第八十一話 魔界1
~アミス視点~
「右方向から敵が来るぞ!」指示を聞きながら槍を構える。二人と別れ後、ベータの次の目標である世界図書館に行くための足掛かりを作っている真っ最中。
今は世界の端に存在する魔界に繋がる門に向かっているところだ。なんでそんなところに行くのか。理由は簡単で力を付けるためだ。人界と呼ばれる此処はベータが抵抗者になるには少しだけ足りないものがある。素材だったり、純粋な強さだったり。そんなところだ。
「了解」魔槍を展開しモンスターの体を貫く。赤い閃光が目の前に走ると共にモンスターが塵に変わる。
「てやっ!」体を捻じり、奥に奥に進んでいく。盾が無い分攻撃しないと余計に被弾してしまう。攻撃は最大の防御って昔から聞かされていたな。
「クロ!魔法で支援を!!」指示を出していた男の姿が煙幕の中に消える。斥候を担当する彼は武器を上手く使うことは出来ないが、アイテムを使って応用力ならピカイチ。
「ストーン・バレッジ」後方から音速を越える石の弾丸が放たれる。私とモンスターの間を縫うように飛び、さらに奥の援軍の足止めをしている。
「ナイス!!爆発に注意しろよ!!」波を食い止めていると上空から声が聞こえた。咄嗟にバックステップと防御魔法を発動させ、空爆に備える。
「来やがれ!!」~異端者の雫~
天から落ちてきた無数の金属の槍が地面に突き刺さる。そしてそこを起点に爆発と収縮が呼吸をするように起きる。飲み込まれないように脚に力を入れ踏ん張りながら、様子を窺う。
ブレイク達と別れて早一年。気心が知れた私たちは相性抜群の連携を取りながら連勝している。負けそうになってもクロが魔力暴走を引き起こしたり、ベータが収集を使い、無理に力を引き寄せて自爆したり、私が最大展開をして戦況をひっくり返したり。
基本的に荒業ばかりを好む私たちを支えているのは回復魔法のおかげだ。抵抗者のクロが毎日のように教えてくれたおかげで、超級までなら無詠唱で使うことができる。誰かが死にかけても一発で修復できる。
問題は身体では無くて精神の方。言葉通り死ぬ痛みを受けても戦わないといけない。数週間で発狂して殺してくれと懇願するだろう。でもこのパーティーは違う。固い結束、過去の因縁、断ち切れない柵、同じ未来を見据えている。諦めるなんて言葉はもうここには無い。
「まだまだ行くぞ!!」ベータの掛け声で更に威力が増す。もう少し離れないと爆発と収縮に巻き込まれて死ぬ。死んだら一発で終了、ではないが魂と意識に相当な負担がかかる。蘇生魔法は神官しか扱えないし、使うときも王族が暗殺されるくらいの有事な時だけだ。
「早く、言って!!」愚痴を溢しながら岩の裏に隠れる。破片が空から降ってくるし、爆発で耳が痛いし最悪。でもこうやって戦っている時が一番楽しい。
「ブレイクに似てきているな」移動魔法で隣にワープしてきたクロは鎧の中から今起きていることを見ている。
「戦闘、要員、じゃないのに」彼はブレイクと違ってダメージディーラーでもなければタンクでもない。探索や情報収集を得意とする隠密だ。
「心の隅では目立ちたがりなのだろう」情報屋として生きていた以上、目立ってしまえば殺されてしまう。でも今はそんな心配がない。だから心置きなく戦えているのだろう。自分が苦手な事でも。
「でも、この攻撃、ありえない」爆発の余波が私たちの目の前まで迫ってきている。技を繰り出している彼はそんなことは気にも留めないで、空から金属の槍を落としている。魔法でもスキルでもないあの槍は一体どこから飛んできているのだろうか。少しだけ気になる。
「そうだな」クロは笑いながら結界魔法を展開し、攻撃が当たらないようにしてくれた。これで私ができることはなくなった。遠距離からの攻撃は得意ではないし、魔法の精度も悪い。下手をしたらベータに攻撃が当たるかもしれない。
「今度、魔法教えて」学が無い私は読み書きに疎い。本を読んでも内容が分からない。一人の時は報酬を騙されることもあったし、ぼったくられることもあった。今は二人がいるからないけど、今後、一人で旅をするようになったら必要になる。
