第八十七話 魔界7
あれから二日が経ち、目当ての本を見つけることができた。題名は神具一覧。名前から分かるように神具七十二個についてまとめられている。奥の手、切り札が書かれているのは僅かで、殆どが主武装と副武装で終わっている。
「長の、飾り、どれだろ」頁をペラペラとめくりながら絵を見ていく。左側には絵が描いてあり、右側には詳細が書かれている。
綺麗に絵にされている物もあれば黒塗りにされている物もある。差があるのは見た目が不明瞭、もしくは使用者によって変わるからだろう。
「リベリオン、クロの、鎧」見覚えのある黒い鎧にはリベリオンと言う名前が付けられていた。主武装は耐性、副武装もまた耐性。守りに徹する性能から反逆性の欠片も感じられない。
「切り札、奥の手、どっち?」こういう名前に反している物は切り札か奥の手が壊れているものが多い。魔剣や、妖刀、聖剣と同じだったらの話だけど。
「今度、聞こう」頭の片隅に鎧のことを置いておく。どうせ忘れるだろうが。
「今は、耳飾り」ここまで来た目的は長の着けている物だ。あれさえあれば管理者の操り人形調停者から力を取り戻せる。一度だけやり直すことができるから。
「あった」六十六ページ目に耳飾りの事が書かれていた。見た目は金で縁取られた不死鳥の羽。羽は緑と白で構成されている。
名前は『リバイブ』耳に付けるタイプの装備品で、効果は一日に一回の復活。副武装は能力『再生』が付与。再生は瞬間的な回復力に直結する。傷口はすぐに塞がるし、致命傷を受けても数秒経てば元に戻る。完全自己回復型。
「切り札、奥の手もある」珍しいことにリバイブは事細かく説明されていた。
切り札は深廻淵生。使用者が完全に死ぬ前、リバイブが深海に連れ込み、深淵の中で生存する。全ての要素が回復した時、安全圏で蘇る。切り札の再使用は六十六日後。
奥の手は転生逃避。耳飾りが六十六年使用不可能になる代わりに十三年死ななくなる。ただし、精神的な負荷、再生能力の大幅な減少が起こるため、十三年間は争いを避けなければならない。また、外傷を受けた場合、その部分は十三年経過しても治ることはない。
「デメリット、多い」死なないことは素晴らしいが、それ以外が駄目だ。強制的に戦闘不能になる。時間が残り少ない状態で十何年も何もできないのは非常に不味い。発動条件も分からないし。
「でも、力を、取り戻す、なら、必須」挑戦回数が増えることは成功を掴みやすくなる。勝負は可能性に手を出す回数と言う最高の言葉があるくらいに。
「交渉、どうしよう」知りたいことは知れた。後は交渉をどう進めるかだ。健康体であれば管理者、もとい上位者を殺す旨を話すつもりだった。この魔界は迫害された種族が集まるところだから、喜んで首を縦に振ってくれただろう。
だが今は病に伏せっている状態だ。いくら人望が厚く、民の事を思いやる彼でも今は自分の事で手一杯なはずで、改革に乗るなんてことはしないだろう。
ましてや素性不明の人間の事に耳を貸すわけない。何か大きな貸しを作る必要がある。けどクロの力には頼りたくない。神具を知っていることが猜疑心を生んでしまうから。
正直に話しても良いけど、まだその時じゃない。神の世界も複雑で、全てがギリギリの状態で保たれている。今回の戦争も落ち着いたら派閥争いがまた始まる。挙げだしたらキリがない程仲が悪い。
もしかしたらクロと私は派閥が違うかもしれないし、亀裂が入っているかもしれない。それを大きくするということは非常に馬鹿げているし時間の無駄だ。互いが理解し、歩み寄らなければいけない。
「足踏み、確定」現状どうすることもできない。神聖魔法を使えるのは聖職者か魔法に精通しているクロくらい。後は神に悪魔に天使。
「ベータに、会おう」城に運び込まれてから彼の姿を見ていない。殺されたというのは考えにくいから、城の探索を自由にしているのだろう。仲間の安否も確認しないで。それは私も同じか。
「どこに、いるんだろ」重厚な扉を開き、廊下に出る。迷路のように入り組んだ構造をしているここは一歩間違えれば死ねる。慎重に行動しないといけない。
「とりあえず、覚えられるとこ、覚える」通ってきた道を完全に覚えることは出来ない。何故なら似たような装飾に似たような建築をされているからだ。たまに別のものが置かれていたり、朽ちているところ、壊れているところがある。それだけを頼りにしないと駄目だ。
