第九十五話 世界戦5
~オリジナル・ブレイク視点~
「ここに戻るんだな」視界に入ってきたのはいつもの部屋だった。隅には朝脱いだ寝巻が放り出されているのが見える。テーブルには食器が山の様に積み上げられている。
「あんたの部屋、汚いわね」隣から彼女の声が聞こえる。どうやら転移先に指定したのは俺の自室の様だ。
「うっせ。散らかってる方が落ち着くんだよ」床に落ちているゴミを蹴り飛ばしながら歩ける場所を作っていく。正直この場所は見えている床よりも埋まっている床の方が多い。
「掃除するのが苦手なだけでしょ」呆れる様な声が後ろから聞こえるが無視だ無視。戯言にいちいち構っていたら日が暮れちまう。今はありがたいお説教を聞くよりも他の軸に行って頼れる奴と力を手に入れ右方が優先だ。掃除するのも、上手い飯を食うのもその後で良い。息抜きにやるのは全然良いとは思うけどな。
「そんなことよりも他の軸の話だろ?もう軸の移動ができるのか?」浄化魔法でいつもよりもましにした椅子に座り、テーブルにコーヒーを出す。ブランも俺に倣うようにふわりと座り魔法空間からジュースを取り出し飲み始めた。
「できないわね。正確には軸の特徴が無いとダストの魔法が発動しないわ」
「というと?」
「世界の概要が分からないといけないってことよ。ダストのいる世界なら灰に覆われているみたいな話」ブランは自分の魔法空間からダスト軸の灰を取り出し、テーブルの上に撒いた。
「ふーん。何か知っている軸はあるか?」
「バッドって呼ばれる軸は知っているけど概要は分からないわ」申し訳なさそうに下を向いた。
「俺みたいに知ってるわけじゃないんだな」
「その様子だと何か知っているのね」俺の発した言葉にブランが反応した。
「少しな」世界の詳細と言うか概要が分かってっるのは殺戮を繰り返すジェノサイド、全てが悪い方向に向かい、全てに敵対するバッド軸。そして俺達の基になったオリジン軸。オリジン軸に移動するのは無理だろうが。
「概要は分かる?少しでもいいから手掛かりになるようなものがあると嬉しいのだけど」ずいっと顔を近づけながら聞いてきた。少しだけ花の良い香りがする。
「全てが悪い方向にぶれたバッド軸と、緋を使い殺戮を繰り返すジェノサイド軸くらいだ」オリジンの事は伝えない。知ってしまったらそっちのけで調べ始めるからな。
「ジェノサイドにバッド,,,あ、思い出した」ブランは開いた左手の上に軽く握った拳を落とした。
「私、バッドの世界で生きたことがある」頓珍漢なことを急に言い始めた。行ったことがあるならまだ分かるが生きたことがある?世界線が錯綜しているとはいえそんなことはありえない。厳しい修行で頭がやられたようだ。
「馬鹿言うなって」
「本当よ」彼女は馬鹿にされたことに腹を立てているのか、少しだけ言葉に怒気を孕ませた。
「悪い悪い,,,」
「そ、私の言うことは本当よ」怒りを鎮めるために謝ろうとした瞬間、部屋の隅の影の中からブランが現れた。
漆黒よりも黒い闇が織り交ぜられた長い髪。帽子で半分以上隠れた瞳は絶望を物語るように生気が無く、どこまでも深い暗闇が続いている。体格はここのブランと大きく変わらないが、少しだけ見える肌に付けられた火傷、凍傷、裂傷等の傷が痛々しい。
杖は手に持っておらず顔の横付近で浮いている。黒い柄が伸び、先の方には深淵を凝縮したような禍々しい魔石が付けられており、内包する魔力が溢れ出ている。
「この軸のあんたにまだ自己紹介していなかったわね。私はバッド軸から来たブランよ」呆気に取られている俺の事を無視して、どこから来たのかを語りお辞儀をした。適当さが垣間見える仕草はブランと同じだ。
「久しぶり!バッドと会うのは交差点以来かしら?」俺とは対照的な表情を見せる彼女は犬の様にバットと呼称してるブランに近づいた。
「そうね。あの後から少し忙しくなっちゃったのよ」そんなブランに嫌がる様子を見せず、頭を撫で笑っていた。死んでいる目からは想像もつかない程、慈愛に満ち溢れている所作だ。
「やはり世界が大き動いているからなの?」
「そうよ。そして貴女の記憶が混濁して混ざっているのもその影響よ」
「どういうことだ?やっぱバッドの記憶はないのか?」
「えぇ。最悪の世界の残滓があらゆる軸に飛び散り、あたかも私の世界で生きてきたような錯覚に陥る現象があらゆる場所で起きているわ」彼女はそう言って魔法空間のような空間の歪みからどす黒い欠片を取り出した。