「唐突だな。何かあったか?」
「見てるだけ、歯がゆい。できること、多い、方がいい」
「分かった。でもここを切り抜けてからだ」クロは持っていたメイスに魔力を込めながら逃げ始めているモンスターの群に、魔法を撃ち込み始めた。ここまで精確な魔力操作は見たことが無い。ブレイクと一緒にいたブラン、さん?も同じように強い魔法使いなのだろうか。
「クロは、抵抗者、なんで?」暇になった私は槍の手入れをしながら聞く。一年同じ道を歩んできた仲間のバックボーンを知りたくなるのは至極当然だろう。
「世界が嫌いだから、で納得するか?」空を見上げるように兜が上を向く。表情までは分からないけど、メイスを持っている手が震えているのが分かる。怒り、憎しみ、負の感情が宿っていることだけは分かる。
「顔を、隠す、理由も、それ?」クロは食事をするときも、水分補給する時も全て兜を通してしている。素顔を見たことが無い。
「あぁ、そんなところだ。そろそろ行くぞ」話が気になるところでベータの戦闘が終わった。強引に切るということは知られたくないことだろう。私も沢山あるからこれ以上踏み込むことはしない。
「お疲れ、ベータ」回復魔法で自分の体を治している彼にスタミナポーションを手渡す。クロは私たちのやり取りを見て、遠くに飛んでいったモンスターの死骸を回収するために奥に行った。抵抗者だから心配する必要は無い。
「お前もお疲れ。俺の最新の技はどうだ?」
「派手、本当に、情報屋?」
「失礼だな!まぁ、初めの地味な頃に比べればそうなるか」
「あの時は追われる身だったしな。今はお前らがいるから楽しいぜ?」彼はそう言って私の頭を乱暴に撫でた。ガサツだけど優しい、温かい手。こんなんで喜ぶなんて軽い女なのかな。
「ブレイクも来ればよかったんだが」紅潮する私の顔を分かっているのかいないのか、モンスターの素材を剥ぎ取りに行った。彼は本当に自分勝手な人間だ。
「そうだね」聞こえないように小さく呟く。こんな弱気なところを見られたら恥ずかしくて死んでしまう。本当にブレイクやクロがいなくて良かった。あいつらはこんなとこを見たら茶化してくるから。
「何か言ったか?」剥ぎ取る手を止め、緑色の髪を揺らしながら振り返る青年の顔には小悪魔のような笑みが張り付いていた。こいつ,,,さっきから気づいていて泳がしていたな。
「最低」槍を軸にして背中にドロップキックをお見舞いする。突然の出来事プラス戦闘職ではない彼は反応することができないまま、無防備に攻撃を喰らった。
「おべしっ!!」情けない声を上げながら地面に倒れ込んだ。
「あり得ない」人の心を踏みにじる奴はこうなって当然。むしろこんな優しいので終わってるから感謝するべき。なんでこんな奴に心が靡いたのだろうか。
「悪かった。謝るから回復魔法をかけてくれないか?」青ざめた顔を見せながら慈悲を乞う虫は見ていて滑稽だ。
「無理、拒否、嫌」私は虫に手を差し伸べるほどの聖人ではない。そんなのは神か仏にでも縋っておいてほしい。
「ホンマにくたばるって,,,」顔が青から白色に変化していく。体の中の大事な成分が上手く循環していないのだろう。かわいそうに。
「死んだら、クロに、助けて、貰って」手を合わせながら祈っておく。こんな結果を招いたのは彼の行いのせいだ。私に責任があるのなんて間違いだ。と言うかベータはこんなんじゃ死なない。死にそうなときはすっと体の力が抜ける。こんな風にふざけている時点で演技だ。
「薄情な人間め」ベータの身体が緑色の光で包まれていく。眩しい程の光を放っていたそれは数秒後には輝きを失い、内側に染み込むように入っていった。瞬間、体の怪我が全て治った。
「演技、バレバレ」
「今回は結構力入れてたんだけどな」頭を掻きながら彼は笑った。ふとした時に見せるその顔は本当にずるい。情報屋なんだから気持ち位簡単に分かってほしい。内に秘めたこの抑えきれなくなるようなこの感情を。
「それで、お前はいつまで演技してんだ?」
「ばれた」今の今まで思っていた感情も行動も嘘。現在と言う時間を楽しむための方法。君たちは騙された?
