九十四話 世界戦 4
あれから稽古が始まり三日が過ぎた。未だに動きはぎこちないが、着々と力が付いているのが分かる。隙の無い大剣の攻撃に間髪入れずに放たれる蒼と速攻魔法。並みの実力者であればもう負けているだろう。
「もう少しスキルの間隔を不規則にしろ。それじゃリズムを取って捌くだけの作業だ」ステップを踏みながら助言をしていく。今のままじゃ上位者どころか下位の神にすら簡単に敗ける。
「ブランも隙が生まれるのをあまり見るな、自分から作っていけ。それじゃずっと突っ立っている木偶の坊だぞ」視界の端で魔力を溜めながら好機を狙うブランにもアドバイスを飛ばす。
「それに二人で戦うってことはお互いを見なきゃいけない」~獄門~
LIBからの攻撃を避けながら地面に手を当て門を召喚する。一対複数の時は範囲攻撃に転じた方が早い。それに超広範囲攻撃から生き残る方法も教えなくてはいけない。後は術者を狙うことだな。
「開門!」閉ざされていた門の扉が勢い良く開き、中から竜の姿をした火炎が飛び出す。体長は数十メートルと少ないが、特筆すべきはその数だ。何十、何百と流れ出ても終わりが見えない。
「ブラン!結界魔法を使え!オリジナルは蒼で武装して龍を殺せ!」何をすればこの状況を切り抜けられるのかを伝える。出来ても生き残れるかは別だが、その時はその時で何とかしよう。
「分かってるわ!アースアンカー!!」魔法の名を叫ぶと同時に二人の周りに真四角の結界が生まれた。底面の四隅からは重厚な錨が降ろされている。あの軸のブランもここまで成長しているとは,,,どうやら世界は想像よりも加速しているみたいだ。
「がああぁぁあ!!」結界を食い破ろうと竜の群れが襲い掛かる。いくら超級魔法の結界とは言え破壊までは秒読みだ。
「自由の咆哮!」少し離れた位置から竜を蹴散らす衝撃波が飛んできた。地面を砕きながら猛進する蒼の波は瞬く間にブランに迫る敵を飲み込み無力化した。
「良いぞ!だが、根源を壊さないと状況は変わらないぞ!!」獄門の出力を上げ、更に竜の姿を変形させる。今まではワイバーンと呼ばれる形態だったが次は正真正銘ドラゴンだ。
ワイバーンよりも純粋な攻撃力が上がり、思考のパターン、解析が追加される。もたもたしていればあっという間に成長し太刀打ちできなくなるだろう。そのことに早く気が付けることができる観察眼があるのかどうか、ここで見極めなくては次の段階に進めない。
「形態変化,,,!ブラン!バフ魔法を頼む!」イレギュラーな事態を感じ取ったオリジナルは真っ先に門の破壊を目標に入れた。戦闘の事になると少しだけキレが増すのはどこの軸でも変わらないみたいだ。それが命取りになるんだがな。
「させねぇよ。魔封!!」結界内で魔法の準備をしていたブランの魔法を封じ込める。この先自由に戦闘させてくれる相手の方が少ない。今のうちに慣れさせなくては。
「きゃあ!」不発に終わった反動で結界の中で吹っ飛んだ。リスクとリターンの事を視野に入れて魔法を使うこと。魔法使いが厳しい戦場を生き残るためには必須の技能だ。力押しで突破できる世界はとうの昔の話だ。
「さぁ、どうする?」これでバフで押し切る予定は不可能になった。
「くっ!」オリジナルは少しだけ硬直した後、門とブランを交互に見た。一瞬の迷い、思考の錯乱が死を招く。今回の訓練はここまでか。
「終わりにする,,,」門を閉じるために予備動作に入った瞬間、目の前が青と白に光で染まった。
自由の咆哮,,,いや、感情の奔流か?どの光とも違うな。恐らくは新技だろう。土壇場でブランを救うために編み出したもの。そして召喚者に攻撃を仕掛けるキレの良さ。
