第九十二話 世界戦 2
「前にも聞いたかもしれんがブランは調停者に殺されたんだっけか?」職場である研究室でブランに聞く。専用のこの部屋は盗聴される心配も無いし盗み見される心配もない。部屋に入るには専用の鍵が必要でそれは王様と俺とブランしか持っていない。極秘の話をするにはうってつけだ。
「そうよ。どうしてその話を?」小さな金属に魔方陣を刻む手を少し緩め、話を聞く態勢に入った。
「別に軸のアクセルに会ってな。そういう話をされたんだ」
「へぇ~、自分以外の軸とも接触できるのね」話に興味が湧いたのか作業する手を止め、正面に置かれた椅子に座った。
「今は向こうからの接触だけだな」俺の方からも別の軸に干渉してみたいところだが方法が分からない。ここに来る奴らは皆俺等よりも力があることは知っているんだが。
「どうすれば私たちも行けるのかしら」ブランは少し考えて転移専用の魔方陣を空中に描いた。大陸間を移動するようなものじゃ到底無理だと思うが。
「その方法を一緒に考えないかって提案をな」頬を掻きながら話の本題に入る。最近は仕事の話ばかりしていたせいで切り口がいまいちだ。別に不仲とかそういうわけじゃないからな?まじだぞ、ほんとだぞ、嘘は吐いていないぞ。
「あんたが仕事以外の話をするなんて珍しいわね。良いわ、気分転換に考えましょう」宙に描いた魔方陣は他の場所に繋がることは無くそのまま消滅した。
「ブレイクはどうやって移動してると思う?」
「世界に干渉してだと思うな。俺に会う奴は皆世界の構造について知っていたからな」魔王から教えられたことが全てだとは思わない。隠されていることがあって世界を動ける奴らはそれを理解している。
「バッドって紹介していた私もそんなこと言っていたわ」
「バッドってあれか、山龍を倒す時に力を貸してくれたブランか」
「あと終わりなき交差点での生き方を教えてくれたのよ」彼女は昔を思い出す様に遠くを見つめ、笑った。
「相当な実力者みたいだな」禁断の魔法を軽々と扱え、神格と呼ばれる神の仮初の姿を容易に破壊できるオリジナル魔法。八強に名を刻んでいてもおかしくない。
「私から生まれた軸よ?強くて当然でしょ」ブランは誇らしげな顔をして胸を張った。どれだけの時間が経っても傲慢で可愛いところは変わらない。
「はいはい、ブランは最強の幼馴染ですよ」頭を撫でて褒める。正直な話無詠唱で魔法を使えてオリジナル魔法も難なく発動することができる。長い歴史を見てもここまでも魔法使いは数えるほどしかいない。ここまで来ると賢者とかの域だ。
「思っても無い言葉ありがとう」頬杖を突きながらテーブルに置かれていた紅茶を口に運んだ。
「それで方法は思いついたか?」馬鹿な俺はこのくらいの事しか分からない。魔法に精通しているこいつなら何か打開策が思いつくだろう。本当に信用しているし信頼している。
「禁断の魔法を使って世界に干渉するくらいね。そのくらいだったらできるわよ」
「世界に干渉できるのか?」
「一応ね。世界線を移動できるかどうかは分からないけど」ブランはそう言うと黒く染まった魔方陣を空中に描き始めた。
楕円の上に新円が重なり一番外側に五芒星が重なった。内側には複雑な魔法文字が刻み込まれ、壊れるのではないかと思うほどの魔力が籠められていく。地面が揺れるほどの低音から空気が震える高音に変化していく。
「ブランこれ大丈夫か?」このままじゃ王国全域に被害が及びそうな気がしてたまらない。もしも損害が出れば報告書を書くのは俺だ。面倒臭いからそれだけは勘弁したいところだ。
「なんでビビってんの?私がそんなミスをするわけないでしょ」俺の気持ちを意にも介さず彼女は魔力を放出していく。禁断の魔法はそこまで詳しくないがこんなに禍々しく、悪意の籠ったものだっただろうか。世界を越えることが禁忌なのか。
「だよな」幼馴染を信用して魔法の結果を見届ける。暴走してここが崩壊すれば、見失った自由を探せるのかもしれない。
