信頼されてた要因なのだろう。
「状況証拠から察するに、フューティ様を殺害した真犯人はリースト司祭や、難を逃れてエスターシャに来てたレパス王子だろうな。そうなってくると、ディストールの王城爆発事件にしてもミラリアちゃんじゃなく、本当はレパス王子が主犯だった方が辻褄が合う」
「……そこまで考えてるのなら、私も全部正直に話す。ディストールのお城を爆破したのも、フューティ姉ちゃんを殺したのも……全部レパス王子の仕業」
「やっぱり……な。オレッチもフューティ様の仇は討ちたいが、流石に相手が悪すぎるか……」
「私でもエステナ教団全部が相手だとどうしようもない。でも、ペイパー警部みたいな人がいてくれたのは嬉しい。ただ、今はランさんと一緒にいてあげてほしい」
「そういう優しさも含めて、ミラリアちゃんが犯人だとは思えなかったんだよね。オレッチもまずはその言葉に従わせてもらう。……辛い話を教えてくれてありがとよ」
こちらこそペイパー警部には感謝したい。この人が私のことを信じてくれたから、私もまた信じられる。
外の世界に出てから騙されてばかりだったし、大切な人が酷い目に遭うのは辛かった。だけど、今回の一件で私は前に進む元気が出てくる。
――何より、また人を信じられる。世の中だって、騙してくる悪い人ばっかりじゃない。それを身に染みて感じられた。
「オレッチの方は心配するな。しばらくはエステナ教団とも距離を置き、娘と家族の時間を過ごすさ。ミラリアちゃんの手配書もなくなったわけだし、そっちの旅も滞りなくできるだろう。もう追われることに怯える必要はないさ」
「うん、ありがとう。本当に感謝してる。私の旅が終わったら――あっ、そうだ。ペイパー警部にお願いがある」
「ん? そっちからオレッチに?」
ペイパー警部のおかげで、私の旅路も明るくなってきた。わざわざ手配書の原本を燃やしてくれたから、下手に周囲に怯えることもない。
ちょっと泣きたくなってくる。これまでは悲しくて泣いてばかりだったけど、人って嬉しくても泣けるんだ。不思議。
これでお別れだけど、どうせだったら一つだけ頼みたいことがある。ペイパー警部なら信用できる。
――フューティ姉ちゃんからもらったあれは、ペイパー警部に託しておきたい。
「こ、このお小遣い! フューティ姉ちゃんのために使って! 綺麗なお墓、建ててあげて!」
これを託せるのはこの男しかいない。