「狙われる理由も分かるな」灰を操り即席の鎧を作り、光の中から脱出を図る。それほどのダメージにはならないだろうが念には念を。舐めた事をして傷を負うのが一番ダサく、みっともない。ましてや俺は師匠だ。そんな姿は見せられない。
「次はどうすんだ?」地面に落ちて行く灰を眺めながらオリジナルに問う。目にはまだ不屈の意志が宿っているのが見える。
「,,,」向こうは黙ったまま動かない。力を使い果たしたのか、能力の再発動に時間が掛かるのか。まぁ、自分のエネルギー効率を理解できていない奴に勝利の二文字は似合わない。
「こっちから行くぞ?」~獄炎~
無銘に業火を纏わせ振り下ろす。狙いは右腕。利き手を潰せば攻撃の主軸は壊せる。そうなれば雪崩の様に戦況が敗北に傾く。
「ぐあっ!!」見切れなかったオリジナルは右腕を焦がし、握っていた大剣を地面に落とした。体力が無くなっても見切ろうとする胆力は尊敬に値する。
「今回も俺の勝ち,,,」
「ホライゾン・ブレイク!」終わらせようとした瞬間、前方から菫と群青が混ざり合った光線がオリジナルの真横を通過し俺に迫っていた。
「まじ,,,!!」突然の出来事に見切ることも避けることもできなかった俺は、体を削られながら後方に吹き飛んでいった。
「っ!」何度も地面に叩きつけられながらようやく減速した。四肢の欠損まではいかないが表面が焦げたり、凍ったりしている。極級魔法をあんなすぐに出せるのか。ブランも同じ様に強くなれたんだろうか。
「灰復」地面から灰を吸収し体を構築していく。これなら無駄な魔力消費も体力の消耗も無い。それに灰で覆われた個所は短時間だが、龍の鱗の様に硬くなる。
「やるな」目線を上げると全回復したブレイクが大剣に蒼を纏わせ、ブランが極級魔法の準備をしていた。今のままじゃ普通の獄門を出したところでカウンターを喰らってお終いだろう。
「ダストに特訓して貰ってるからな」
「いつまでも負けたままじゃ面白くないわ」
二人の目には再び闘志の炎が宿り揺ぎ無く立ち上っている。敗色濃厚のところからここまで持ってこれる精神力には素直に称賛を贈りたい。
「良いな。何も変わっていない」昔の事を思い出すと同時に、口角が少しだけ上がった。短い時間だったが楽しかったことには間違いなくて、俺ができなくても二人ならやってくれる。
「嬉しいぜ」背中に担いでいる無銘が淡く光った。能力を使わなくても神具として使えるようになったということは、俺も次の段階に進んだみたいだ。
無銘にはいくつかの段階が存在する。ただの鉄の塊の段階。能力を引き上げる段階。運命を強化する段階。そして思考を反映する段階。
「今日は俺に攻撃を当てたら終わりだ」大剣に手を当て大盾に変形させる。今の二人なら俺が攻めなければ一撃位、或いはそれ以上の物を出せるだろう。
「無茶言うなよ。やるけどさ」愚痴を言いながらもオリジナルは蒼を空気中に飛ばし戦闘態勢に入っている。
「案外すぐ終わるかもしれないわ」先ほど見たときよりも多い魔方陣が後方に描かれ、魔力の充填を待っている。潜在魔力量が段違いだ。それこそ魔王や八強に肩を並べるくらいに。
「期待してるぞ」大盾を複製し宙に浮かし俺を中心に半径三メートルの位置で回転させる。内側には灰を巻き上がらせ隙を潰す。絶対要塞。これを攻め落とすのは至難の業。
「さぁ、お前らはどう出る?」手を広げ攻撃を待つ。
「どうもこうもねぇ。一撃で壊す。ブランバフだけ頼む」オリジナルがブランの方を一瞬だけ見た後、大剣を空にぶん投げた。
「空を落とす気か」オリジンと同じ技を予備動作。時間は三秒。隙が多く生まれるが故、止めやすいが発動すれば確実に多大なダメージを与えることができる。
格好を付けた手前、今更止めることもできない。なら正々堂々真正面から受け止めてやるか。