長いようで短い数分の時間が流れ、巨大な魔方陣が完成した。その中心には完璧ともいえる球体の立体魔方陣が浮かび、囲むように歪な形をしたものが書かれている。部屋の隅までびっしりと詰められたこれは今にも発動しそうだ。
「詠唱は必要ないのか?」黙々と作業を続けていたブランに聞く。
「魔法の名前を唱えるだけよ」体を伸ばしながら彼女は答えた。声をかけられない程集中していた。疲労は当然だろう。
「なんて名前なんだ?ワールド・ケイオスとかか?」過去に大陸間を移動するために使った魔法の名前を出す。最も見た目も質も違うからあり得ないと思うし、そうだとしたらもう発動している。
「惜しいわね。これはワールド,,,」何か言おうとしてはっとした表情になり、彼女は近くに置いてあった神とペンを取り名前を書いた紙を渡してきた。
「発動防止か」意図に気が付いた俺は紙を受け取り目を通す。魔法の名前はワールド・チェイス。世界線を追いかける俺等にとって相応しい名前だ。
「目を通した?発動するわよ」目線を上げるとブランは手に魔力を溜め、魔法を唱えた。
「ワールド・チェイス」言葉を最後まで言い切った瞬間、視界が大きく揺れた。立っていられない程の揺れが足元から這い上がり、その場に倒れ込んでしまう。
「大丈夫なのか!?」同じように倒れている彼女に問いかける。
「世界に干渉するから黙って!」ものすごい剣幕で叫ばれ思わず怯んでしまう。ここまで切羽詰まったブランは見たことが無い。
「なんでこんなに複雑なの」彼女は愚痴を溢しながら魔法の制御を始める。部屋の中を埋めていた赤と白の光が黄金に変わり始める。安定しない態勢でも精密な魔力操作に見とれてしまう。
「前に触ったときはこんな風じゃなかったのに」嫌な言葉が聞こえた気がする。
「この王国が地図から消えるかも」どうやら気のせいじゃないみたいだ。幻聴や空耳の類だったらありがたかったんだが。
「マジでそれだけはやめてくれよ!?」犯罪者のレッテルをようやく外すことができたのにまた付けられるのは勘弁だ。逃亡生活は本当に心が苦しいし肩身が狭い。
「冗談よ。でもちょっとだけ厳しいかも」その言葉を聞いて冷汗が地面に流れ落ちていく。
「俺も力を貸すから何とかしてくれよ!」周囲に漂っている魔力は全て魔方陣に吸い込まれている。だから内包している力を分解しブランが吸収しやすいように再構築する。やったことが無い操作だが成功させなければいけない。
「当たり前でしょ」放たれた魔力を難なく自分の体に取り込み操作に取り掛かる彼女を見て安心する。この調子なら発動まで上手くいくだろう。
「ここまで来れば,,,」。るす正修。う違が法魔。ブランが何かを言いかけた途端、視界が白く染まり金属同士が擦れる音が耳を支配する。
失敗した。ブランはどうなった?
その言葉が出てきたのは感覚が殆ど失った時だ。何かを庇うことすら叶わず吹き飛ばされていた。次に視界を取り戻したのは荒灰した世界に放り出されていた時だ。
「ここは,,,ブランは!?」痛みが広がる体はどうでも良い。生きる希望を失うこと。それが一番怖い。
魔法空間から大剣を取り出しながら周囲を確認していく。目視は,,,出来ない。降り注ぐ灰の中から見つけ出すのは不可能に近い。索敵スキルは,,,反応が無い。半径一キロ圏内にブランはいない。望遠スキルは,,,無理だ。目視が出来ない時点で分かっていた。
「絶対に見つけるからな」蒼を纏い地面を蹴る。加速していく中で背中に翼を作り上げていく。地上から捜すよりも上空から見下ろした方が早い。どんな敵がいるかも分からないからこれが最適解だ。
俺の身体よりも大きな翼を羽ばたかせ空を飛ぶ。灰塗れになりながら必死に地面を見る。少しの痕跡でもあれば追うことができる。
「鬱陶しい」少しだけ息を口から漏らす。体に絡みつくよう灰に嫌気が差す。飛行性能が落ちてしまうし、動きが鈍る。風魔法で吹き飛ばしたくても重たくて思うようにいかない。