意識しながら城の中を練り歩く。赤い絨毯に天井からつり下がったシャンデリア。冷たい石レンガに暖かな絵画。上に続く梯子や、真ん中がぶち抜かれた螺旋階段。見れば見るほど不思議で頭がおかしくなる。
「なんで、こんな、作りに、なってる」数時間動いたはずなのに景色が何も変わっていない。息も上がり始めているし、喉も乾き始めている。こんなことになるんだったら書庫に籠っておけばよかった。あそこは魔方陣の中から食料と水が召喚される。
スクバートや、クロが迎えに来るまでおとなしくすればこうはならなかっただろう。過去の自分の判断ミスが悔やまれる。
「誰か、迎えに、来て,,,」そう呟きながらひび割れた階段に腰かける。年季が入り過ぎているこれは身を預けるには少しだけ不安。私の体重でとどめを刺すかもしれない。
「はぁ、休憩」ため息を吐きながら天井を見上げる。魔界は魔力の流れが人界と違うから魔法空間を発動させることが困難だ。ただでさえ不安定な私が開門できるとは思えない。
と考えるといきなり魔法空間を使えるベータはかなりの傑物だ。知らない流れすらも一瞬にして自分のモノにして難なくこなす動作は尊敬に値する。
「私も、力が、あれば」全盛期であれば余裕で八強入りできる。それどころか神,,,いや上位者に成れたかもしれない。そのくらい実力があった。手を振るだけで敵が塵になり、槍を振れば海を割り、山を砕ける。そこに神具が加われば世界の理すらも揺さぶることができる。
「ない物、ねだりは、やめよう」過去の栄光に縋りついたところで成長ではできない。過去を振り返るのは反省だけで十分だ。
「その考え方は正しいね」考えに一段落つけると亜空間から人間が出てきた。全身が靄がかかったように見えない不明瞭な存在。
「調停者、なぜ、ここに?」後ずさりをしながら問いかける。今は武器も無ければ力もない。それに頼れる仲間も。
「君を確実に殺す為さ。前は力を奪うだけで終わってしまった。でも今回は誰も周りにいない。それに魔界と言う特殊なフィールド。君に勝ち目はないよ」笑いながら彼はゆっくりと近づいてくる。
「勝ち目,,,」調停者の発言にはどこか引っ掛かる。何故誰も居ないと勘違いしてるのだろう。私がヘルと叫べば最強が来る。ここまで来るのに時間が掛かるのだろうか。いや、神に空間なんて無いに等しい。
恐らくは彼もまた魔界と言う特殊なフィールドの罠にはまっているのだろう。ここは監視者もいなければ管理者も居ない。重要な情報が上手く伝達されていない。
それともクロに私の正体を明かしていないことが決め手になっているのだろうか。少し早いけど、クロに私が神であったことを伝えるしかなさそうだ。
「そう。上位者であった君はもういない。今は力なき弱者なんだよ」高笑いをする彼は勝利を確信しているようだった。
「確かに、私は、弱い。でも、仲間が、いる」
「仲間?君の仲間は自管理者が殺したじゃないか。恐怖で幻覚でも見ているのかい?」
「見ていない」私の言葉が面白かったのか奴は口を気持ちが悪い程引き裂いて笑った。
「人に近づき過ぎて馬鹿になったかな?片割れさん」片割れと言うワードに眉が吊り上がる。かつての仲間が死に物狂いで勝ち取った大事なもの。それを嘲笑われている。
「ヘル!!」気が付けば死神の名を叫んでいた。
刹那空間に、否、時空に歪ができ、中から二人の神が顕現した。
一人は漆黒の鎧を纏い、反逆の意志を目に宿していた。手には禍々しい程の魔力と、光り輝く金色の盾が握られていた。
もう一人は仮面以外の防具を身に着けておらず、非常にラフな格好。ただ、右手に握られた明らかな殺意を物語る拳銃と左手に持っている大きな鎌が異様さを醸し出していた。
「久しぶりだな調停者。なんでこんなとこにいるかは知らないが殺す。クロはこの大陸の生命全てをイージスの空間に連れてけ」死神が調停者の前に立ちはだかり、強者の笑みを浮かべた。
「了解。アミス、お前の正体は薄々気が付いている。話したくなったら言ってくれ」クロはそう言うと輝く盾に魔力を流し込み、二人を除いた存在を亜空間に連れ込んだ。