「来いよ」盾の回転速度を上げ、灰の濃度を増やす。視界が少しだけ曇ってしまうが誤差だ。それよりも目の前の攻撃を防ぎきらなければならない。もし、オリジンと同じ出力だったら俺の身体は世界から消えることになる。そんなことは無いと思うが。
「スカイ・アーク」ブレイクが空に駆けだして二秒後。どこかにブランが魔法を唱える声が聞こえた。それも超級魔法のバフ。これは,,,少しだけ不味いかもしれない。
「蒼空堕落!!」天に駆け上がってから三秒後。大剣と共に青空が落ちてきた。久しぶりに綺麗な空をこの世界で見れた。
「ぐっ!!」あまりの衝撃に後方に吹き飛んでしまう。脚に力を入れても勢いが収まらない。それどころか常に浮いているような感覚に襲われている。
「まだまだぁ!自由の咆哮!」空気を裂く音と共に斬撃が向かってくる。捌くことは,,,無理だ。
「護れ!!」回転している盾を前方に集め菱形のバリアの様にする。これだけで抑えられるとは思えないが態勢を整えるだけの時間が稼げれば十分だ。
「砕けろ!空の叫び!!」なんて考えているとまた目の前が青と白に光で染まった。数分前に喰らった光の軌跡の技はこれか。威力は低いが目くらましと警戒を誘うには丁度良い。
「ちっ!!」盾で防いでも貫通してくる光に苛立ちを覚える。蒼っつう能力はどこまで自由の効く能力なんだよ。オリジンとトゥルーが喉から手が出るほど欲しがっていた理由が分かる。
「感情の奔流!」流れるように追撃が飛んでくる。威力は低いだろうが密度が高い。数秒でもまともに受ければ盾が摩耗し使い物にならなくなるだろう。
「曲がれ」なら受けなければいい。盾を少し傾け進行方向を変更する。これでようやく防御の態勢に戻ることができた。
「もう立て直してんのかよ!」地面に深く根を張るように踏ん張る俺を見て、オリジナルは驚愕の声を上げた。
「自由の咆哮!」それでも向こうは間髪を入れずに攻撃を仕掛けてくる。諦めの悪さはどこに行ってもピカイチみたいだ。
「甘い!!」灰を固めて腕のように変形させ吹き飛ばす。今の俺はどんな攻撃が来ても耐えられる。蒼空墜落がまた来れば分からないが、能力の限界が来ているだろう。放つことができないはずだ。
「そうか?」ブレイクが不敵に笑うと横から魔法が俺のことを貫いた。
「ぐっ,,,」わき腹に空いたどでかい穴に手を当て回復魔法を掛ける。今回は完全に俺の負けだ。
「私の事、完全に忘れてたわね?」顔を伏せながら肉体を再生させていると上から声がした。ブランの声だ。
「魔法の威力は高いが避けれると思っていたんだ。でもな、ブレイクを囮にして撃ってくるとはな。俺は完全にブレイクに任せて勝つ気なんだなってな感じていた。俺の力不足と思い込みが敗けを呼び込んだ。完敗だよ」今回の戦闘を振り返りながら、自分の敗因に反省する。
神には勝てないなんて言ったが今の二人なら殺せるはずだ。なにせ神の攻撃をも防ぐ死んだ灰の守りを余裕で貫通しているからな。
「勝つためにはトリッキーに行かないとな」清々しい程爽やかに笑うオリジナルを見ると、敗北感が薄れてしまう。それどころか少し誇らしくも感じる。
「隠密魔法の練習をしておいて良かったわ」安堵の表情を浮かべながらも確かな自分の成長を感じ取ったブランを見ると安心できる。この世界は駄目だったとしても、他の世界では頑張っている。
「本当に素晴らしい戦いだった」拍手をしながら称賛する。ここまでやれるならブレイクは無銘を覚醒させることができるだろうし、ブランは代償無しで下位の禁断の魔法を発動できるだろう。
「俺が教えられることはもうないな」
「神具の解放がまだなんだが,,,」俺の言葉に反応する様にブレイクが頬を掻いた。そういやこいつは神具を手にするだけの力が欲しいから稽古をしろって言ってきたっけな。