「それが残滓なのか?」悪意と悲哀が凝縮されたそれは少しの衝撃で壊れてしまいそうなほど傷つき、ひびが入っていて、見ているだけで泣きそうになり、それを上書きするようなやり場のない怒りが湧いてくる。
「ええ。これを取り除いて歩くのが今の私の仕事」言い切ると残滓を口の中に放り込み飲み込んだ。瞬く間に体が黒い霧に覆われたが、内側から迸る魔力によってすぐに霧散した。
「なんで残滓を食っているんだ?」疑問に思ったことを口に出す。散ったのであれば元の軸に返せばいい。何故それをしないのかが引っかかる。
「私を強化するため。あと軸を崩壊させるためよ。これを送り返したらまたあの軸は安定しちゃうから」
「なんで軸を崩壊をさせるんだ?」言葉の意味が分からない。軸が消えるということは存在が消えるということだ。俺達はそれを避けるために軸を安定させるために抵抗してるし、調停者を抹消するという同じ目標を掲げている。
「あの軸はもう死んでるの」死んだ目に少しだけ水たまりができた。
「あんたも、アクセルも、アミスもベータも死んだわ。王国も、帝国も世界樹も火の海に沈んだわ。もうあの世界に私の大事な人はいない」声が震え始めた。止めたいのに止められない。知りたくないのにその先が知りたい。
「いるのは私を食い物にする下衆な人間だけ。この体ができたのも、抵抗するようになったのもそいつらのせいなの。傷を癒さないのは復讐と怒りを忘れないため」頬にできた傷を撫でながら彼女は笑った。穏やかな表情からは怒りも憎しみも感じることができない。バッドの言う言葉は本心なのか疑いたくなる。
「だから壊すのか?消えるのが怖くないのか?」思ったことをバッドに聞く。俺は世界が壊れていくのが、消えていくのが一番恐ろしい。だから無茶な計画に加担している。
「怖くないわ。それに私みたいな思いをする軸が増える方がもっと怖くて悲しいの」死んでいた目が赤く生きた目に変わった。
「それにね、軸は違うけどブレイクと会えるから良いの」
「でも消えたら会えなくなるんだぞ?」
「幸福な時間は何時か覚める時が来るわ。ずっとずっと夢を見れるは子供だけで十分なのよ」
「置いてけぼりにしてごめんね。とりあえず最悪を取り除くわ」バッドはブランの方を向き直すと頭に手を当てると魔法を唱え始めた。恐らく圧縮された魔法はすぐに効果を表した。
「なにをするの,,,」ブランが言葉を発する前に触れた部分からさっき見た様などす黒い何かの欠片が放たれた。大きさに違いはあれど、抱く感情は変わらない。正直見ていてすごく不快だ。
「あ、ああ、あああ」欠片が抜けていくたびにブランの口から喘鳴が漏れていく。肩で呼吸を始め、体が震え始めた。まるで生気を抜かれているようだ。
ブランにとって拷問のような時間が訪れてから数分。ようやくバッドの手が頭から離れた。
「あぁ,,,」声にもならない声を上げながらどさりとその場に倒れ込んだ。抱えたかったが、あまりの出来事を前に、俺はすぐに動くことができなかった。動くことができたのは現状を理解できてからだった。
「大丈夫か!?」倒れ込んだブランに駆け寄り、呼吸があるか、意識があるかを確かめる。
「無駄よ。残滓を抜かれた後は数日動けないわ」
「そうか,,,俺が守り抜かないとか」
「その必要はないわ。私が保護するから」バッドは魔方陣を展開すると別の空間に繋がる門を開いた。向こう側には穏やかな風が吹く草原が広がっていた。
「安全地帯なのか?」
「えぇ。私が管轄している中で最も安全な場所よ。禁断の魔法に加えて神具を使って結界を張っているから」彼女は笑いながら作られた空間にブランを浮遊魔法で浮かせ放り込んだ。
「ここでも神具が使われてんだな」
「そうね。希望楽園という私とは相性の悪い神具をね」彼女はおもむろに服をたくし上げて背中を見せてきた。
「それが神具なのか?」背中に彫られた異様な文様を指でさす。見た目は林檎に金色の翼が生え、上から手が伸びている。一言で言い表すなら不気味だ。神々しい筈なのにどこか悍ましさがある。
「体埋め込む種類のは初めて見た?」
「あぁ。つーか神具をあまり見たことが無くてな」
「周りを見ないと駄目よ?あなたは沢山の神具を見ていたんだから」
「嘘だろ?七十二個しかない物をそんなに見てたのか?」
「そうよ。アミスが持ってる槍も、クロが着ている鎧も、心臓を潰した山龍も」ブランは今までに出会ってきた存在の名前を挙げていく。
「クロのは薄々気が付いていたんだが、アミスのあの槍もそうなのか?あれは帝国から奪った物じゃないのか?」