「爆発すっか」散らばった蒼の力を燃焼させ爆発させる。圧縮されたエネルギーは鈍重な灰を周囲からなくすには十分な威力だ。
「さっきよりましだな」軽くなった体を一瞬だけ見下ろし捜索を再開する。あいつの事だから目印になるような行動をしているだろう。魔法を空に撃ち込んだり、灰を吹き飛ばしたり,,,,
規格外なブランの事を思いながら自由に飛び回る。どれだけ過酷な世界でもなんとか生き延びてくれるはずだ。終わりの無い交差点の中でも暗闇の中で孤独と戦っていたから。
「でも一人にするのは違うな」少しだけ光の当たり方が違う荒原に降り立つ。周りは灰の生で黒いがここだけは淡い光を放っている。十中八九ここら辺に居る。
「おーいブラン!いるなら返事してくれ!」大声を出しながら進んでいく。未だにスキルに反応が無いのが少々引っ掛かるところだが大丈夫だろ。
「ブランを捜してんのか?」暫く歩いていると遠くの方から声が聞こえてきた。しかし、女性の声ではなく男の声。それも毎日聞いたことのある声。
「この軸の俺だな?」スピードを少し抑え大剣を構える。調停者の話を鵜呑みにするわけじゃないが、残っている軸は強敵揃いなはず。油断はしていられない。何故なら索敵スキルに反応が無いからだ。
「そうだ」淡く光っていた灰が一点に集まると人の様に形を取り実体に変化した。光を失った白髪、要は灰色の髪に暗く沈んだ生気のない瞳。痩せた体には似合わない巨大な大剣を背中に担いでいる。
勿論顔は俺とそっくりだ。痩せこけていて判別に時間が掛かるだろうが。
「軸の移動に成功したのか?」
「ブランの禁断の魔法が暴走してな」
「それでも世界線を飛び越えたことに変わりはない」向こうは少しだけ嬉しそうに笑った。やはり軸の移動は莫大なエネルギーと相応の力が必要みたいだ。
「さて、お前は俺に何を聞きたい?」彼はそう言って地面に座り込んだ。
「この軸の詳細とお前について。あと他の世界の知っていることがあれば教えてほしい」同じように地面に座る。冷たい感触がズボン越しに伝わってくる。
「この軸は見ての通り荒灰した世界だ。ダストとでも呼んでくれ。他の世界に関して知っているのはオリジンとかトゥルーとかジェノサイドくらいだ。この辺りは向こうから接触してきてるだろ?」
「俺の世界を見る方法でもあるのか?」
「俺は無い。ただ、アイツらは世界を変えるためにそうするだろうなって言う推論だ」ダストはこめかみに指をトントンと当てながら笑った。どうやらこの世界の俺は俺よりも数段、頭が良いみたいだ。
「他に何か聞きたいことはあるか?無いなら俺について来い。ブランに会わせてやるよ」彼は灰を気にする素振りを見せずに立ち上がった。
「この世界はなんで灰塗れなんだ?」一番気になっていたことを聞く。
「上位者に悉く破壊された。それだけの事だ」少し離れていても聞こえる歯軋りの音が怒りと憎しみが渦巻いていることを教えてくれる。
「悪いことを聞いた」頭を下げて謝罪する。俺の発言がいかに軽々しく心を抉るものなのか。言葉にする前に反芻すれば良かった。
「気にすんな。ノンデリで他人の心に踏み込んでくのが俺等だろ?」ダストは俺の肩を叩いて笑った。
「じゃあ、行くか。大事なブランがお前のことを待ってるぜ」大剣を揺らしながら前を歩き始めた。見失わないように小走りで追いかける。
「あの発言,,,まさかな」あの後悔と憎悪に満ちた顔。この世界に俺の仲間は居ないのかもしれない。いや、決めつけるのはまだ早い。他の軸に移動しているかもしれないし、どこか別の大陸や世界で活動をしていて離れ離れになっているのかもしれない。
「どうした?置いてかれたいのか?」
「悪い悪い。ちょっと考え事をな」
「どうせブランの事だろ?心配すんなよ。俺が安全地帯に押し込んでっから」どうやら向こうは少しだけ勘違いをしているみたいだ。
「それは助かる」勘違いに乗じるように感謝をして隣まで移動する。クソみたいな世界でも逞しく生きている俺は何処か信用できる。今は消えていない闘志に従おう。