「あぁ、心配すんな。本当に負けたくない戦いの時に覚醒する」他の軸でも観測できていることだから間違いないだろう。負けたくない時、誰かを守る時に無銘は変化している。
「私はまだ魔法を教えて貰ってないんだけど?」
「そういやそうだったな。ならとっておきの魔法を教えてやるよ」魔法空間から一枚の紙を取りだし、詠唱を書き留めていく。
「ほらよ」書きあがった紙を手渡す。
「これはどんな魔法なの?」名前と詠唱の魔法を見てもピンとこなかったブランは首を傾げながら聞いてきた。
「それは軸を移動するための魔法。二人とも八強くらいの実力はあるだろうから使えるはずだ」
「は?」
「え?」二人とも呆気にとられた顔をした。
「俺と戦える時点で八強並みだぞ。だって俺はこの世界で二位の実力者だからな」この位置に来るために霊神と戦う必要があった。抵抗者として世界に攻撃を仕掛け続けている奴は本当に格が違った。
倒しても復活するし、他の軸から自分を呼んでくるし、魔法は全て極級を凌ぐオリジナルか禁断の魔法で大変だった。
魔法を封じ、結界に閉じ込め、死の灰で肉体と精神を削り、ようやく弱ったところに封印魔法と無銘の力を合わせてやっと倒すことができた。戦闘の時間も長く、丸三か月は掛った。
「マジで?」
「マジで」
「本当なの?」
「本当だ」二人はまだ受け入れられないのか馬鹿みたいな単語を言って、顔を見合わせている。
「まぁ、そう言うことだから他の軸に行っても頑張れよ」肩を叩き激励する。これで納得するとは,,,
「任せろ。ダストが言うなら間違いないだろうしな」
「そうね。今までお世話になったわ」あれ?ってああ、こいつらは、嫌俺等は物分かりの良さと諦めの悪さで生きてきたんだったな。
「これから世界戦は激しくなるだろうがきっと仲間になってくれる軸がある、頼りにしろよ」正直俺は頼りにはならない。日を追うごとに体が朽ちて行っている。決戦の時まで肉体が持つかどうか。
「その言い方だと、お前が頼りにならないみたいだな」心を見透かすようにオリジナルが笑った。やっぱ俺は変なところで勘が良い。
「この軸から離れれば崩壊しちまうから出れないんだ」咄嗟に嘘を吐く。こうした方が少しは気が楽になる。それにこれ以上見れば俺は妬んでしまう。
「そうか。それは残念」少しだけ落ち込むと、いつもの調子に戻りブランに軸移動の魔法を使うようにねだっていた。
「それじゃ私たちはここらで戻るわね」対してブランは落ち込むことも無く、魔法の展開を始めていた。
蒼と赤が混ざりながら空間に裂け目を作っていく。油断すればすぐに吸い込まれそうになるほど魅力的なそれは徐々に規模を大きくした。あと数秒もすれば完成し使用者と近くにいる人間を取り込み、別の世界に飛ぶだろう。
「あぁ、達者でな」少しだけ距離を取り、二人を見る。ここまで離れておけば巻き込まれることは無いだろう。
「なぁ、ダスト次合うときは___」オリジナルが何かを言おうとした途端魔法が発動し、元の軸に戻ってしまった。
「どうせ勝ってやる、だろ」最後まで聞かなくても分かる単純で先を見据えた言葉。
「いつでも来い。俺も強くなってるからな」分厚い雲で覆われた空を見上げる。短い時間だったが俺とアイツも成長できた。それにブランが元気だってことも分かった。
「少しだけ希望が見えた」世界は未だに分岐と合流を繰り返している。俺の望む世界があるのかもしれない。
「さて、共に行こうか」大剣を握りしめ大陸に深い足跡を刻みながら前に進む。今の目的地は世界図書館のその先、果ての丘だ。そこに標的の上位者がいる。そいつを殺せばちっとは動きやすくなるだろう。