「説明が難しいわね,,,ブレイクはアミスになんて聞いてるの?」
「帝国から貰った槍を自分でへし折ってラヴィ,,,?さんの首を晒していた槍を盗んだと聞いたな」交差点で聞いた話を思い出しながらバッドに伝える。
「そのラヴィを突き刺していた槍が神具ね。他のヴァミリアはオリジナルの贋作や偽物よ」
「じゃあアミスはまだ神具の力を引き出せていないのか」
「えぇ。もし解放することが今よりも破壊力も貫通力も増すわ。上位者なんて一撃で殺せるくらいにね」
「あいつの強さならもう解放していてもおかしくないのにな」一緒に戦った時の事を思い出す。槍から溢れでた赤雷は遠くにいる俺達の肌を痺れさせるほど高出力で、一度当たれば肉が焦げ落ちる程。
「まぁ、彼女はあの槍に力を吸われているからね」
「力が吸われている?代償か何かを払っているのか?」力が武器に吸われるのは不思議な話じゃない。古の剣豪たちは呪われた武具を使い、体をボロボロにしながら戦っていた。自分が握る武器をより凶悪に、そして強固にするために。
「半分はそうよ。ラヴィに会うまで彼女はその槍に力を封印した。もう一つは,,,」彼女が続きを喋ろうとした瞬間、時空に亀裂が入った。
今まで何度も見た光景。他の軸の奴ら、もしくは上位者が渡ってくるときに起きる現象。
「来る!」大剣に背中から取り出し構える。対してバッドは少しだけ気怠そうに周囲の魔力を集め始めた。
「ん,,,?」しかし今回は誰も出てこない。亀裂の中から冷たい空気を切り裂くような甲高い音しか聞こえない。だが、その少しだけ空いた隙間の中から何者かがこちらを覗いている。品定めをするように、下から上まで舐めまわすようにじっくりと。
「出て来い!」切れ目に向かって大剣を振り下ろす。が、虚空を切るように俺の斬撃は意味もなさず床に落ちるだけだった。
「無駄よ。その上位者,,,いや偵察者は時空そのものに攻撃をしないといけないから」
「でも、一方通行で見られるのは不快ね」刹那、バッドの手に集められた魔力が凶暴なまでにうねり始め、亀裂の中に入り込んだ。
「消えなさい」彼女の言葉をトリガーに時空の歪みが一点に圧縮され、この世から消え失せた。お理解するのに数舜の時が必要なほどに速い魔法の発動。また俺は呆然と見ていることしかできなかった。
「貴方はまだ弱いから、無理をしちゃだめよ」ずいっと顔を近づけてくる。そして少しだけ痩せた、木のように硬い手が頬を撫でる。そのまま手が口、喉を通り、胸の辺りまで降りてくる。
「死なないでね」胸を人差し指でとんと押された。暖かいような気もしたし、優しい気もした。だが残っていたのは悲しみの感情だけで、気が付けば涙を流していた。
「任せてくれ」不思議なことに声が上ずることは無く、いつもの様に声を出していた。
「その声を聞けて安心。この軸のブランは任せて頂戴。元気になったら貴方の目の前に出してあげるから」そう言って神具で生み出された結界の中に入っていった。
置いて行かれた俺は散らかった部屋の真ん中にポツンと一人立っていた。
「何を言いたかったんだろうな」バッドが言いかけていたことに思考を回してみる。
力を封印していたことが半分。そしてその封印を解く条件は満たしている。なら何故アミスは神具の力を解放できていないのだろうか。力を吸われているのが封印よりも大きな要因なのだろうか。
だとしたら何が力を吸っている?槍なのか、それとも,,,
「世界か?」窓の外を見ると空が渦巻き、鳴いている。異様とも思えるこの光景に誰も疑問も抱かない。なぜなら歪んで見えるのは俺だけなんだ。世界が、調停者が俺の事を飲み込もうと画策している。
「まぁ、なんにせよ俺は俺のやるべきことをやるだけだ」現状俺がするべきことは二つ。王国のために働くこと。まぁ、これは優先度が低い。もう一つはやはりアクセルに出会うこと。今頃寂しがっているだろうからな。
「オーバー家もアクセルを捜してるしな」理由は不明だが最近アクセルの行方を聞かれる。正直どこにいるか分からないし、アクセルを痛めつけていた過去は消えない。だから知らんとだけ答えている。
アクセルが会いたいと言えば別だけどな。
「俺も本格的に動きますか」体を伸ばし、火炎魔法を体に纏わせる。まだまだ厳しい寒さが王国を襲っている。少しでも油断したらすぐに凍り付き動けなくなる。そして止まれば動き出すことは無く、永遠に進むことは無い。
『世界は傾いているけどね』