「当たり前だろ。何年一緒だと思ってんだよ」彼はそう言って腰にぶら下げたナイフを手に取り、素材の回収を始めた。私も原形が殆ど残っていないモンスターから有用なものが無いか確認する。
「何か面白いことをしているな」仲良く剥ぎ取りをしていると、クロが魔界に行くために必要な素材を持ってきた。これでこの先は戦闘しなくても済む。
「アミスと俺の即興劇で観測者を騙してたんだよ」
「そう。多分、騙されている」この世界には三人の管理者がいる。厳密に言えば調停者、監視者、観測者の三柱。調停者は均衡を保ち、監視者は一部の存在を注視し、観測者は世界全てを俯瞰する。
こいつらを作った創造神、ないし想像神を見つけるのが私たちの目標。クロはそれを聞いて笑っていたけど。
「,,,詳しく聞かせて貰おうか」少しだけ間をおいて、鎧でくぐもった声でやり方を聞いてきた。
「それは,,,」
「適当な事考えて行動すればOKだ。道化を演じてかき乱せば混乱すっから」私が教えようと口を開いた瞬間にベータが被せてきた。口元には少しの笑みが見える。狙って被せて来てる。
「,,,」無言で彼の足を蹴る。が何も効いていない。そう言えば足元だけはしっかりと守っているんだった。足をウリにして生きているからこれだけは大事にするとか何とか。
「ほぅ。そのようなことで騙せるなら管理者はあまり物事を見ないようだな」感心したようにクロは兜を上下に揺らした。クロの性別は分からない。女性のような気もするし、男性のような気もする。顔を見たことが無いから分からない。
「だから世界が壊れていくんだよ。それを止めるためにも抵抗しないと」ベータは地図を広げ、魔界に行くためのルートを確認している。たくさんの道のりがあり、楽な道もあれば、道中で死ぬような危険な道もある。
今回使うであろう道のりは四つ。大陸の端にある存在するブリザードウォールを登り、番人に力を示し通るもの。でもこれは無いだろう。上るだけで何日もかかるうえ、番人も倒さなければならない。
二つ目は悪魔の召喚。魔界で漂いながら負の感情を吸い取る悪魔と取引をして無理やり入るもの。魂や意識、命を取られなければ比較的安全だが、性格の悪い悪魔を引けばジ・エンド。これはどうしようも無くなった時の最後の手段だ。
三つ目はどこかに存在する魔界の門を見つけるもの。ある程度目星がついているが、そこに行くまでに莫大な労力がかかってしまう。これもできれば使いたくないとベータが嘆いていた。
四つ目はドラゴニック・ガイアの頂上にある門を潜ると言うもの。私たちの本命はこれだ。現在地もこの山で高さは千メートルを登ったかどうか。これが失敗したら他の選択肢が視野に入る。だから成功して楽したいのは本音。
「この後は竜に注意しながらゆっくり行くことになりそうだ」魔法空間に地図を収納し、ブレインが指示を出した。
「予想、到達、時間は?」
「数ヶ月ってとこだ。標高に慣れなきゃいけないし、竜の目撃情報が例年よりも多くなっている。魔界に行く前にぽっくり逝くかもな」笑いながら言っているが死ぬなんて本末転倒もいいとこだ。
「それは、避けたい」本心をぶつける。私は私のために生きる。こんなところで死ぬわけにはいかない。また仲間と出会って笑って、怒って、その時間を大事にしたい。
「そうならないためにも準備だけは念入りにしてこうぜ?」私の心配は杞憂だったのか、それとも不安にさせないためなのか、情報屋は絶対に成功させるという覚悟に満ちた目を見せた。
「まんまとベータの調子だな」まるでこうなることが分かっていたかのようにクロは掻けもしない後頭部に手をやった。金属同士が擦れる様な音もなく、ただただ空を切っている様に思える。
抵抗者は皆、クロの様に不便な体なのだろうか。それともクロが望んでしていることなのだろうか。あの山で目にした時からずっと疑問だ。答えを聞こうとしても曖昧な返事しか来ない。謎は謎のまま。ベータに頼ろうかな。なんて考えていると。
「これまでも、これからも俺の調子に乗っかっていけば間違いないぞ」緑髪の男が大胆不敵に笑い、両の手を大きく広げ、天を仰いだ。清々しい程の顔と空。こいつに付いて行けば間違いない。




